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7、画廊

 

 小熊アンナとは何者か、その深淵を探るために挙げられる特徴は3つある。

 1つ目は彼女の外見的特徴だ。アンナは金髪のねえちゃんだが、これは彼女がハーフだからであり染髪をしているわけではない。ヨーロピアンな整った顔立ちと余裕のある立ち振る舞いが往々にして同性のハートを射止めることがあり、彼女の通う女子大にはこっそり「小熊アンナさんにちゅっちゅされたいの会」というクラブが作られており、正規の会員だけでも190人いる。アンナはモテモテだ。


 2つ目は彼女の芸術の才である。アンナは幼稚園のお絵描きの時間にダヴィンチのヘリコプターそっくりのデッサンをして以来、小学5年の図工の授業で描いた水彩画がパリのオークションで日本円にしておよそ1200万円で落札されたり、中学3年の夏に教室の後方の黒板に適当に描いた落書きが宇宙の真理を表していると噂になってイギリスの超有名科学雑誌の表紙になってしまったりと、ちょっとよく分からない形でその才能を開花させていった。


 最後に挙げる彼女の特徴はその頭脳の冴え具合だ。全てを説明するのは到底不可能だが、分かり易く言えば今他人が何を考えているのか分かる、もしくは他人が次にどう行動するかが読めるというものである。

 アンナが得意としている読心術は非常に特殊で、人の行動に影響を及ぼし得る多様なポイントを環境とイベントにそれぞれ割り振り、その数値を計算して対象が次に何をするか導き出すというものである。対象の現在の行動と周囲の環境から、過去に経験した事象をある程度知ることもできる。すべては計算なのだ。


 で、その天才のアンナお姉さんに月乃はこれから会話を試みるのである。


「あの・・・少しお時間よろしいでしょうか」

「あら?」

 画廊で一番目立つ大きな向日葵の油絵の前にアンナはいた。コロネみたいな美しい巻き髪を指でくるくると触りながら振り向いた彼女は、突然声を掛けられたにも関わらず全く驚く様子もなく今日の空のような青く澄んだ瞳を優しく月乃に向けてくれた。

「と、当然申し訳ございません。昨日のお礼を申し上げたいんですの」

「まあ、ご丁寧にありがとう、月乃ちゃん」

「どうしてわたくしの名前をご存知ですの?」

「さっきピアノを弾いてたじゃない。その時紹介されてたわよ」

「そ、そうでしたわね」

「とっても上手だったわよ。特に『ララララーン♪』のあたり」

「ありがとうございます。とても光栄ですわ」

 あかりと違って物腰には品がありおまけに話も分かる。月乃はこの会話だけでアンナのことをすっかり信用してしまった。

「ところで、月乃ちゃん一人なの?」

「ええその・・・一人ですの」

「あら、そうなの」

 この時アンナが少し淋しそうな顔をしたのは月乃の気のせいかも知れない。

「私は小熊アンナ。アンナって呼んでいいのよ」

「そ、そんな恐れ多いですわ。小熊様」

「まあ、マジメなのね♪」

「は、はい」

 少し一緒に画廊を見て回ろうと誘われたので月乃はアンナの背中に付いて歩くことにした。アンナから香るガーデニアのような甘いにおいがとても心地よくて、ついつい彼女に近づいてしまう。

「私の絵も飾ってもらってるのよ」

「そうなんですの? ぜひ拝見したいですわ」

「この突き当たりにあるのよ。その前に、この辺りの絵も見ていきましょうか」

「はい」

 すっかりアンナのペースだが、月乃は安心しきっている。

「これは小学校4年生のお目々がとっても可愛い女の子が書いた美容師さんの絵ね。鏡越しに見た美容師さんの繊細な表情を捉えているわね」

「素晴らしいですわ」

「こっちは中学1年生のふとももがとっても綺麗な女の子が書いた古い蓄音機の絵ね。なかなかシブい題材なのに活き活きとした色遣いをしていて、耳を澄ましているとレコードの音色が聴こえてきそうね」

「そうですわね」

「それからこれは首筋を撫でるとすぐ頬を真っ赤にする中学2年生の女の子が書いたバスケットをするお姉さんの絵ね。ユニフォームの隙間から覗くお姉さんの肌の質感がとっても見事だわ」

 アンナが色々と絵を説明してくれているが、月乃は途中から全く別の絵に心を奪われて立ち止まっていた。それは一番大きな向日葵の油絵の裏側の壁に掛けられており、意図せず目立たない位置にあるが、月乃は一目でその絵の魅力に夢中になった。

