桐生と水竜の力比べ
「誠司!」
ついに水竜の首も桐生の喉元に染み込んで、竜の姿が完全に桐生の皮膚の中へと消えてしまう。彼の首は関節が外れたように項垂れて、体は、薙刀を両手で握り締め、中腰の姿勢で固まってしまう。滋も穂高も、村田も、その緊急事態に肝を冷やされる。滋は心配ばかりでおろおろとして、穂高は奇異な現象に見入って動かなく、村田は危険な状態だとわかっていながら手はデータを取り続けようとする。
「これはまた大問題なことで」
ヴァイスは顎に手を沿え、目を細める。元々彼こそ研究者で桐生が被験者であるかの如く、こちらは慌てる様子もない。
「だ… 誰か、どうにかしないと!」
「実行部隊のお前が何とかせい!」
滋は結界を小さく張って、動かない桐生へと恐る恐る近づくが、そのへっぴり腰はとてもUWの隊員とは言い難い。後ろでヴァイスに笑われる。
水竜に絡みつかれた桐生は、しかしなかなか動かない。桐生の肉体を奪い、武を極めし者へと変身させて彼の意思に関係なく動くのであれば、いい加減、手に握った薙刀を振り回してよいはず。固まったままでは、慌しく取り乱す周りも、そのうち拍子抜けする。
「おかしい。変化がない」
と言うのはヴァイス。体を四十五度傾けて、俯いた桐生の顔を覗き込む。同じように滋も真似をする。穂高も村田も、二階堂も同じ姿勢で桐生の表情を確かめる。唯一水竜の支配を受けていない桐生の顔は、目は血走り、額は筋が浮き出て、歯を食いしばっている。抗うべからずと言われたことに歯向かって、体の支配をも拒否しようとしているのである。いや、体を操ろうとする水竜を追い出そうとしている。彼の体は中腰のまま震えだす。震え出したと思うと、今度は少しずつ、腕、足、首と、動き出す。
「せ… 誠司?」
「うりゃぁぁぁ!」
威勢の良い掛け声と共に凝り固まっていた四肢を大きく広げ、握っていた薙刀も放してしまう。薙刀は宙に舞い、そのまま二階堂の足元近く床に突き刺さる。
「どんなもんだっ!」
「いやはや、こいつのほうが化け物やったな。久しく忘れとったけど、改めて感心、感心。凄い奴やわ」
全身の痣も綺麗さっぱりと消えている。無論、水竜の束縛もない。それを示すように、飛んだり跳ねたり、元気が良すぎるほどに動き回る。
「でも、どうやって…」と、滋は目を丸くしている。
「いや、力が単純に強かったって、そういうことだろ。さすが単純体力系。力比べであいつに勝てる相手なんてそうはいない。たとえ『あちら側』の化け物であっても、それは例外ではないってことだね。しかしまあ、データ以上の力が出ていたんじゃないかな。あいつの本気の力はまだまだ未知数だな」と、村田も肩を竦める。
「僕には、絶対に無理だ」
ともあれ大惨事もなく無事に済んで、滋の顔にも安堵が浮かぶ。桐生もニヤリと笑い、村田も穂高もにんまりとする。ところが、それらに水を差すように、
「薙刀、握られているよ」と、ヴァイスが言う。四人が振り返ると、薙刀を握る二階堂の姿がある。すでに水竜も発生し、彼の全身に絡み付いている。
「汝、武を極めんと欲するか」
と、例の台詞。
「二階堂君! すぐに放したほうがいい! それはやはり危険だ!」
しかし、二階堂は水竜と対峙して、見詰め合って、振り返りもしない。
「これで… これで本当に、自分もあなた方のような人間離れした力を手に入れられるんですか?」
体の側面を向けたまま、そう聞いてくる。確かに単純にパワーだけなら手に入れられる。ただ、手に入れたところで、他人に乗っ取られ、自分の意思を行動に働かせられないようではUWの隊員としては何の役にも立たない。桐生は何と答えて良いか、一瞬迷う。その迷いの隙に、答えを水竜が与える。
「汝、我に身を委ねれば、彼奴とも渡り合えること間違いなし。彼奴、我が見る限り、武において右に出るものなし。我が武、彼奴に勝つことで極めん。汝、我と共に戦い、汝もまた武を極めしものとならん」
こうなると桐生も黙ってはいない。
「おい、こら! 勝手なことを言うんじゃない! 確かに俺は強い。ああ、強い。でも、人の願望を叶えるふりをして、実は自分の夢のために他人を利用しようとする魂胆は、はっきり言って外道のやることだ! 見逃せないね!」
が、二階堂の気持ちはすでに大きく水竜のへと傾いている。ほぼ桐生を無視する形で、
「自分は、この人と戦い勝つことにそれほどの意義を感じないです。それでも、この薙刀を握り、あなたに身を委ねることで、自分も超人じみた才能を手に入れられるなら、あなたを受け入れても構わない。さきほど『魂は汝のもの』と言いましたよね。体は超人、魂は自分のものなら、問題はないはず」
水竜も改めて問う。
「汝、武を極めんと欲し、我を受け入れるか?」
「こら、二階堂! お前は何か勘違いしとるぞ!」
穂高の忠告ももう遅い。
「はい、受け入れます」
そう答えてしまう。
「おい! コラ!」
桐生の時と等しく、水竜が二階堂の全身に絡みつく。一気に染み込んで、痣となる。
合体完了。
顔を上げると、彼はすぐに薙刀を素振りし始める。自ら水竜を受け入れた彼の体は、竜にとっては扱いやすいのか、それとも二階堂本人の普段の稽古の賜物か、薙刀捌きは見事である。その上、速い。
「ほほぉ」
ヴァイスは感心する。見れば桐生もついつい見とれている。強いものや凄いものに目がない戦闘者の性。滋には理解できない感性である。
続きます




