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16、桃の香り

 

 紫乃はお皿を洗うのが得意である。

 肌が敏感なので洗剤を直接手で使う作業は昔から避けていたのだが、同じような肌質の美紗さんにこの前なんとなく相談したところ、肌にやさしい台所洗剤を売っているお店を教えてもらえたのだ。弓奈と一緒にその店に買い物に行ってパイナップルの香りの洗剤を買ってきた紫乃は、今ではすっかり洗い物の名人である。料理ができない分後片付けはがんばるのだ。ちなみに過ってお皿を割ってしまったことはまだ5回しかない。

 紫乃がお皿を洗っているあいだ弓奈は何をしているのかというと、お風呂を洗っているのだ。

 二人が住んでいるのは大財閥の娘であるあかりちゃんが紹介してくれた高級マンションなので設備がとても充実しており、お風呂も広いのだが、それゆえにお掃除も大変なので紫乃ちゃんにやらせるわけにはいかないのだ。力仕事は弓奈の担当である。

「ら〜んららんらんら〜ん」

 綺麗に磨いた浴槽の泡をシャワーで洗い流しながら弓奈が小声で石津さんの歌を歌っている。弓奈は今のように一人きりでリラックスしている時以外で歌うことなど全くないのだが、音楽の授業で行われる歌のテストでは勉学の女神様のいたずらのせいでいつも満点をとっていた。ものすごい小さな声で歌ったつもりだし、口もほとんど開けていないのだがなぜか満点になってしまうのである。音楽の先生曰く表現力が際立って良いという話だがおそらく気のせいである。ちなみに恋人の紫乃ちゃんの歌声はというと、音楽の才能に恵まれた雪乃の姉とは思えないくらい音程がふらふらしており、声はカワイイのだがなかなかの音痴である。しかし紫乃本人は自分の音痴っぷりをあまり自覚していないので学校行事などでも堂々と声を出して歌っていた。紫乃の隣りで彼女の歌声を聴いた弓奈は、いつも全力でさすが紫乃ちゃんだなぁと感動したものである。

「終わりましたか?」

「あ、終わったよ」

 脱衣所から紫乃ちゃんが顔を出した。弓奈はプッシュボタン式の浴槽の栓をしっかりしめてからお風呂場を出た。

「お皿は洗っておいてあげました」

「ありがとー♪」

 何か作業を終えたあとの紫乃が必要以上に近づいてきた時は頭をなでなでして欲しいということであるが、弓奈は今手が濡れているのでなでなでする代わりに紫乃の頭に自分のほっぺを優しく押し当ててお礼を言った。紫乃もこれには充分満足である。

 このお風呂のお湯張りはかなりパワフルなのでスイッチを入れると十数分で完了する。冷蔵庫の中身を確認しながら明日のお買い物の予定などを立てているうちにあっという間に沸いてしまうのだ。

「そういえば、今日の入浴剤なににするの?」

 弓奈は一緒になって冷蔵庫を覗き込んでいる紫乃ちゃんに尋ねた。入浴剤を選ぶのはいつも紫乃である。

「見て来ます」

 紫乃は脱衣所へとことこ走ってたっぷり買い置きしてある入浴剤を見にいった。

 檜の香りや温泉郷シリーズなんかは自分らしいシブいチョイスであり、疲れもしっかり癒してくれそうなので最近はこういったものを選んでいたが、今日の気分はもっとフルーティーな入浴剤だなと紫乃は思った。以前ライムの香りを選んだことがあるが、ちょっと爽やかすぎて落ち着かなかったので今回はもっとやわらかい感じがする桃の香りに決めた。大人しい色の服を好む弓奈さんだが、実はピンク色が好きなことを紫乃は知っているので桃のお風呂を喜んでくれるに違いない。

「んー」

 あのチョコクッキーに疲労回復の効果があったのかどうかはまだ良く分からないが、いつもこの時間に味わっている足元がふらふらするような疲労感はかなり少ない感じがする。お風呂に入る行為自体もなかなか体力が必要だったりするので、わるくないコンディションである。

『ぴぽーん♪ ぴぽーん♪ お風呂が沸きました!』

 お風呂が沸いたらしい。このふざけたアラーム然り、マンションの設備は全て津久田財閥の尋常ならざるセンスによってアレンジされている。

 紫乃が弓奈をキッチンに呼びに行こうと思ったら、弓奈のほうから脱衣所にやってきた。

「お風呂入ろっか」

「・・・は、はい」




 紫乃は弓奈に背中を向け、しゃがみながらもぞもぞと服を脱いだ。弓奈は裸になっていく紫乃の姿を鏡越しに見つめながら少しほっぺを赤くした。二人は毎日一緒にお風呂に入っているが、いつまで経っても慣れないものである。

