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22、また会う日まで

 

「月乃ちゃん、忘れ物ない?」

 西の空はすっかり夕焼けで、学園前駅のホームに立つ三人の陰は東の空にうっすらと顔を出した丸いお月様へ向かって長く伸びていた。

「わたくしは忘れ物なんてしませんのよ」

 あかりに確認してもらうまでもなく、月乃は自分の荷物をしっかりと管理できる女なので問題はない。こういうところは従姉の紫乃様によく似ているのだ。

「アンナ様、ここで待ってれば本当にみんな来てくれるんですかぁ?」

「大丈夫よ。次の電車でみんな集まってくれるわ」

 天才おねえさんアンナの計算によると、まもなく他のメンバーたちがこの駅にやってくるらしい。彼女たちはあかりの告白が上手くいったことをまだ知らないためその報告もしなければならないからあかりにしてみればドキドキである。

 月乃は自分のことを見送ってくれる人が増えるのを待っているこの状況が少しおこがましい気がして恥ずかしかったが、ゴールデンウィーク中に仲良くなったみんなに挨拶もしないで帰りの電車に乗り込むなんてあり得ないので、あかりとアンナと共にこうして電車の到着を待っているのだ。ついさっきまでは例のネコちゃんも一緒だったのだが駅に入るあたりでどこかへ行ってしまった。月乃はネコちゃんにもちゃんとお別れを言いたかったのに残念である。

 ちなみにあかりたちは見送りという形でホームに入っているが、ここの駅員はサンキスト女学園の出身者が多いためか入場券を買わなくても改札を通してくれた。学園のOGは後輩たちの情報に明るいのであかりやアンナのこともよく知っているのだ。

「小熊様。紫乃様もここへいらして下さいますの?」

「もちろんよ」

「よかったですわ」

 地元に帰る前にもう一度紫乃様にお会いして硬派なお嬢様の心意気を学ばせてもらいたいところである。月乃はホームの壁に掛けてある楕円の装飾鏡で前髪を整えた。

 学園前駅という名前はちょっとユニークだが正式名称であり、駅の内装も西洋美術の雰囲気満載で明らかにサンキスト女学園の校舎を意識したお洒落な作りになっている。

『まもなく、当駅止まりの電車が参ります。黄色い線までお下がりください』

 麗しいお声のアナウンスが流れた。

『この電車は折り返し17時40分発、新横浜行きとなります』

 学園前駅は終点なのでここにやってきた電車はすべて折り返し、新しい旅を始めるのだ。

「来た来た!」

「来ましたわね」

 ホームに滑り込んでくる電車を見て月乃は胸がきゅっと締め付けられた。月乃が乗る予定の電車はこれの次なので実際はまだ少し時間があるのだが、いよいよみんなとお別れかと思うと淋しさがこみ上げてきたのだ。

「みんな2両目に乗ってるはずよ」

 アンナが改札からちょっと離れた不自然な位置に立っていたのは既に舞たちが降りてくる場所を予測していたからである。アンナのちょうど目の前で止まったドアの窓には、見覚えのあるメンバーたちの顔があった。

「うへえ! 小熊先輩! ここにいたんですか!?」

 ドアが開いた瞬間あほみたいな声を出して一番に飛び出してきたのは舞である。舞たちはワケあって15時以降もずっと小熊先輩探しを続けていたのでこのような大きな反応をするのも無理はないのだ。舞に続いて遥、美紗、雪乃、そして紫乃が電車を降りて来た。

「こ、小熊様! あかり様には会って頂けたのですか?」

 美紗が高い声で尋ねてきた。美紗の腰には雪乃がしがみついており、雪乃にとってはこのポジションが定位置になりつつある。

「ええ、会ったわよ」

「そ、それでどうなったのですか!?」

「みんなぁー!」

 あかりが月乃の手を引いてみんなの元へやってきた。あかりの笑顔を見れば結果がどうなったのかは明らかである。あかりは一連の告白劇についてあることないこと交えながらみんなに熱く語った。

『電車が発車します。ご注意ください』

「・・・紫乃様、紫乃様」

「は、はい」

 電車が駅を出発していく音と、おしゃべりなあかりの声のどさくさに紛れて月乃はこっそり紫乃様に声をかけた。紫乃様はなぜか周囲を気にしてそわそわしている。

「帰る前にもう一度お会い出来て嬉しいですわ!」

「あ、は、はい。来てあげました」

「どうしてここでお待ちしていることが分かりましたの?」

「小熊先輩の回りくどい誘導のお陰です」

「え?」

 15時ちょっと前のことだが、紫乃を含めたアンナ探しの一行はアンナのマンションを訪れ彼女の部屋の前まで辿り着いたのだが、その扉にはピンクのメモ用紙が貼られており『ザンネンだったわね♪ 私はここにはいないわ』などとメッセージが残されていたのだ。『もしかしたらシャランドゥレタワーの横の温水プールにいるかもね♪』とも追記されてあったから一行は仕方なくプールに移動したのである。ところがそのプールの入り口にもやはりメモが貼られてあり、そこには『あら、ここも違ったみたいだわ。もしかしたらシャランドゥレグランドホテルのロビーにいるかもしれないわね♪ 制限時間は大目に見てあげるから諦めずに頑張って!』などとたわけたことが書かれてあったのだ。これは小熊先輩に遊ばれているなと皆気づいていたが手がかりがこうして目の前にある以上無視するわけにもいかず、アンナの指示に従って街中をかけずり回っていたのである。

