ヴァイスに電話
「ヴァイス、というのは誰なんですか?」
一人会話の外にいた二階堂が訊ねる。滋は少し困った顔をして、
「誰といわれても、この業界の人なんだけど… 正直、僕もあまり詳しく知らなくて」
UWの本部からは危険視され、ほとんど敵とみなされているが、穂高も村田もヴァイスの名を出しても嫌な顔をするでもなく、面倒だと溜息をつくでもない。といって、頼もしい助っ人と喜ぶわけでもない。色のない顔をして桐生が連絡をとるのを黙って見ている。その桐生からすると、連絡を取り合って、助けたり助けられたりの間柄。それでも桐生の弁では、ヴァイスという男は「味方」ではないらしい。ヴァイスはヴァイスで常に独自に動く。UWと衝突することも少なくなく、桐生もまたヴァイスと何度か戦ったこともある。二人の戦闘力は伯仲。真剣に戦えば戦うほどキリがなく、結局途中で互いに退散するのがほとんどだそうである。滋が知るヴァイスという人間の詳細はこの程度である。何時、何処で、どのように出会ったのかと桐生に訊ねても、返事はいつも「むかしの馴染み」と済まされる。「味方」ではないが「敵」でもない。桐生の楽観的な性格をもってして不思議な友情を築いているようで、密約したのか、それとも暗黙の了解なのか、桐生はヴァイスの素性を隠す傾向にある。ヴァイスには衝撃波を放つ以外に彼独自の能力があるというが、滋は勿論、弥生ですらいまだにそれを教えてもらっていない。
携帯電話を片手に、繋がるのを待ちながら桐生はぽつりと呟く。
「やっぱり、あいつを騙して来てもらうより、本当のことを最初から話したほうがいいのかな?」
滋は返事に困る。何となく、
「え? うん、そうしたほうがいいよ」
ここで丁度電話が繋がる。
「おお、ヴァイス。お前、いま暇? え? 暇じゃない? でも忙しくもない? どっちだよ」
電話での話し方を聞いている限り、ただの友達である。
「実はレアな武器が手に入ってね。おそらく『あちらさん』の代物だと思うんだけど、お前にもちょっと見てもらいたいんだ。今すぐ来れるか? どこかって? 基地内だよ」
すると、あっさり、
「ああ、いいよ」
詳細を聞く前に承諾される。
この地球に存在する、桐生たちが住む空間とは別の空間「あちら側」に関し、桐生はヴァイスに頼ることが多い。どういう方法なのか詳細は桐生も聞かされていないが、ヴァイスは「こちら側」と「あちら側」を単独で行き来できる稀な人間だからである。そのような真似ができる人物は少なくとも桐生の周りではヴァイス以外には見当たらない。空間と空間を繋ぐ「穴」は本来、突然発生するもので、場所も大きさも貫通時間も予測すら立てられない。長年開き続けている場所も世界には数箇所ある。いつ開くかわからないそれを待ち、近くに開いたと噂を聞けば、場所を調べて、時に一般人が入れないようにUWが働く。「迷子」がいれば、それが閉じるまでに帰し、帰す前に閉じてしまうと、またどこかで開くのを待つ。その繰り返しである。その「穴」をほとんど人為的に作成して「こちら側」と「あちら側」を行き来するヴァイスは、「迷子」を帰さなければならないUWの現場の人間からすれば重宝され、空間と空間との力の均衡を政治的な立場で監視する本部からは危険視されるのである。その昔、ヴァイスをUWに取り込もうと本部が働きかけたこともあったが、拒否されている。「こちら側」のためだけに働くことはできないというのが、その理由であった。
約一時間後に到着できると言われて通話は切れる。ヴァイスが来ることにときめく滋をよそに、桐生は携帯電話を眺めながら眉を顰める。
「あいつ、細かいことを聞かなかったな。どんな武器なのかも言ってないのに、簡単に来ることを承諾しやがった。まあ、いつものことといえばいつものことだけど、何か引っかかる。こちらには都合のいい展開だけど、だからこそ逆に怖い…」
穂高は自分の禿げ頭を撫でながら、
「あの男のことや、説明しなくても十中八九どんな武器なんか推測できているんやろうな。下手な隠し事はやめて、さっさと握らせて、水竜に取り憑かせてみるのがベストやと思うな」と言う。村田は眼鏡を掛け直して、
「水竜の質問についてはどうします? そもそも、彼くらいなら、やはり水竜が出てきた途端に手を放してしまうんじゃないんですか?」と聞く。
おそらく力技は通用しない、下手な策略も通用しない。桐生は小さく唸る。
「誠司。本当のところ、試しに自分も水竜の質問に答えてみたいとかっていう気持ちがあるの?」
何が閃いたのか滋が不意に訊ねると、
「ん? おお、あるよ」
続きます