「・・・先に入ってます」

「あ、待って」

 紫乃が少し早くお風呂場に行って体を洗い、その後で弓奈が入ると洗い場の使い方の効率がいいのだが、二人で全く一緒のタイミングでお風呂場に行けば弓奈は紫乃ちゃんの体を洗ってあげられるのだ。今日の弓奈は紫乃ちゃんにいっぱいサービスしてあげたい気分なのである。

「体洗ってあげるね」

「い、いいです・・・自分でやります」

「おねがい、やらせて」

「・・・し、仕方ないですね」

 お風呂場も空調が効いているため湯船に浸かっていなくても風邪を引いてしまう心配はないのでゆっくり体を洗うことができる。タオルを抱きしめて恥ずかしがっている紫乃の隣りで、弓奈はシャワーの準備をした。弓奈は紫乃ちゃんにぴったりの温度を知っている。

「はい、紫乃ちゃん。座って」

 弓奈はお風呂の椅子を出してあげたが、紫乃ちゃんが照れてしまってなかなか弓奈の前に座ろうとしない。紫乃の体には刺激に耐えられる限界というものがあり、弓奈さんがやってくれることを何も考えずにしっぽを振って享受しまくっていたら、すぐに頭真っ白な世界に入ってしまう。頭真っ白な状態になるのは主に弓奈の魔法の唇が紫乃の唇に重なった瞬間なのだが、何気ないスキンシップが原因になることもあり、お風呂場での裸の触れ合いは特にキケンである。

「・・・弓奈さん」

「どうぞ、紫乃ちゃん」

「・・・やさしく・・・おねがいします」

 紫乃は弓奈の裸をなるべく見ないように注意しながらお風呂の椅子に座った。服を着ていた時は紫乃のほうから弓奈に甘えていたというのに、裸同士になるとすっかり弓奈がリードしてあげる関係である。

 紫乃ちゃんの小さくて綺麗な背中がとっても可愛いので弓奈はついつい指先でそっと触れてしまった。紫乃は肩をビクッと震わせてうつむくばかりである。

 ボディーソープが泡立つと花畑のような良い香りがお風呂場いっぱいに満ちた。この香りにつつまれるだけで条件反射のように紫乃の胸は高鳴ってくるのだ。

「はい、洗うよ」

 モコモコのスポンジが紫乃の肩や背中をすべっていく。弓奈さんのやさしい腕づかいに体を包まれていく幸福感で紫乃は頭がくらくらした。背後からごしごししてくれているのだが、胸のあたりやふとももも含めて全身洗ってくれるので紫乃のドキドキは加速するばかりである。

「んっ・・・!」

「あ、ごめんね」

 紫乃の胸をやさしく洗っていた弓奈のおっぱいが紫乃の泡だらけの背中に当たったのだ。もうこれ以上されたら紫乃の体がもたない。

「・・・そ、そろそろ」

「ん?」

「・・・そろそろ流してください」

「そうだね」

 温かいシャワーのしぶきの中で、今度は弓奈の手のひらが紫乃の体を優しく撫でていく。時折「はい、腕上げて」などと耳元で囁かれるので紫乃は顔を真っ赤にしながら弓奈に従い、泡を流してもらった。

「髪も洗ってあげるね」

「えっ・・・」

 弓奈のサービス精神は底なしである。あまりやり過ぎて相手に気を遣わせてしまってはいけないのは分かっているのだが、ゴールデンウィーク中、自分のような体力が無駄に余っている女に付き合って一生懸命パンを袋に詰めまくってくれた紫乃ちゃんに、少しでも心地いい時間を味わってほしいのである。弓奈は地肌のマッサージをするように優しく紫乃の髪を洗ってあげた。




 幸せの嵐から抜け出した紫乃は息を整えてから湯船に浸かることにした。

「あ、入浴剤なににしたの?」

 自分の体を洗い始めた弓奈さんが尋ねてきたが、ここで決して彼女のほうに目を遣ってはいけない。こんな明るいところで弓奈さんの裸を直視したら紫乃の頭の中で花火が打ち上がって茹でダコになってしまう。

「も、桃にしました」

「おお!」

 思ったとおり弓奈が嬉しそうな反応をしてくれたのでご機嫌になった紫乃が入浴剤をお湯に混ぜると、甘くとろけるような香りが広がった。透明度が低いミルキーピンクなので肩まで浸かっていれば弓奈さんから自分の体が見えず恥ずかしくないというオプション付きである。紫乃は手でお湯をちゃぷちゃぷかき混ぜながら弓奈さんを待った。