「それで、最後に辿り着いたのがこの駅だったんです」

「た、大変でしたのね・・・」

「まあ、大したことないです」

 涼しい顔をして自分の髪をサッと撫でてみせる紫乃の様子を見て、さすが紫乃様だなぁと月乃は感動した。いつもクールなしっかり物で、人のためならば身を惜しまない自分の理想のお嬢様である。



「そうかぁ! うまくいったかぁ!」

「ちょっと舞・・・背中たたかないで」

 後輩のあかりの一世一代の大作戦が上手くいったことに舞カップルも大喜びである。

「あかり様! おめでとうございます!」

「いやぁ、これも美紗ちゃんたち皆のお陰だよ」

「でもあかり様、私たちは学園の寮で暮らしているわけで、隣り街の小熊様にはなかなかお会いできないのでは?」

 美紗は妙なところだけ現実的である。

「大丈夫! わたし毎週土日にはアンナ様に会いに行っちゃいまぁーす!」

 それを聴いたアンナは一瞬だけ素になって照れた様子で目を伏せたが、すぐにいつもの人生3回目みたいな余裕のある表情に戻り、あかりを背後から抱きしめて彼女の髪に鼻先をうずめながらこう言った。

「あら、土日だけだなんて随分遠慮深いのね」

「え? そうですか?」

「私のほうから会いに行ってあげる。毎日ね」

「ま、毎日ですか!?」

「そう。夜になったら寮の部屋にこっそりおじゃましてあげる♪」

「こ、こっそり・・・?」

「一緒におねんねしましょうね♪」

「・・・ハ、ハイ」

 あかりは幸せと恐怖の入り交じった不思議なドキドキに苛まれた。ちなみにこの日以降アンナは本当に毎日学園の寮までやって来てあかりを思う存分可愛がっている。普段はアンナがあかりをおもちゃにしているのだが、時折アンナが淋しそうにしているとあかりの方から彼女を優しく抱きしめてあげる・・・そんな一風変わった恋模様である。



「みんな、月乃ちゃんはもう帰らなきゃいけない時間なんだけどみんなが来るの待っててくれたのよ」

 あかりとアンナをお祝いする流れに身を任せていた月乃は、アンナのこの言葉で我に帰った。小熊様のおっしゃる通り月乃がこの街にいられる時間はもうごく僅かであり、次にやって来る電車に乗らなければならないのだ。

「そうなんですの・・・わたくしもう次の電車で・・・」

「おーい」

 この大事な時に今度は一体誰がやって来たのか。改札を通って姿を現したのは学園に舞い降りた天然教師香山先生と、歌える貧乏神石津さんの二人である。石津さんのラジオ番組が終わるタイミングを見計らって香山先生は学園を抜け出し、いつまでも初心者マークを貼ったままの軽自動車で彼女を迎えに行っていたのだ。小熊先輩から月乃ちゃんの旅立ちの時間をこっそり教えてもらっていたのでこのような丁度いい時間に登場してきたのである。

「う! あ、あ、Akaneさんじゃん・・・!」

 舞は普段道端で石津さんとすれ違ってもAkaneだと気づかないのだが、今日の石津さんはラジオの仕事の帰りなので化粧も髪型もテレビで見るのと同じ状態だからこの慌て様である。

「Akaneさん! あの、あの! サインありがとうございました! うちすごい大切にします!!」

「ん、サイン? なんのことだ」

「あぁ、あの! 石津様と香山先生、わざわざお越し下さいましてありがとうございますわ! わたくし感激ですの!」

 舞が貰ったサインは月乃とネコちゃんが書いた贋作なので、ここは大声でごまかしにいくしかない。

「どうやらキミのお陰でこの街にまた新しい風が吹いたようだ。礼言わなければならない。月乃くん、ありがとう」

「ど、どういたしましてですわ・・・!」

 ホームに集まった少女たちの幸せそうな笑顔を見て石津さんが月乃にお礼を言ってきた。超有名人に頭を下げられて月乃もドキドキである。



「弓奈は?」

 ここで不意に、美紗にくっついたままの雪乃ちゃんが辺りを見回してひと言つぶやいた。

「雪乃さん、倉木様ならそこに・・・あれ?」

「あれ!? 倉木は?」

「さっきまで一緒だったはずなのに」

 実はつい先程、隣りの駅でちょっとした問題が発生していたのだ。




「弓奈さん遅いです。もう電車が来ちゃいます」

 それはアンナの指示に従って学園前駅に向かう電車に乗り込もうとしていた時のことである。

「紫乃ちゃん切符切符」

「切符なんていらないです」

「いらなくないでしょ。はい」

「はい」

 舞たちは早くもホームに立っており、弓奈と紫乃はその後を追って改札を通る形になったのだが、改札を抜けた紫乃が切符をポケットに入れようとした瞬間、彼女の財布がパタンと音を立てて床に落ちたのだ。しかし丁度電車がやってきたところだったので落ちた音が紫乃の耳に入ることはなく、気づいたのは後ろから彼女のことを見ていた弓奈だけであった。

