ヴァイス、水竜と交渉
「そういうことになると、この場は『NO』と言えばいいのかい?」
YESでもNOでもこれが初めて水竜に返答するとなると、穂高も村田も本日一番に炯々と見つめる。
「いや、手を放してしまえば水竜も消えるから」
「なるほど」
が、ヴァイスはその変人たる性格を以って、しばし水竜と睨めっこをする。
「あいにく、武を極めるとか、極めないとか、そういったことにあまり興味がなくてね。武芸は任務遂行の手段の一つとしか考えていないんだ。折角の申し入れ、有難くも思うけど、自分には不要かと。悪いね」
「NO」と答えてしまう。すると水竜は、困惑したか一瞬黙って後、
「汝、それを拒むは理に適わず、時代にそぐわず。戦い欲して武を極めんとするは人の性なり。他を駆逐し、己が頂上に立つは生あるものの本性なり。人にもあらず、畜生にもあらず、汝は何とするか」と言う。
が、これにもヴァイスは、
「う~ん、まるで人のことを人間じゃないと言わんばかりだね。でも君の考え方はある方面では正しくて、ある方面では大いに間違っているからね。人は戦う生き物だし、生き物は皆、常に何かと戦っているけれど、もはや時代は戦いだけを全てとしていない。先ほども言ったように戦闘は目的達成のためのあくまで手段の一つに過ぎない。まあ、中には好戦家のような人間もいるけれど、現代では極めてマイノリティだね。君は武を極めることを欲しているかと聞いてくるが、君こそがそれを求める人物を欲しているように見えるが、どうだろう? いつの時代に生を受けたか君の素性ははっきりとはしないけれど、少なくとも俺は、君が求めている人物ではないね。でも、それに適うような人物を知っているから、何だったら、いっそそっちに乗り換えてみてはどうだい? もっとも、『YES』と答えた場合の、君の出方を詳しく説明してくれたらの話だけれどね」
こう水竜と会話を始めてしまう。滋などは、その交渉の切り出し方に感じ入る。
「汝、我を受け入れ、武を極めんと欲すれば、我が力を持って、汝の望みを叶えん。汝の体は我のもの、汝の魂は汝のものなり」
水竜もどうやら思考はできる。彼らの喋る言葉も理解している。
「それはつまり、体を乗っ取るということだ。なるほどね。武器である君の存在意義を考えると、君の言っていることにはそれなりに理屈も通る。しかし、武を極めるとは、いったいどういう意味だい? その辺りが明瞭じゃないからね、理屈は理屈でも屁理屈に聞こえてしまう。実質的な目的を持たず、抽象的な目的に縛られて、ただ破壊活動のみを行う。もしその通りなら、それは危険だよ」
水竜は沈黙する。思考中なのか、それとも言い負かされてすでに思案も停止したか、無機質な表情故に読み取れない。
ヴァイスの言は水竜のイデオロギーを否定している。交渉の妙とも呼べるが酷とも呼べる。ただ、ヴァイス自身は頑固というわけでもない。非道でもない。
「うん、まあ、ともあれ、色々とわかってきたので、約束どおり、俺以上の適合者というのを紹介するよ」
ちゃんと相手の心情も量る。と、彼の視線が二階堂へと流れる。微笑むや、二階堂へと薙刀を下から放り投げる。水竜がまとわりついたまま宙を飛び、緩い放物線を描いて二階堂の手にいまにも届こうとする。
「おっと、そうはさせない」
その手前で桐生が薙刀を掴んで二階堂には触れさせない。
「やっぱりというか、話が上手く行き過ぎていたからな、何か起こすだろうなと思っていたけど、何だかんだと、この薙刀について調べることはしても、取り憑かれる気はさらさらないということか」
「う~ん、俺としても迷ったんだけどね。取り憑かれても良かったんだけど、その後の処理のことを考えると彼が一番適任だと思ってね。君らは立場上、なかなか彼に参加させることはできないだろうから、いっそ俺が強引に取り憑かせてやれば、言い訳もできようものだと考えたんだけど…」
「おっと、そんなところまで考えてくれていたとは… それは感謝感激、俺のインターセプトも余計なおせっかいだったかもね。でも、やはりここじゃまずい。その方向だと、お前を中に入れたことがバレてしまうじゃない」
「なるほどね、確かにその通り。さすが隊長、賢い上に状況判断も行動も速いね。でも、いいのかい? その水竜、今にも君に取り憑こうとしているけれど」
「何?」
指摘どおり、水竜はすでに桐生の左腕から左肩、そのまま胸、腹、左足へと絡みつく。首を伸ばして桐生の目前まで無表情を近づけると、
「汝、武を極めんと欲するものと聞く。我、いままさに汝の望みを叶えるべく、汝の体を我のものとし、究極なる武を求めん。抗うべからず。我と共に戦い、我と共に武を極めるべし。いざ、汝の体を奪わん」
途端、相手の異存も受け付けずに、水竜はそれまでに見せたことのない速さで、残った桐生の右足、右腕、そして首にも絡みつき、彼の全身をきつく縛り上げる。巻きつく力が相当に強い。桐生も歯を食いしばって抗おうと試みるが、彼の力でも顔以外の一切の身動きが取れない。
「マジかよ! 冗談きつい!」
水竜の体が、桐生の体に染み込んで、全身に螺旋状の黒い痣を作る。
「汝の体、我のものなり」
続きます