「じゃあ私も入るね」

 いつの間にか弓奈が洗い終わっていた。紫乃は急いで弓奈に背中を向けて「どうぞ」と言った。

「あったかーい♪」

 心地よい湯波が立ってお湯のかさが増えた。湯船の中で体育座りをしている紫乃は、背中のほうに意識を集中して弓奈の様子を探っている。

「気持ちいいね、紫乃ちゃん」

「は、はい・・・」

 紫乃は弓奈にもっと甘えたいのだが、お風呂に入っている時はさすがに刺激が強すぎるので大体いつも弓奈に背中を向けている。弓奈のほうもそれを理解しているのでこういう時は優しく話しかけるくらいにしているのだ。

 しかし、紫乃の心身が耐えられる程度の触れ合いならばもちろん可能である。その調節が難しいのだが、弓奈も紫乃に甘えたいし甘えられたいので今日はちょっぴり挑戦してみることにした。

「ねぇ紫乃ちゃん」

「な、なんですか」

「そっち向いていい?」

 実はこの時すでに弓奈は半分紫乃のほうに体を向けていたのだが、敢えて尋ねてみたのだ。

「べ、別に・・・いいですけど」

「やった」

 弓奈は紫乃にちょっぴり近づいた。揺れる水面に紫乃の心もときめいて揺れている。後ろから抱きしめてもらえるのかも知れないとちょっと期待しているのだ。

「紫乃ちゃん」

「は、はい」

「肩・・・揉んであげるね」

「え」

「紫乃ちゃんいっぱい頑張ってたから。はい、リラックスして」

 弓奈さんに肩を揉まれるのは初めてである。柔らかくて温かいお手手が紫乃の肩をゆっくりゆっくり揉みほぐしていく。正直紫乃の肩は別に血流が滞っているわけでなく肩こりに悩んでいるわけでもないのだが、弓奈に体をもみもみして貰うのは非常に気持ちがよかった。

「いい匂いだね」

「・・・はい」

 桃の香りの中で弓奈にマッサージされて紫乃は心までポカポカと温まっていった。弓奈と二人きりでいる時の紫乃は他の場所では味わえないとっても深い安心感に包まれるのだ。なんだ眠くなってしまうような究極のリラックスである。弓奈は紫乃ちゃんに少しでも長く心地いい時間に浸ってもらえるように肩を揉む速さや強さを調節した。

「あれ、紫乃ちゃん、起きてる?」

 いつのまにか紫乃はうとうとしていた。

「お、起きてます・・・」

「そう?」

「はい」

 紫乃はクールな感じで答え、なんとなく照れ隠しで左手で前髪をサッと整えた。その時に桃色のお湯からちゃぷんと音を立てて姿を見せた紫乃のちゃんの綺麗な細い腕を見て、弓奈の胸の深いところにちょっぴりエッチな気持ちが生まれてしまった。紫乃ちゃんを思い切り抱きしめてなでなでしたい・・・そんな衝動である。

「紫乃ちゃん・・・」

「は、はい」

「もっと・・・いろんなところマッサージしていい?」

「・・・い、いろんなところ?」

 返事を聴く前に弓奈は紫乃を背後から抱きしめた。

「う・・・!」

 不意打ちで背中にむにゅっと押し当てられた大好きな弓奈さんの胸と、自分の体に回された温かい腕に包み込まれて紫乃は目を白黒させた。弓奈さんに抱きしめられるのは大好きなのだが、心の準備をしていないと心臓が飛び出しそうになる。

「胸・・・マッサージしてあげるね」

「んっ・・・!」

 弓奈は紫乃の耳元で囁いてから彼女の胸をなでなでもみもみし始めた。紫乃ちゃんの胸は弓奈と違ってとっても控えめであり、もちもちした触り心地が特徴である。

「紫乃ちゃん・・・紫乃ちゃん・・・かわいいよ」

 甘い桃の香りの中で大好きな弓奈さんに抱きしめられながら胸をマッサージしてもらい、おまけに耳元で愛を囁かれるので紫乃は身も心もとろけてしまいそうだった。弓奈は紫乃が愛おしくて愛おしくてどうしようもなく、彼女の首すじに何度も優しいキスをした。紫乃は我慢ができなくなってとっても可愛い声を出し始めた。

 これ以上続けてしまうと紫乃ちゃんの頭の中が真っ白になって幸せな気分の中眠りの世界に落ち翌日まで目を覚まさないあの現象が起こってしまう可能性があるから、弓奈は紫乃ちゃんを抱きしめる腕をそっとほどいて彼女から離れることにした。紫乃はしばらくうつむいたまま呼吸を整えた。