 電車のドアが開いて舞たちが続々と乗り込んでいく中、弓奈も紫乃ちゃんの財布を拾ったら速やかに乗車するつもりだったが、拾おうとした瞬間に手の中の切符がひらりと床に落ちてしまい、しかもどういうわけかその切符が大理石のようなつるつるの床に完全に密着して、爪の先を使って持ち上げようとしてもうまくいかず、弓奈一人だけが大幅に遅れてしまったのだ。

「ちょ、え! 待って!」

 叫びも虚しく、弓奈が自分の切符を無事に拾い上げて立ち上がった時にはもう電車は夕焼けの世界に旅立っていた。

 紫乃は自分の財布を落としたことにも、弓奈がついてきていないことにも気づかず電車に乗ってしまったのだ。紫乃は常日頃からクールな所作を心がけているため、いつもいつも大好きな弓奈さんを目で追っていたら格好がつかないから、電車に乗ったりする瞬間は敢えて一匹オオカミを気取って一人でひょいっと乗り込むことが多いのである。だから電車が動き始めて、さあ弓奈さんの綺麗な横顔でも見ようかなと思って振り返った時に彼女の影が見えなかったので大変驚いたのである。

「そろそろ月乃が帰っちゃう時間だよなぁ」

「み、みなさん! 弓奈さんが・・・」

「ん? どうかした?」

「・・・な、なんでもないです」

 紫乃は思わず黙ってしまった。「月乃」と聞いて今自分が抱えている大きな秘密を思い出してしまったからである。紫乃は月乃に対して「弓奈さんという超かわいくてかっこよくてやさしい恋人がいる」という事実を完全に内緒にしているため、もしもこの先に月乃さんがいるんだとしたら、ここで弓奈さんとはぐれてしまったのは不幸中の幸いというやつなのかもしれないのだ。弓奈さんはきっと次の電車で来てくれるのだから会えないのはほんの10分程度だし、ここは月乃さんとの挨拶が終わるまではなんとか弓奈さんのことは隠し通そうと紫乃は決意した。




 が、そんな事情をしらない妹の雪乃ちゃんが弓奈の不在に気づいてしまったのである。

「弓奈は?」

 雪乃のひと言で紫乃はビクッと肩をすくめた。

「雪乃さん、倉木様ならそこに・・・あれ?」

「あれ!? 倉木は?」

「さっきまで一緒だったはずなのに」

 話題が弓奈の方向へ流れていく・・・紫乃はこの流れが月乃に影響を及ぼさないことを祈りながらホームの柱の周りをぐるぐると回った。

 しかし、そんな祈りは通じるはずが無かった。みんなの様子を見た月乃の胸にはこのゴールデンウィーク中ずっと抱え続けたあの疑問が浮かんできたのである。

「あの、みなさん・・・」

 これを解決することなく月乃のゴールデンウィークは終わらない。

「わたくし、この連休中ずーっと気になっていたことがあるんですの」

「ん、なに?」

「気になっていたこと?」

 紫乃は思わず美紗の後ろに隠れてしまった。



「弓奈さんって・・・一体どなたですの?」



 実に簡潔な疑問だがそこに集まっていたメンバーたちが絶句するだけのインパクトがあった。

「えええ!? ちょ、ちょっと! 月乃ちゃん! 弓奈おねえさまを知らなかったの!?」

「お、お会いしてなかったんですか!?」

「偶然今まで会ってなかったってこと・・・!?」

「あーそうなんだよ、こいつ弓奈に会ったことないらしいんだ」

 舞だけちょっとこの事を知っていたため得意気である。

「ど、どうしてそんなに驚かれますの!? そんなに有名人ですの?」

「んーそうだねぇ。この辺りに住んでる人ならみんな倉木さんのこと知ってると思うよぉ」

「弓奈くんは私のようなしがないシンガーソングライターとは格が違う、生きる伝説だ」

「い、生きる伝説・・・ですの?」

 つまりどんな人物なのか、詳しく説明をしてくれたのはアンナだった。

「倉木弓奈ちゃん・・・去年サンキスト女学園を卒業したあなたの従姉鈴原紫乃さんの同級生の女の子よ。生まれながらにしてモテレベル5の人知を越えた美少女で、世が世なら歴史の教科書に名前が残っていたであろう神懸かった外見をしているわ。それなのに性格はいたって普通の女の子。ルックスに驕った不遜な態度なんてこれっぽっちもない上に、他人の幸せを心から願って自分の身の丈にあった精一杯の行動に移せる健気な天使、もしくは女神様。弓奈ちゃんは幸運の神様からもモテちゃってるみたいで、何をやっても最終的には物事を丸く収めてしまう究極の才能を持っているわ。だからあの子に関わりがある人はみんな幸せになっていくのよ。弓奈ちゃんの高校生活の3年間はとっても劇的で、初めは自分のモテモテ具合に嫌気が差して人から必要以上に好かれないように努力してたんだけど、やがて弓奈ちゃん自身がある女の子に恋をしてしまうの。長い長いすれ違いの日々が続いたけど、去年とうとうお互いの気持ちを打ち明け合ってめでたく二人は結ばれたわ。だから今では最高に幸せなカップルなのよ。倉木弓奈ちゃんと鈴原紫乃さんは♪」