 小さなキャンバスの中で淡い水彩の子猫が大きな白いワンちゃんの背中に抱きついて幸せそうに眠っている。犬のほうもとっても優しい寝顔なので二人はきっと仲良しなのだろう。こんなピースフルな絵を描ける人はきっとすごく心が綺麗なんだろうなと月乃は思った。

「素敵な絵ね」

 アンナがやってきた。話を途中から聴いていなかったので失礼だったかなと月乃はドキッとしてしまったのだが、小熊様の横顔は相変わらず穏やかなのでほっとした。

「私の絵はあっちよ」

「はい」

 アンナと一緒に歩きながら、月乃は子猫の絵を何度も振り返って見た。それくらい月乃の胸に深く温かく印象づいたのである。



「これが小熊様の絵ですのね」

「そうよ」

「素晴らしいですわ」

 とりあえず素晴らしいと言ってはみたが、月乃にはその絵が何の絵なのかサッパリ分からなかった。しかし緻密なパーツがバランス良く整然と組み合わさって大きななにかを形作っている様子は、まるで月乃が大好きなバッハの楽曲のようで非常に惹かれるのは確かである。

「小熊様、これは抽象画ですかしら」

「そうね、抽象的な書き方になったけれど、物理的なモデルがあるのよ」

「なるほど。これは何の絵ですの?」

「おっぱい」

「・・・・・・へ?」

「おっぱいなの」

 アンナはおもむろに月乃を背後から抱きしめ、月乃の胸を思い切りわしづかみにした。

「こ、れ♪」

「え・・・ええええ!?」

 背中に密着したアンナのオトナな体、首すじを撫でる柔らかい髪、セクシーなささやき、一本一本がいやらしく動く指づかい・・・あかりのものとは比較にならない、とんでもなくエッチなスキンシップである。

「ちょ、ちょっと! 小熊様? なななにをしていますの?」

「え? 揉んでるのよ。月乃ちゃんのかわいいおっぱい」

「も、揉ん・・・ええええ!」

「あぁん、首すじとほっぺの質感は鈴原さんそっくりなのに、おっぱいは桃の実みたいにジューシーなのね」

「ひゃ、ひゃああ!」

「髪もとってもいい匂い・・・」

「やんっ!」

「あら、やっぱり耳が敏感なのね。ホント、かわいいわ♪」

「や、や、やめてくださーい!!!」

 月乃は鮮魚のごとくアンナの腕の中であばれてなんとか抜け出すと、体育の時以外では決して人前で見せることがなかった全力疾走で逃走を図った。



「んもぅ、もっと楽しみたかったのに♪」

 アンナにとってはここで月乃が逃げ出す事など想定内なので追いかけるような真似はせず自分の絵の前で余裕の微笑みを浮かべていた。全てはアンナの思うがままである。

 しかし、実は本日たった一度だけアンナの予想が外れたことがあった。月乃がここでピアノの発表をして、画廊前で自分に声を掛けてくることは予測済みだったのだが、その時彼女は津久田あかりちゃんと一緒にいるはずだったのだ。「きゃあ! 先輩様ぁ! 今日もお美しいですぅ!」なんて言って腕にしがみついてくると思っていたから、どんなかんじでいたずらしてあげようかも考えていたというのに残念である。

「あの子・・・」

 近頃アンナはこういった読みに失敗することがあるのだが、いずれもあかりちゃんに関するものばかりなので、動揺していないと言えば嘘になる。 読心に使っている環境とイベントの数値があかりに関わるもののみ誤っている可能性もあるのだが、いまいち原因の特定は進んでいない。

「まあ、いいわ♪」

 とりあえずアンナは月乃ちゃんを予定通りモミモミできたので今日は満足である。



「紫乃先輩たち今日あのパン屋でバイトしてたんだけど、そのせいでフロアが大混雑でさぁ。とてもじゃないけど近づいて挨拶できる状態じゃなかったよぉ」

「・・・そうですの」

「でも何もしないで帰るのもシャクだから、そこの文具屋ぶんぶん堂でケース買って即席の目安箱作って置いてきた! あれだけの人通りだから、依頼の数は期待できるよ!」

「・・・よかったですわね」

「あれ、なんだか月乃ちゃん元気ないね。小熊先輩様となにかあった?」

「いえ・・・別に・・・」

 まだ胸を揉まれた時のいやらしい手の感触がおっぱいに残っている。月乃は放心状態だ。

「それにしても、美紗ちゃんの件をこんなに早く解決できちゃう月乃ちゃんには、私と小熊先輩様の運命の赤い糸もたぐり寄せてもらっちゃおうかなぁ〜、なんて思ってるんだけど!」

「お断りしますわ・・・」

 やっぱり恋愛感情は許してはならないなと月乃は思った。

 

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