「紫乃ちゃん、大丈夫?」

「・・・は、はい」

 弓奈は紫乃の気持ちが落ち着くのを待つことにした。しかしこのように紫乃ちゃんの後ろ姿を見ていると、どうしても彼女のかわいい顔を正面から見たくなってしまう。

「ねえ紫乃ちゃん」

「なんですか」

 しばらくして、弓奈は紫乃にお願いしてみることにした。

「お願いがあるんだけど・・・」

「お、おねがい?」

「・・・向かい合ってお風呂入りたいな」

 紫乃はドキッとした。入浴中にそんなことをお願いされたのは初めてである。間接照明で薄暗くしてもらったベッドの上とは違い非常に明るいこのお風呂場で、裸のまま向かい合ったら紫乃のハートがどうにかなってしまう危険がある。

「だめかな」

 しかし、冷静になって考えてみると今日ならいけそうである。この入浴剤がお湯から下の全てをぼんやりとクリーミーな桃色で隠してくれているからだ。自分の裸をまじまじと見られる恥ずかしさもないし、弓奈さんの美しすぎる体を直視してぶっ倒れる心配もない。

「し、しかたない人です・・・今日だけ特別です」

「やった!」

 紫乃は首から下を完全にお湯の中に隠したままゆっくりと体の向きを変えた。

「お風呂入りながら向かい合ったの、初めてだね」

 そうですねと言おうとしたが、その瞬間に紫乃の目に飛び込んで来た刺激的な光景のせいで言葉はすっ飛んでしまった。弓奈は紫乃と違って肩を完全にはお湯に浸していなかったので、胸の谷間あたりは直視できる位置にあり、セクシーな左右の盛り上がりを水面が縁取っている様子が思い切り見えてしまったのだ。紫乃は顔を真っ赤にして下を向いた。

「紫乃ちゃん、どうしたの?」

 体はこっちに向けてくれたのに目を合わせてくれない紫乃ちゃんの様子がなんだかおかしくて弓奈はちょっと笑ってしまった。こうなったら意地でも目を合わせてもらおうと弓奈は思った。

「紫乃ちゃーん」

 弓奈は紫乃の顔を覗きこんだ。するとほっぺの赤い紫乃ちゃんはゆっくり視線を動かして壁の方を向いた。

「紫乃ちゃーん」

 負けじと弓奈は紫乃が向いている先にちょっと身を乗り出して彼女の視線を奪おうとしたが、紫乃は再びゆっくり視線を逸らし首を反対側に向いてしまった。

「紫乃ちゃーん」

 弓奈はあきらめずに紫乃の視線の先に顔をもっていったが、やはり紫乃は目を逸らし、うつむいてしまった。

 弓奈はくすくす笑ってから、少しずつ紫乃に顔を近づけた。20センチくらいの距離まで近づいてようやく紫乃が顔をあげてくれたのでここでめでたく目が合ったが、弓奈はさらに接近を続けてみた。さっきまであんなに目を逸らしていたのに、今度の紫乃ちゃんは動揺のせいか弓奈の目から視線が外せなくなったらしく、頬を赤くしたままじっと見つめてくる。15センチ・・・10センチ・・・5センチ・・・。弓奈はこのままキスしてしまおうかと思ったが、弓奈のキスはどういうわけかほぼ確実に紫乃ちゃんを頭の中が真っ白の境地に送ってしまい気を失わせてしまうため、一日の一番最後にしないともったいないのだ。

「ちゅ」

 弓奈は紫乃のおでこにキスすることにした。これなら紫乃の体も耐えられるのだ。




 二人はしばらくお湯に浸かったままじゃれ合った。弓奈が手のひらをキツネの形にしてキツネの口をぱくぱくさせながら泳ぐように紫乃ちゃんに近づき、紫乃ちゃんがそのキツネを容赦なくやっつけるという特にルールがない遊びである。弓奈は根が子供好きなせかこういうちょっとした遊びの対象年齢が低めな印象だが、実は紫乃はこういう遊びが大好きだったりする。

「ねえ紫乃ちゃん」

「はい」

 既に紫乃ちゃんは手のひらを構えていて次のキツネの襲来への準備に余念がない。

「さっきのマッサージ・・・気持ちよかった?」

 紫乃はピタッと固まったままほっぺを赤くした。またしても弓奈さんの目を見られない状況である。

「・・・気持ち、よかったかな?」

 紫乃はしばらく黙ったまま動かなかったが、やがてうつむいたともうなずいたともとれる首の動きをして弓奈の質問に答えた。

 弓奈は紫乃ちゃんの体がもう温まり切っていることに気づいており、そろそろお風呂から出ましょうと言い出す時間だと分かっていた。しかしせっかく今日は湯船の中で向かい合ってくれたのだから、いつもはできないようなことをもう少ししてからお風呂を上がりたいと思ったのである。