「えっ?」

 月乃は聞き間違いかと思った。

「い、今・・・なんと・・・紫乃様が・・・? カ、カップルですの?」

 最悪の事態になって紫乃は思わず両手を頭の上に乗っけてギュッと目を閉じた。紫乃が月乃の前で守り続けた「恋に興味なんてない硬派な紫乃おねえさま」のイメージはこれで完全に崩れ去ってしまったのだ。

「紫乃様に・・・恋人が・・・」

 月乃のつぶやきと同時に、ホームにアナウンスが聴こえてきた。

『まもなく、当駅止まりの電車が参ります。黄色い線までお下がりください』

 確かに月乃は紫乃の硬派なところを尊敬して長年慕ってきたわけだから、いつもの月乃であれば恋なんて軟派なものに現を抜かしていることが判明した紫乃様に幻滅していたかもしれない。

『この電車は折り返し17時51分発、新横浜行きとなります』

 しかし、今のこの清々しい気持ちは一体何なのだろうか。もしかしたらゴールデンウィーク中の数々の体験が、恋というものに対する月乃の認識をいつの間にか大きく変えていたのかもしれない。何組かの恋人同士の運命を結びつける手助けをしているうちに、人を愛することの素晴らしさについて月乃はほんの僅かだが学んだのである。こうなってしまうと、尊敬する紫乃様が誰かを心から好きになることはむしろ自然なことかもしれず、幻滅どころか、胸のどこかにつっかえていた違和感が晴れて気持ちがいいくらいであった。

「別に・・・」

 月乃は口を開いた。

「別にいいと思いますわ」

「え?」

 耳を疑うようなひと言に、紫乃は顔を覆っていた手の中指と薬指の間から月乃を見た。

「べ、別にいいと申しましたのよ・・・紫乃様は最高のお嬢様ですもの。最高の恋人がいて当然ですわ・・・」

 恋に肯定的な発言をするのは月乃も人生で初めてなので、赤くなってしまった顔をごまかすために夕焼けの方を向いてしゃべるしかなかった。

 月乃の言葉を聞いて紫乃は目をうるうるさせた。

「し、紫乃様・・・泣かないで下さい」

「うう・・・はい」

 紫乃の泣いてるのか笑っているのか分からない安堵の表情を見てみんな笑顔になった。こうして紫乃のお嬢様イメージはしっかりと守られたまま、より深い従姉妹同士の絆が生まれたのである。



「月乃ちゃん、ホントに忘れ物ない?」

「あかり様、何度も申し上げましたけどわたくしは忘れ物や落とし物はしませんのよ。こういうところは紫乃様に似ましたの」

 やってきた電車に乗り込んだ月乃は、ドア付近に立ってみんなに最後のお別れの挨拶をした。折り返しの電車であるせいかドアが閉まるまではちょっぴり猶予がある。

「元気でな月乃。お前はなかなか話が分かるいい奴だったよ」

「わたくしは舞様のお話がよく分かりませんでしたわ」

「は?」

「なんですの?」

「そういう顔ほんと鈴原にそっくりだよな」

「あら、光栄ですわ」

「また来いよ」

「来て差しあげます」

 舞は月乃の頭をがしがしと撫でてくれた。せっかく綺麗に整えたお嬢様スタイルが乱れるからやめて欲しいところだが、こういう感じの姉がいても毎日が楽しいんだろうなと月乃は思った。

「月乃ちゃん、舞がいろいろ迷惑かけちゃったけど、ありがとね」

「いえいえ、遥様には大変お世話になりましたわ」

「私さ、ビックリしたことが一つあるんだけど」

「なんですの?」

「こんなに存在感の薄い私の名前をたった数日で覚えてくれたじゃん。だから、すごい嬉しかった」

「・・・名前ですの?」

「うん」

「・・・遥様は時々不思議な発言をなさいますのね」

「あ、よく言われる」

「そうですの」

「ありがとね、月乃ちゃん!」

「こちらこそ、ありがとうございましたわ」

 遥は舞が乱した月乃の髪を手櫛で優しく整えてくれた。月乃からすれば遥様はこの街にいる数少ない常識人であり、心の拠り所でもあったためとても感謝している。舞と遥はとてもいいコンビだからきっと仲良く暮らしていけるに違いない。

「つ、月乃さん・・・本当にありがとうございました・・・」

「美紗さん・・・こちらこそ、楽しい連休をありがとうございましたわ」

「月乃さんが私の願いを叶えてくれて・・・とても幸せです・・・。最初私は月乃さんのことを神様の使いだと思ってたんですが・・・今でも似たような気持ちです」

「そ、そうですの?」

「私にとっては神様です・・・ありがとうございました」

「そう言って頂けると・・・なんか照れますわ。雪乃様をよろしくお願いしますね」

「は、は、はいっ!」

 ちょっと泣いているため美紗の声の高さが通常の2割増しになっておりそっちが気になってしまったが、月乃だって美紗に深く感謝している。人見知りの権化であった雪乃がここまで心を開いてくれたのは美紗の功労がとっても大きいに違いないのである。

「月乃おねえちゃん」

「雪乃様、優しいお友達がたくさんできて、よかったですわね」

「はい」

「失敗してもいいんですのよ。毎日自分のペースで、おもいっきり遊んで、勉強して、紫乃様のような素敵なお嬢様になって下さいね」

「うん」

「・・・美紗様がちょっと慌ててる時とかはこっそりフォローしてあげて下さいね」

「わかった。月乃おねえちゃん、また来てね」

「はい。また年賀状も書きますわ」

 雪乃もすっかり立派な小学生である。彼女はこれから石津さんらの協力により急速に音楽の才能を開花させていくことなるので、紫乃とはまた違った芸術家タイプのスゴいお嬢様に成長するのだが、そんなことを今の月乃が知る由もない。

