レポート用水竜伝説
戦の世に生まれ、親より習った戦法と武人の心得と国への忠誠心。生涯に渡り欲するものもまた同じなら、身も心も武に染まる。
いよいよ初陣。
ところが、血なまぐさい修羅を思い描いて、それまで据わっていた肝も萎む。武の化身と思い込んでいた己の肉体と精神も、鍍金と変わらない表装だけのものと悟って不安に陥れば、脂汗がわいて体もガタガタ震え出す。いま戦えば間違いなく何もできずに死にいたる。武人たるもの、死してその使命を全うするものと習えども、一切の功績もなく、ただ死ぬだけなら犬死、無駄死。名は残らず、下手をすると家の恥となる。
次第に心が闇に蝕まれ、気が狂いそうになった出立の前夜、救いを求めて出向いた先は水竜が住むと言われる土地の外れ、小さな池。静かな水面に必勝、生還を祈願して、返事がないとその場で咽び泣き、己を犯す闇の払拭と心身を清めることを求める。手をこすり合わせ、額は地に打ちつけ、「助けたまえ」と叫び続けていると、さて、言い伝えは現実となり、池より竜が鎌首もたげて姿を現す。竜は言う。
「貴様の願い、叶えたくば、我が懐に飛び込め。我もまた、武の化身、貴様にその全てを伝えん」
これぞ神の救いと心に光を見れば、疑うことなく、迷うこともなく池へとその身を投げ入れる。深く、深く、より深く泳いで、しかし底を見ない。そのうち息が持たずに意識が遠のいていく。次に気がついたときは戦場の中にある。縦横無尽に駆け巡り、手にした得物を振り回す。意識がそれと望んでいなくとも体が勝手に動いている。敵の動きを目で追えずとも、しかし紙一重で相手の刃をかわして、次から次へと倒しては死体の山を築く。これが自分かと我が目を疑い、夢かと思う。
体を見ると、まとわり着く水竜の姿。首から腕、胸、腹、そして足。手に入れた武の極みは、己一人の力ではない。水竜が取り憑いた肉体が只管に戦いを求めている。その渇望、その驕り、敵方を殲滅したと思えば、まだ足りぬと今度は味方まで襲う。
何が武か、どこが武か。恥も恥。味方を切れば切るほど恥の上塗り。場が地獄絵図と思えてくれば、心の闇がまた己を犯し始める。そして、その心を見透かして竜は言う。
「その闇を振り払いたければ、戦うが筋。我に主無し。欲するはただ戦いのみ。汝、我にこそ仕えれば、武の極みを知る」
水竜の言葉が正義と聞こえない。悪とも言えないが、人道はない。武人の心得も露と感じず、それに操られる己に、戦いながら涙する。いま、欲するものは竜の言う武ではない。幼き頃より習いし武もどうでもよくなる。もはや一切の武を返上して、ただ人に戻りたいと願う。竜はそこで言う。
「もはや我に仕えるに値せず」
体にまとわりつき、狂戦士の如くに操った竜は姿を消す。
元の自分に戻ったが、買った恨みは消えない。周りを囲み、刃を向ける自軍の兵。そして一斉攻撃。夢で終わればよいが、身を貫く刃は、悲しきかな、現のもの。吹き上げる血潮とともに命が消える。
…
続きます