その2
『ふふ、C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』C君♪』…
「は、はは……あ、ありがとうございます……」
ごく普通の男子学生であるCは、非現実が渦巻く空間の真っ只中に居ました。1人ぼっちの花見を強いられる羽目になったはずの彼は、目を覚ました途端に「ソメイヨシノの精霊」と名乗る不思議な美女と出会い、さらに何十、何百にも増えた彼女と一緒にお花見をする事態になったのです。
どこを見渡しても、300本のソメイヨシノの下を埋め尽くすのはお揃いの衣装に同じ髪、同じ声をした美女の大群ばかり。しかも全員、揃いも揃ってCの事を気にかけたり構ってきたりしながら、彼をもてなしていたのです。そこには一切の邪念もからかいも無く、まるで彼に今までの御礼をしているかのようでした。
彼女がそのソメイヨシノの化身、精霊であるという非常識な話を、Cは受け入れていました。と言うより、こんなに大量にその『精霊』とやらがいますと、受け入れざるを得ないでしょう。ですが、それでもなお彼にはいくつかの疑問がありました。
「あ、あの……」
『どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』どうしたの?』……
一斉に何百もの同じ笑顔を近づけられ、ついおじけづいてしまった彼でしたが、聞きたかったのはまさにそれ、どうしてソメイヨシノの精霊さんが何百人も、しかも全員全く同じ姿形なのか、と言う事でした。
すると、精霊たちは少し意地悪そうな顔を見せながら、Cに向けて言いました。
『あれ~、知らなかったのかな?』『「わたし」の秘密♪』『ソメイヨシノって、みんなクローンなんだよねー♪』そうだよねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』ねー♪』…
「え……そ、そうだったんですか!?」
生き物に興味があってもそこまで深く調べる機会が少なかった事もあり、彼は日本中のソメイヨシノが全員揃って同じ遺伝子を持つクローンである事を知りませんでした。
何百年も昔に生まれたという桜の品種・ソメイヨシノは、枝を切って地面に植えるという挿し木などの方法を使い、種を経ずにどんどん増えていきました。つまり、人間の手によって自分の体から新しい自分をどんどん増やされていったのです。その結果、日本どころか今や世界中に、全く同じ遺伝子を持つ『ソメイヨシノ』と言う個体が数え切れないほど存在するという事態になりました。この公園も例外ではなく、300本も植えられているソメイヨシノの全員が、同一の遺伝子のクローンの集団なのです。
『そういう事♪』だから、わたしは全員「わたし」なんだよねー♪』そうそう、同じ姿の精霊になった、って訳だよ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』うふふ♪』…
遺伝子が同じで暮らし方も全く同じなら、そこから発現する「精霊」の姿も、そして思考パターンも声も全く同じ――科学とファンタジーが混ざり合う複雑な事実でしたが、確かに納得がいく、とCは心の中で思いました。ですが、それなら何故、公園中の300人の『ソメイヨシノ』たちは人間、それもとびきりの美女の姿を模してこうやって自分をもてなしてくれるのでしょうか。その疑問を投げかけた直後でした。
「――!!」
『ふふ、照れちゃってる♪』ふふ、照れちゃってる♪』
突然、両隣のソメイヨシノの精霊が、柔らかい唇を彼の頬に当ててきたのは。
女性、しかも美女からキスをされることなんて今までになかったCは、顔を真っ赤にしてどぎまぎしてしまいましたが、すぐに彼女たちはここまでして彼に優しい理由を教えてくれました。これは、今まで彼が自分たちを大事にしてくれた恩返しだ、と。
「え……お、恩返し……ですか?」
『『『『『そう、恩返しだよ♪』』』』』
そう言われた彼は、今までのことを思い出していました。
確かに大学に入ってから彼は度々この公園を訪れ、ソメイヨシノが緑の葉に包まれている夏も、寒くなり始めた秋も、すっかり葉を落としてしまった冬も、のんびりここで佇みながら草木の心地を楽しんでいました。ですがそれに加えて、彼はいつもめぼしいゴミを拾ってはゴミ箱に捨て、公園の美化に協力していたのです。そして今日も、サークルの面々が勝手にポイ捨てしていた大量のゴミを必死になってかき集め、綺麗な公園やソメイヨシノの花々を守るために頑張っていました。
誰からも評価されない、馬鹿にされてばかりだ、と自暴自棄に陥ってしまった彼でしたが、300本のソメイヨシノ本人はそんなCの頑張りぶりをしっかりと見て、高く評価していたのです。
『「わたし」もゴミがあると居心地が悪いからね……』人間の手じゃないと処分が出来ないんだ』だから、C君には本当に感謝しているよ』ありがとう♪』
「い、いえ……ぼ、僕は……」
遠慮しがちな彼の背中をやさしく押すかのように、今度は左右に加えて目の前にもソメイヨシノの精霊が近づき、緊張する彼をほぐすかのように、その唇を接してきたのです。
『『『自信を持って、貴方は凄い人だよ』』』
「え……す、すごいひと……」
『さ、続きを始めようか♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』…
こうして、顔を真っ赤にしながらも不思議な気持ちに包まれたCを中心に、ソメイヨシノたちの大宴会はさらに盛り上がり始めました……。