「月乃くん、ありがとう。キミのお陰で忘れられない連休になった」

「こ、こちらこそですわ」

「月乃くんは・・・この街のことを好きになってくれただろうか」

「ええ。とっても」

「そうか、それは良かった。この街は愛に応えてくれる街だ。キミがこの街好きでいてくれる限り、街もキミのことを忘れないだろう」

「そ、そうですの?」

「いつでも帰ってきてくれ」

「・・・はい。石津様、ありがとうございました」

 帰ってきてくれというひと言が月乃の胸を打った。帰りたいなと思う街のことを故郷と呼ぶのであれば、すでにこの街は月乃の心の故郷である。日本一のミュージシャンと交わした握手は月乃の胸に忘れられない熱い想いを抱かせた。

「細川月乃さん、本当にありがとう。帰ってからも元気でね」

「え? は、はい」

「私、教え子たちの願いを叶えてあげたいといつも思ってた。けれど私なんかじゃ力不足で・・・恋の悩みを解決してあげられなかったの」

「はい・・・」

「だから、嬉しくって・・・嬉しくって・・・ありがとう月乃さん」

「ど、ど、どういたしましてですわ!」

 あれ香山先生ってこんな人だったっけと月乃は激しく混乱した。いつも「やっほぉ♪」とか「月乃ちゃーん♪」みたいなキャラだったはずなのに別れ際に急にこのような真面目で慈悲深い一面を見せられたらさすがの月乃ちゃんも動揺してしまう。月乃は香山先生が2つの顔を使い分ける女性であることに全く気づいていなかったのだ。香山ちゃん恐るべしといったところだが、思慮深くとっても謙虚で優しい現在の彼女の方が素の香山先生である。

「月乃ちゃん、私たちのこと忘れたらだめよ」

「もちろんです。忘れたりしませんわ」

「いつかこっそり月乃ちゃんの地元に遊びに行っちゃおうかしら♪」

「え、いや、遊びに来ていただけるのは嬉しいんですけど、出来ればこっそりじゃなくて普通に来て頂けるとありがたいですわ・・・」

「忘れたころに、背後から襲ってあげる♪」

「そ、そうですの・・・楽しみにしてますわ」

 冗談を言いながらアンナは最後に月乃を優しく抱き寄せて、「ありがとう・・・」と耳元でささやいてくれた。いやらしさの欠片も無い、心の底から出たような感謝の言葉に月乃は目頭がきゅっと熱くなってしまった。もうアンナは一人ぼっちじゃないのである。

「月乃ちゃん・・・ゴールデンウィーク、楽しかったよ!」

「あかり様・・・」

「また・・・会いに来てね」

「はい・・・。あの私・・・」

「ん?」

「最初にあなたにお会いした時、正直絶対お友達になりたくないタイプの人だと思いましたわ・・・」

「え? いや、正直だね月乃ちゃん」

「正直ですのよ。でも・・・一緒に他の人の恋を応援したり、よく分からないごはん食べたり、真剣に語り合ったりしているうちに・・・・・・その・・・好きになっていましたのよ」

「す、好き!?」

「ああ! 違いますのよ! そういう意味の好きではありませんわ!!」

「あ、なんだ」

「あかり様とお友達になれて本当に良かったって・・・心から思っていますのよ・・・」

「月乃ちゃん・・・」

「本当にありがとうございましたわ・・・」

「ボクのほうこそ・・・キミのようなスイートハニーと懇ろになれてよかったよ」

「・・・調子に乗らないでいただけます?」

「えへ」

「小熊様と・・・幸せになってください」

「うん、約束する・・・!」

 二人は両手を握り合って笑った。月乃にとってこの素晴らしいゴールデンウィークはあかりに始まりあかりに終わるものだったから、彼女への友情は並大抵でない。自分の持つお嬢様像をマイペースハイテンションでぶっ壊していった伝説の財閥の娘との友情は、彼女の一連の告白劇と共に月乃の胸の中で永遠に忘れられない宝物となったのである。

「あ、あかりさま」

「ん? なに」

 最後は自分の番だと、前に出て来た紫乃の肩を越えて月乃はあかりに再び声をかけた。紫乃はちょっと焼き餅である。

「あの・・・もしもあのネコにまた会ったら・・・私が感謝していたと伝えて下さるかしら」

「あ、わかった」

「それから・・・いつも何となく冷たくしてしまってごめんなさいって・・・」

「わかった、約束する。ネコ語でちゃんと伝えとくから安心して」

「ありがとうございますわ!」

 さあお待たせしました紫乃ちゃんの番である。

「紫乃様、その倉木弓奈様っていう人と末永くお幸せに、がんばってくださいね」

「は、はい・・・」

 紫乃は自分が恋する乙女であることがバレたのをまだ恥ずかしがっているが、それ以上に自分のことを認めて幸せを祈ってくれる月乃に対して感謝の気持ちでいっぱいであり、涙をぽろぽろ頬に落としている。よっぽどその弓奈様という人のことが好きなんだろうなと月乃は思った。

