望みの返事は「YES」
電話から一時間弱、訓練所の壁に取りつけられた電話を通じて、事務員の女性からヴァイスの到着を知らされる。
「どうします?」
「こちらに通して下さい。俺らが呼んだので」
「中に入れたこと、本部の人が知ったら、あまりいい顔はしませんよ」
「わかってますよ。でも、あいつなら勝手にいくらでも入ってくる奴ですから、案内しようが、しまいが関係ないですよ。案内してこちらの言う通りに動いてもらったほうが安全なんじゃないですか?」
「確かにね。では、わかりました。通します」
基地内の人間ならヴァイスという男の噂を一度は耳にしている。目にしたことがある者はこの基地内でも全体の半分ほど。会話をしたことがある者は、せいぜい桐生隊の面々のみである。村田も穂高もヴァイスという男を仕事の都合で遠くから見たことはあっても、直接交わったことがない。ヴァイスと交渉するのは決まって桐生の役目で、村田たちよりも、まだ滋のほうがヴァイスに関しては接触が多い。ヴァイス到着でドキドキとする滋だが、実は穂高や村田のほうがその胸は高鳴っている。村田にしてみれば、噂の男から様々な情報を入手できるかもしれないまたとないチャンス。穂高にすれば、自分が作る武器を差し置いて桐生がヴァイスの作った刀を選んだことへの嫉妬と「あちら側」の技術への羨望がある。
「つれてきましたよ」
「おお、清水さん、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、私はこれで」
清水に腰低く会釈して入って来たヴァイスの格好は黒のジーンズに黒のポロシャツ、そして黒い靴と相変わらずの全身黒尽くめ。髪も黒なら肌もやや日に焼けている。
「おお、よく来てくれたな」
歩み寄る桐生に、
「俺を入れて、良かったの?」
と微笑むが、そんなものは皮肉でしかない。何度かこの基地内に忍び込んだことのある彼には本来案内なども必要ない。訓練所の中を見渡し、まず穂高と、続いて村田、そして二階堂と目を合わせ、それらに順に軽く会釈する。続いて滋と目が合うと、顎に指を添えて、じっくりと観察する。
「うまいこと育ってるね。この調子でお願いね」
「お前、まだ滋の能力を狙っているのか? こいつを何に使おうと企んでいるのか知らないけど、もうこいつはUWの人間だぜ。下手に手を出すと、どうなるかお前もわかっているだろうに。それに、結界能力が成長すれば、お前からの攻撃も跳ね返すかもよ」
「できれば、それ以上であってもらいたんだけどね。ま、いいか。ところで見慣れない子が一人いるんだけど、彼は誰?」
再び二階堂を正面にして目を凝らす。レアな武器の第一発見者であることを桐生より説明されて、ヴァイスは相槌を打つ。
「いい面構えをしているね。潔い武士のようだ。本当に一般人?」
「一般人だよ。とりあえず、これがそのレアな武器って奴なんだけど。お前、電話ではほとんど説明を聞かなかったけど、もしかして、どういう代物かすでにある程度予測がついているとか?」
「どうせ何かが出るんだろ? 『あちら側』の」
床に寝かされた薙刀に近づいて、彼は早速それに手を触れる。あまりに唐突過ぎて、UWの面々は揃いも揃って瞠目する。薙刀は当然ヴァイスに反応して水竜が出現する。腕に絡み付いてくるが、それでもヴァイスは放そうとはしない。竜の顔が肩口でいよいよ喋りかけても驚いた顔一つしない。
「汝、武を極めんと欲するか?」
「何か言っているけど、これ、返答したほうがいいのかい?」
展開が都合良すぎて、逆に気味が悪い。慌てて穂高が、
「あんた、それをどう答える気かしれんけど、あんたに問題がなければ返答してくれ」
すかさず村田が、
「できれば、『YES』ということでお願いします」
こう言われれば誰だって自分が実験台にされるためにこの基地に呼ばれたとわかる。ヴァイスはそれでも立腹もなく、取り乱すこともなく、桐生へと振り向いて、
「隊長自身は、どう判断する? 『YES』でいいのかい?」
桐生は、改めてヴァイスが「YES」と答えた際のリスクを考える。もし逸話どおりに水竜が彼を取り込んで暴走させれば、壮絶なことになる。ヴァイスという男は、魔法力を放出するだけではなく、肉弾戦、剣術戦の接近戦だけでも桐生と引けをとらない。ただ、そのような彼と戦ってみたい願望も少なからずある。戦闘者の本能、好奇心、向上心、または見栄。隊長という身分でなければ、UWの隊員でもなければ、躊躇なく自分のためだけに「YES」と答えさせているだろう。一応は理性があるから、
「俺としても『YES』という方向でお願いしたいかな。でも、ここではちょっとマズイ。研究所のほうに行かないか? あの辺りなら何かと都合がいいから」
「研究所? ここよりさらに山のほうの?」
桐生の言う研究所とは、日本のUWが所有する、文字通りこの業界の発展に必要な実験、研究を行う施設である。全国に数か所あるその施設の一つが、この基地のさらに山を登ったところに、人里離れ、一般人がまず入ってこない区域にある。戦闘をするのにその付近は確かに打って付けだが、全国にいくつかある研究所は全て中央基地直轄で、プライドの高い職員も多く、地方基地を見下す者も少なくない。穂高などは、あまり関わりたくない。
「面倒やな~ 何を言われるかわからんぞ?」
続きます




