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4、キューピット

 

 月乃が連れ込まれたのは紅茶の香りの生徒会室だった。

「今日は特別に私自らキミにお茶を淹れてあげよう!」

「あら・・・おかまいなく」

 知らない学校の校舎に入るのはとても新鮮で、月乃の通っている中学校とは建物の風格からして異なるので正直ちょっとわくわくしてしまったが、自分がこの津久田会長の企みに力を貸さなければならないのは事実なので警戒は怠ってはならない。油断をしていると細川家の名誉に傷がつくような恥ずかしいことをさせられる可能性があるので、そういうのはお断りだという空気を常に作っておく必要があるのだ。

「はい、どーぞ♪」

「ありがとうございますわ」

 紫と緑が混ざった不気味な色の紅茶が出てきた。カップを傾けるとかなりどろっとしているのが分かる。こんなものに口をつけられるほど月乃は己の精神を磨いてはいない。

「そ、それで・・・わたくしはどんな協力をすればよろしいのですの?」

「あ、やっぱり気になる?」

「ええそれは・・・もちろん・・・」

「そっかぁ! やっぱり気になっちゃうかぁ!」

 ご機嫌な様子のあかりは自分の髪を適当に編んだり、紅茶を飲んでしんだふりをしたりして散々月乃をじらした後、席を立って会長専用デスクの下からなにやら大きな箱を持ってきた。

「これを見てくれたまえ!」

 月乃の前に置かれたのは黄緑色の模造紙とビタミンカラーの折り紙で装飾された派手な段ボール箱だった。

「な、なんですの?」

「目安箱だよ」

「めやすばこ・・・?」

 月乃の記憶が確かなら目安箱とは江戸幕府の偉い人が民衆の声を直接聴くために設置した投書ボックスのことである。あの川を渡る橋を整備して欲しい、この村に寺子屋をつくって欲しいといったようなお願いごとが寄せられるのだ。

「・・・どうしてそんな物を作ったんですの?」

「聞きたい?」

「いえ、別に・・・」

「この前の月が綺麗な晩のこと・・・枕元に着物を着た天使が立って私にこう囁いたんだよ。この街に幸福をもたらすのがサンキスト女学園の生徒会長の責務です。各所に目安箱を設置して庶民の声を聞き入れ善政を敷けば、きっとカワイイ後輩がたくさん生徒会に入ってくるでしょう、ってさ!」

「そ、そうですの・・・」

 随分具体的な指示をしてくれる天使である。

「日替わりであっちこっちに置いてみたんだけど、たった一週間でほら見て! この量!」

 あかりが箱をひっくり返すと十数枚の紙きれが出てきた。これが多いのか少ないのか月乃は判断しかねた。

「月乃ちゃんには彼女たちの願い事を叶えていってもらいたいのだ」

「ええ・・・?」

 あなたが設置したんだからそこは自分で頑張って頂きたいと月乃は思った。

「そんな・・・わたくし一人ではどうにも・・・。どんな希望が書かれていますの?」

「んー例えばね。おいしいクリームシチューの作り方を教えて下さい、私に新しいテニスシューズを買って下さい、好きな子と手をつなぐ方法を教えてください、私の体を触ってくる姉をなんとかしてください、あこがれの先輩のブラが欲しいです。まあ、色んなお願い事があるね!」

 ちょっと想像と違う希望ばかりで月乃は正直引いている。

「月乃ちゃんはゴールデンウィーク中しか働けないだろうから全部をやってもらうのは無理だし、私がいくつか選ぶね」

 あかりは月乃のゴールデンウィークをこの仕事でつぶす気満々らしい。

「あの・・・わたくし明日の午後はピアノの発表会がありますの」

「知り合いからの依頼も結構あってさ。この箱を作ったのが私だとも知らずに哀れなものよ」

 あかりは全く聞いていない。

「最初はこの依頼なんかどうかな。月乃ちゃんにぴったりだと思うよ!」

「もう・・・どんな依頼ですの?」

 月乃は案外流され易い少女である。

「この生徒会のもう一人のメンバーである蒔崎美紗ちゃんから、雪乃さんを抱きしめたいっていう希望を頂きましたぁ!」

 生徒会にあかり以外のメンバーがいたことはこの学園にとって大きな幸福だろうなと月乃は思った。

「ユキノさんって・・・もしかして紫乃様の妹の雪乃様のことですの?」

「その通り! 切ない恋の悩みだよ。美紗ちゃんの恋のお手伝いをしてきてあげて」

「・・・恋なんてくだらないですわ」

 非常に厳しい教育を受けてきた硬派な少女月乃は、ラブリーな色恋沙汰を軽蔑している。

「い、今なんて言ったの!?」

 なぜかあかりが身を乗り出した。

「え? こ、恋なんてくだらないと申しましたのよ」

「すごい! 昔の紫乃先輩と同じ事言ってる!!」

「え・・・」

「いやぁ、懐かしいなぁ!」

「な、何をおっしゃっていますの? 懐かしいってどういうことですの?」

 月乃はクールで硬派な紫乃のことを幼い頃からとても尊敬している。紫乃様は昔から恋に興味なんてないかっこいい女性であり、今もそうに違いないと月乃は信じているのだ。

「まあまあ、美紗ちゃんたちに会ってお勉強してきなさい」

「お、お勉強って・・・どういうことですの?」

「いいからいいから♪」

「え、ええ!?」

 あかりに背中をぽんぽん押され、恋のキューピットとしての月乃のゴールデンウィークが始まった。

 

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