「もう・・・泣かないで頂けます?」

 月乃は照れながらハンカチで紫乃様の頬をやさしく拭ってあげた。

 紫乃にとって弓奈との恋が成就したのちに残っていた唯一にして重大な問題がこの月乃ちゃんの件であり、もしバレたら口も利いてくれなくなるんじゃないかとか色々心配していたが、連休中の奇跡的な符合の連続が月乃の心境に変化を生んだため、全て杞憂となったのである。ここまでくるともしかしたら紫乃の背中にも幸運の女神がついているのかもしれない。

「そういえばクッキーどうでした?」

「え? クッキー?」

「昨日差し上げたトビアザラシのお菓子ですわ」

 そのことを訊かれたとたん紫乃は顔を真っ赤にして目を泳がせた。弓奈さんとどんな感じで毎日暮らしているかまでは秘密のままにしておこうと紫乃は思った。

「その・・・おいしかったです」

「まあ、良かったですわ!」

「またアラスカに行った時は買って来て下さい」

「え! は、はい・・・分かりましたわ」

 月乃のほうも、あのクッキーは仕事の報酬として舞から貰ったものであり、それを「お土産ですわ」と言ってそのまま紫乃様に差し上げたことは秘密なのでおあいこである。




『まもなくドアが閉まります。ご注意ください』

 とうとう月乃のゴールデンウィークが終わってしまう。見送りの皆は車両から離れると、あかりに引っ張られる形で早くも電車が進んでいく予定の方向にむかって駆け出した。

「ちょ、ちょっと! まだ電車は走っていませんのよ」

 ドアが閉まってそれで終わり、という最後よりは味があって面白いかもしれないがフライングは勘弁してもらいたいところである。

 目の前に誰もいなくなったホームを見て苦笑いをしていると、ドアはシューという音を立ててゆっくり閉まった。一つの旅が終わり、また新たな旅が始まる瞬間である。少し間を置いてから電車はゆるやかに動き始めた。



 すぐに窓の前に現れたのは美紗、雪乃、香山先生である。三人の顔が見えた瞬間に月乃が一生懸命手を振ると、月乃の目から涙がこぼれ落ちた。忘れたくない。全部しっかり目の奥に焼き付けておきたいという思いから月乃はハンカチで目を拭くこともせず、とにかく出来る限りの精一杯の笑顔で手を振ったのだ。美紗と香山先生で雪乃を抱き上げて、雪乃が細い腕を夕焼け空に目いっぱい広げて手を振ってくれた。

 次に現れたのは石津さんとアンナである。石津さんは月乃の目を見ながらかっこ良くウインクしてくれて、アンナにいたってはセクシーな投げキスをしてきたので月乃は思わず吹き出してしまった。楽しかった時間が思い出に変わっていく不思議な切なさで月乃は胸がいっぱいになってしまった。

 そして遥、紫乃、舞、あかりがほぼ同時に目の前に現れた。舞とあかりが「つっきのちゃーん!」と叫んでいる声が車内まで思い切り聴こえてくる。月乃はそれに応えるように涙声で小さく「みんな・・・」とつぶやいた。涙でかすんだ車窓に目をこらしてひとりひとりの顔を見ながら月乃は必死に手を振り返した。

「みんな・・・大好き・・・」

 これが月乃の本心である。

 電車はどんどん加速していく。やがて遥は後方へ去っていき、紫乃も必死にくらいついていたが見えなくなってしまった。舞とあかりは見送りというよりはほとんど競争をしている状態であり、月乃を最後まで笑わせようとしてくれているのである。

 そして最後の瞬間・・・ホームの端に近い場所で二人の姿が窓の隅に消えかかったその時である。

「えっ・・・」

 小走りであかりたちの方へ向かう笑顔の少女の姿が見えたのである。それはほんの一瞬の出来事であるが、月乃にはまるでスローモーションのように感じられた。

 その少女の肌は月のように輝き、髪は星降る夜の透き通るきらめきをたたえていて、月乃が今まで見たどんなものよりも美しい横顔であった。月乃の心臓は一気に彼女が体験したことがないような不思議な鼓動を刻みはじめ、全身の感覚が彼女の姿に捕われてしまった。

