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2、月乃

 

 月乃はうとうとしていた。

 普段の月乃であれば電車の座席で眠るなんてハシタナイ行為は断じてしないのだが、慣れない乗り換えでバタバタ動き回った後に車内販売の温かいコーンスープを飲んでリラックスしてしまったため睡魔がお友達面をして寄り添ってきたのだ。人影まばらな車内のボックス席なので誰かに寝顔を見られるわけではないという油断が、月乃を少しずつ心地よい夢の世界へいざなっていった。


 今回の月乃の旅の目的地はシャランドゥレタワーショッピングモールの特設ミュージアムである。月乃は教育熱心な母の影響で幼い頃から様々な教養を身につけてきたが、特にピアノの才に秀でていたためゴールデンウィークのちょっとしたイベントに出演することになったのだ。

 と言っても、月乃が代表に選ばれたのは必ずしも彼女が素晴らしいピアノ奏者だからではない。実は月乃の家は幕末から明治初期にかけて隆盛を極めた大変な名家で、主に教育機関への関わりが強かった一族なので、出演者の候補がまだあまりいない「第一回小中学生のための芸術鑑賞会」の代表の一人にとりあえず選ばれたのである。月乃本人は自分のピアノの実力を買われたと勘違いしてるが、まあそれくらいの自信家であったほうがステージに立つ人間にふさわしいのかもしれない。


『まもなく終点、学園前でございます』


 夢の中で大好きなフルーツケーキにかぶりつこうとしたその時、車内アナウンスのおねえさんの綺麗な声に起こされた。月乃はまず誰かに寝顔を見られていなかったかどうか周囲をキョロキョロ確認したあと、大慌てで髪を整え窓の外を覗いた。

 寝過ごしてしまったかと思いきや、月乃が降りる駅はちょうどここらしい。どういうわけか駅名はド忘れしてしまったが、窓からシャランドゥレタワーとかいう高層ビルが見える駅だという話を母から聞いていたのでおそらくここで間違いない。白壁赤煉瓦のお洒落な住宅が軒を連ねる丘の向こうで、雲の上から差したひとすじの光のようにタワーが眩しく輝いている。月乃は荷物をまとめて席を立った。ちなみに月乃のキャリーケースは買ったばかりの新品で、クラシックな印象を与えるかっこいいケースである。

 芸術鑑賞会は明日なので、ゴールデンウィーク初日の今日はイベント主催者の一人である美術教室の先生が用意しておいてくれたシャランドゥレグランドホテルとかいうところでのんびり一泊するだけだ。まだお昼時だし、早く着き過ぎてもいけないのでとりあえず駅前で非常にいい香りを漂わせているドーナツ屋さんで腹ごしらえをすることにした。月乃は腹ペコだ。

「この桃のパイを頂きますわ」

「季節のフルーツパイをおとつ」

「飲み物はフルリーフアッサムロイヤルミルクティーで」

「ミ、ミルクティーでよろしいですか」

「構いませんわ」

 月乃はうきうきしながらトレーを持って窓際のカウンター席へ向かった。月乃ははじっこが好きである。一人旅はほとんど初めてだというのにちゃんと現地でお買い物もできちゃう自分がなんだかとってもオトナな感じがして月乃はとても気分がいい。



「君は・・・弓奈くんのお友達じゃないか」

 月乃がパイに夢中になっていると、知らない女性が声をかけてきた。

「ど、どちら様ですの・・・」

 オバケみたいな不気味なオーラを纏った怪しいおねえさんがヴァイオリンケースを抱えて立っていた。この世の者かどうか怪しいところである。

「あ・・・すまない・・・人違いだったようだ」

「そ、そうですの?」

「髪型が少し違う。それに君の方がわずかに背が高いし、胸も大きいような気がする・・・すまなかった」

 その他はそっくりということだろうか。とにかくオバケみたいな女性は自分が食べ終わったドーナツの包み紙を片付け、月乃に軽く挨拶をして店を出て行った。お墓に戻る時間なのかも知れない。

 ちなみに月乃は中学3年生としてごく平均的な身長と体格をしており、長くてキレイな後ろ髪をダウンスタイルで流しつつ両耳のすぐ上で主張しすぎない程度に二つに結った、基本的にはロングヘアだがツーサイドアップでもあるというお嬢様感満載な髪型にしている。今までに顔が似ていると言われたことがあるのは従姉の鈴原紫乃様か社会科の教科書に載っていた浮世絵のネコくらいなので今回の人違い事件に月乃は少々驚いている。

「んー・・・」

 桃のパイを頬張りながらついでにもうひとつ驚いたのは、ドーナツ屋の窓から見える街角が女性ばかりだという点である。別に女性以外立ち入り禁止というわけではないはずなのだが、不思議なことに駅前には女の子たちしかいない。透き通る青空の下で少女たちの髪とスカートが優しく揺れる光景はお嬢様の月乃にとって決してわるい印象ではなく、この街を気に入っていないこともないのだが、30秒に一度くらいの割合で通りかかるカップルと思しき二人組の少女たちはいただけない。手をつないで肩を寄せ合い頬を染めて公共の場を歩くなんて、風紀に厳しい育ち方をしてきた硬派なお嬢様月乃には考えられないことである。しかしまあ、現状彼女たちが月乃に直接危害を加えているわけでもないので許してあげようと月乃は思った。美味しい物を食べている時の月乃は心が広いのだ。



 さて、お腹もいっぱいになったのでそろそろタワーの南側にあるというシャランドゥレグランドホテルに向かうべきかもしれない。月乃は早め早めの行動を心がけるしっかり者だ。母が書いてくれたメモによると駅前からバスに乗ればそのうち到着できるらしいので月乃はとりあえずバス停を探すことにした。小動物のようにキョロキョロしながら探すとかっこわるいので背筋を伸ばして余裕のある微笑みを浮かべつつゆっくりと辺りを見渡すのがポイントである。

「あら」

 女学園行きとかいうバスが丁度ロータリーにやってきていた。見たところバス停はあれしかないし、休日のショッピングモール周辺に行きそうな素敵なおねえさんたちが何人か乗り込んでいくのが見えたのであのバスで間違いないだろうと月乃は思った。彼女の冴え渡る頭脳により旅は全て順調なようにみえた。



 しかし、残念ながらこの場所からどんなバスに乗っても決して目的地に着くことはできない。なぜならしっかり者の月乃ちゃんは電車に乗っていた段階から降りるべき駅をひとつ間違えていたからである。

 

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