「あ・・・」

 まるで夢から覚めるように車窓が茜色の街並に切り替わった瞬間、月乃は全てを察した。

「今のが・・・倉木・・・弓奈様・・・・・・」

 確証はなけれど、第六感がそう告げているのである。あまりの衝撃に月乃はしばらくその場で放心状態になってしまった。




「あかりちゃん、舞ちゃん! どうしたのそんなに走って」

「はぁっ・・・はぁっ・・・弓奈おねえさま! 一体どこいってたんですか?」

「あ、そ、それは」

 弓奈は少し恥ずかしそうにうつむいた。

「・・・さっきの駅で乗り遅れてしまいまして。えへ」

 乗り遅れた原因は紫乃の財布である。

「あー、それで一本あとの、今の電車に乗って来たのか。倉木もなかなかドジだからな」

「いやぁ。小熊先輩の次の指示はこの駅なわけだし皆に会えるのは分かってたからいいんだけどさ」

「こんな端まで来なくても」

「ま、そうなんだけど、こっちにも改札あるから。みんなを探してホーム歩いてたの。やっぱりあっちだったか」

 他のメンバーたちも弓奈の元へやってきた。

「弓奈さん、遅いです」

「紫乃ちゃんごめんごめん」

 繰り返しになるが乗り遅れた原因は紫乃の財布である。

「あ! 小熊先輩! あかりちゃんも! ・・・こ、告白はどうなったの?」

「うまくいきましたよ!」

「ほんとに!? すごいじゃんあかりちゃん!」

「はいー! もっと褒めて下さいぃ!」

「あかりさん、調子に乗っちゃだめです・・・」

「あ、弓奈おねえさま。さっき紫乃先輩泣いてたんですよ」

「ホントに!?」

「うるさいです!」

 月乃は少女たちにたくさんの思い出を残して風のように去っていった。彼女たちの笑顔が花であるならば月乃は雪解けのせせらぎと共にやってきた春の風である。




 シャランドゥレタワーを過ぎた辺りで月乃は我に返った。

 まだ胸がドキドキしているが、ここは落ち着いて家路の長旅に備えなくてはならない。まずは座席を確保すべきだ。

 この電車は基本的に全て二人がけの椅子が向かい合っているボックス席であり、車内がかなりすいていることもあってどの席に座ってもリラックス出来そうである。月乃は夕焼けが見える席に座ることにした。普段は西日がイヤなので避けているはずなのだが、今はなぜか夕陽がみたい気分なのである。

「あの人が・・・弓奈様・・・」

 今回の旅にはちょっとした奇跡が起こっている。それは女の子の運命を司る女神様がもしいるのならば彼女の仕業に間違いない、神懸かった偶然である。

 実は、もし月乃と弓奈がどこかでばったり出会って会話までしていたとしたら、ある特別な感情が月乃の胸の中に芽生えてしまうところだったのである。今回は横顔をほんの一瞬目撃しただけだったから良かったものの、正面から会って「こんにちは、月乃ちゃん♪」などと声をかけられていたらイチコロだったのである。月乃の感性は紫乃のものに非常によく似ているから仕方が無いのだ。

 しかし、女神様はそのような残酷な運命の三角形を描かなかったのである。もしかしたら月乃ちゃんには月乃ちゃんのための素敵な運命が既に用意されているのかもしれず、このゴールデンウィーク中に月乃が見かけた意外なものが、その運命に深く関わっている可能性だってあるのだ。

 そしてそれに関わることかは不明だが、ここで月乃はある予感がしたのだ。またあの人に出会う気がする・・・今度は全く別の場所で・・・そんな予感である。あの人というのが倉木弓奈さん本人を差すかどうは月乃自身もよく分からないが、とにかくそんな気がしたのである。

「なんだか・・・夢みたいですわ・・・」

 大好きなみんなと別れ、それと同時に訪れた不思議な予感。連休中の思い出と共に全てが幻想的に彩られて月乃の頭の中はぼーっとしてしまった。

「ニャア」

「ニャアじゃありませんわ」

 こういうウットリするような時間をジャマしてくるのは大抵野生動物である。

「ニャア」

「ニャアじゃありませんの。わたくし今考え事をしておりましたのよ」

「ニャア」

「ネコは気楽でいいですわね」

 ん、ネコ・・・ここで月乃はようやく我に返った。

「えええ!? ど、どうしてあなたがこんなところにいますの!?」

「ニャア」

「ニャアじゃありませんわ!」

 見ればボックス席の斜め前の座席にあの丸顔の三毛猫が当然のように座っており、肘掛けを枕にしてくつろいでいた。

「わたくし、もうこの電車で地元に帰るんですのよ! 付いて来ないで下さいます?」

 そう言われてネコちゃんは素直に椅子を降りたかと思うと、今度は月乃の隣りの席にやってきた。

「わ、分かっていますの? もうしばらくあの街には帰れませんのよ」

「ニャア」

「それにわたくしの家はものすごく遠いんですの・・・」

「ニャア」

 断固としてついてくる気らしい。

「それでも・・・・・・ついて来ますの?」

「ニャア」

 ネコは顔をあげた。月乃はすっかりこのネコに好かれてしまったらしい。

「あなた・・・本当に飼い主いませんの?」

「ニャア」

 電車が揺れる音を聞きながらしばらく月乃は考えていたが、やがて観念したようにため息をついた。

「うちにはもう小桃というネコが一匹いますの。その子と仲良くすると約束できるのなら・・・」

「ニャア」

「その・・・勝手にすればいいですわ」

 ぷいっと窓の外を向いてから、月乃はこの連休中のネコちゃんの活躍を振り返り、このネコちゃんもあかり様たちと同じ、大好きな仲間だなと思いなおした。

「ネコさん・・・」

 月乃は小さく声を掛けてからネコのおでこを優しく撫でた。長い時間一緒だったが、撫でたのはこれが初めてである。

「あなた名前はありますの?」

「ニャア」

「ニャア・・・という名前はさすがに短絡的というか、動物病院の待合室とかで名前を呼ばれた時に少し恥ずかしいですわ」

 動物を複数飼う場合は混乱を避けるため似たような名前をつけない方が良い。「こもも」という発音から遠い名前を付けてあげるべきであり、「こむむ」とか「ももも」とかは悪い例である。

「んー・・・あなたのお名前・・・お名前・・・」

 このネコちゃんは連休中に仲間になった家族なのでそれに関係する名前をつけるのが良いかも知れない。

「そうですわ!」

「ニャア」

「あかり、っていうのはどうかしら」

「ニャア」

「ぴったりだと思いますわ。あかり、これからよろしくお願いしますわ」

「ニャア」

 津久田あかりちゃんには内緒で、このネコの名前は「あかりちゃん」に決定した。




「ねえ紫乃ちゃん」

「はい」

 学園前駅の改札を出る時、弓奈が紫乃に話しかけた。

「修学旅行で長崎行ったの覚えてる?」

「当たり前です」

「その時、大浦天主堂のそばの坂道でさ」

「オオウラテンシュドー・・・?」

「・・・グラバー園の近くのほら、バス降りてからお土産売り場とかが並んでる坂道登っていく、あの辺りのことなんだけど」

「ああ、はい」

「ネコがいたの覚えてる?」

「覚えてます。私の顔をじろじろ見ながらしばらく付きまとってきた無礼なやつでした。それがどうかしたんですか?」

「いや、多分気のせいだと思うんだけど、さっき電車から降りた時にすれ違ったネコがその子にそっくりだったんだよね」

「え」

「毛の模様とか、丸顔な感じとか」

「気のせいです。長崎から何百キロあると思ってるんですか」

「そ、そうだよね。気のせいだよね」

「そうです。気のせいです」

「あ、ところでほら、紫乃ちゃんの財布」

「わ!」

「さっき落としたでしょ」

「こ、これは・・・! その・・・その・・・」

「もう、気をつけてね♪」

 弓奈はみんなが見ていないタイミングで先程拾った財布を紫乃に返してあげたのだ。紫乃は自分のせいで弓奈が遅れたことを察して頬が真っ赤に染まってしまった。

「・・・ありがとう、ございます」

 紫乃は恥ずかしがりながらも素直にお礼を言うことができた。弓奈と一緒にいるとどんどん心が綺麗になっていくようである。




 その頃、人間の方のあかりちゃんは駅のホームに一人残って沈んでいく夕陽を見つめていた。ついさっきまで月乃ちゃんの頬を暖かく照らしていた夕陽が山の端に沈んでいく様子を見て胸がいっぱいになっていたのである。

「・・・さよなら月乃ちゃん。また会う日まで」

 丁度同じタイミングで、車内にいる月乃もネコのあかりの頭を撫でながら夕陽を見つめていた。

「・・・さようなら。またお会いしましょうね」



 

「今日の晩メシは香山先生が奢ってくれるってよ!」

「なに、本当か!」

「い、言ってないよぉ。茜ちゃんも話に乗らないで・・・」

「あ! 隣街にある私の行きつけのレストラン行きますか? ついこの前月乃ちゃんと行ったばっかりですけどね」

「ねえ、月乃ちゃんって誰?」

「あらあら♪」

「え、あの・・・月乃ちゃんって誰ですか?」

「月乃おねちゃんだよ」

「月乃おねえちゃんって誰?」

「いや・・・月乃ちゃんだよ。鈴原さんの従妹の。私と苗字が同じ細川月乃ちゃん」

「え!? みんな紫乃ちゃんの従妹に会ったことあるの?」

「弓奈ちゃん、月乃ちゃんはついさっきまでここにいたのよ♪」

「えええ!?」

「全然知らなかったんですかぁ!?」

「知らないよぉ!!!」

「べ、別に秘密にしてたわけじゃないです。偶然です」

「会いたかったなぁ。紫乃ちゃんの従妹」

「大丈夫だよ倉木。鈴原とだいたい同じ顔してたから。ほれ、こいつでがまんして」

「舞さん・・・触らないでください」

「そっか。じゃ紫乃ちゃんでがまんしよー♪」

「わあ! ちょっと! や、やめて下さい・・・うっ・・・」

「紫乃先輩、手握られただけで照れすぎじゃないですか?」



 月乃という少女がこの街で育んだ友情や垣間見た恋模様はすべて真実であり、明日も明後日も明々後日も・・・ずーっと、活き活きと輝き続けることになる。そこにあるのは永遠のきらめきであり、哀しくなるような嘘偽りや時間とともに欠けていく脆さなど存在しないのだ。

 この街は温かい絆で結ばれた少女たちの永遠の花園である。

 

 

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございました!

長々とした後書きは本編のほうに書いた気がいたしますので、ここにはご挨拶程度に書いておくだけにさせて頂きます(笑)

かなり軽いノリで始めた割に長く続いている趣味であるせいか、自分の小説の登場人物にかなり愛着が湧いてしまっているので、終わってしまうのがちょっと淋しいのですが、「おんなのこ×おんなのこ」の物語はこれで全て完結のつもりです。今後新たな舞台でまた何かを執筆し始めるかどうかはサッパリ決まっておりませんが、忙しい月などでも案外書けることが分かりましたので、もしかしたらまたちゃっかり書き始めているかも知れませんのでその時はぜひよろしくお願いいたします* (新作が無くても許してください!笑)


長い間おつきあい本当にありがとうございました!!

おかげさまでとっても楽しい時間を過ごすことができました!!

執筆を通して学べた小さな小さな驚きの積み重ねは今の私の大事な宝物です!

これからも私はマイペースに毎日がんばっていこうと思っております!

そしてみなさまの幸せを心から祈っております*



今まで本当にありがとうございました!!!



 

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