「あのね紫乃ちゃん・・・」

「・・・はい」

「・・・私のこともマッサージしてくれないかな」

「マ・・・!」

 紫乃ちゃんがびっくりしている。

「紫乃ちゃんの好きな場所でいいから。ちょっとだけ・・・触って」

 こんな展開になるとは思っていなかった紫乃は、好きな場所と言われてとっさに思いついた場所が弓奈の胸しかなかった。肩を揉もうとか、手のひらをマッサージしようとかいう発想は残念ながらなかったのである。紫乃はずーっと前から弓奈のおっぱいが本当に本当に大好きなのだ。

「どこマッサージしてくれる?」

 紫乃は「胸がいいです」と言い出すことが出来ず黙ってしまった。恥ずかしくて言葉にできないのだ。

「じゃあ・・・指差しておしえて」

 紫乃の様子を見た弓奈が助け舟を出してくれた。紫乃は恥ずかしさを紛らわすために左手で少し顔を隠しながら右手の人差し指で遠慮がちに弓奈の胸を差した。

「おっぱい?」

「・・・は、はぁ」

 喉がアツくて「はい」と上手く発音出来ずに変な返事になってしまった。

「じゃあ・・・お願い」

「あ・・・」

 弓奈は紫乃の右手にそっと触れて自分の胸まで誘導してあげた。桃色の世界に隠れているが、今紫乃の指先が触れたものは間違いなく弓奈のおっぱいである。やわらかくて、すべすべで、お湯の中でぷるぷるしている、紫乃にとっての最高の癒しの感触である。

 とにかく恥ずかしくて緊張している紫乃は自分では手が動かせず、弓奈の誘導に任せっきりで彼女の胸を触らせてもらっていた。しかし、あまりにも魅力的すぎる弓奈のお胸の感触と、全身を包む温かい桃の香りが、そんな紫乃の緊張を少しずつ溶かしていった。紫乃は弓奈のことが大好きなので、衝動を妨げるものが湯けむりに溶けてなくなってしまえば、体は自然とめくるめく弓奈の世界に飛び込むことになる。

「ゆ、弓奈さん・・・!」

「ん!」

 もう我慢が出来なくなった紫乃は弓奈に思い切り抱きついて胸に飛び込んだ。紫乃ちゃんが胸めがけて抱きついてきたので彼女の口のあたりはお湯に浸っておりこのままではおぼれてしまうと思った弓奈はちょっと体をお湯から出した。

「し、紫乃ちゃん・・・」

 紫乃は大好きな弓奈の胸に顔をうずめてちゅっちゅした。明るいところで見た弓奈さんのおっぱいは夢のように美しく、先程からずっと紫乃の鼻を心地よくくすぐって癒してくれる甘い桃の香りは、実はこのおっぱいによるものだったのではないかと思わせるほとに綺麗だった。紫乃はお湯をちゃぷちゃぷ言わせながら夢中になって弓奈のおっぱいに甘えまくった。

「紫乃ちゃん・・・マッサージ上手だよ」

 弓奈もとっても気持ちがよかった。フィジカルな刺激のみならず、ようやく心の赴くままに甘えてくれた大好きな紫乃ちゃんが、自分のミルクを求めるように胸をちゅぱちゅぱしてくるこの状況から感じられる精神的な充足感に弓奈の心地よさは加速した。

「ん・・・ん・・・」

 紫乃は弓奈の背中に回した細い腕にさらに力を込めて、弓奈に覆いかぶさるようにもたれてきた。弓奈はそのお礼に紫乃の背中を撫でたり、脚をやさしく絡めたりした。

「し、紫乃ちゃん・・・ごめんね・・・がまんできなくなっちゃった・・・」

 弓奈は紫乃とキスしたくなってしまったのだ。

「紫乃ちゃん・・・キス・・・キスしよう」

 紫乃はちゅぱっと音を立てて弓奈の胸から唇を離した。弓奈は紫乃の体を少し持ち上げて顔を高さを揃えてから、彼女のわきの下に腕を通してぎゅうっと抱きしめた。

「しっかり支えてるから・・・安心して頭の中真っ白になって大丈夫だよ」

「・・・うん・・・うん」

 完全に甘えている時の紫乃は「はい」ではなく「うん」と返事することが多い。

「大好き・・・大好きだよ・・・紫乃ちゃん」

「・・・うん・・・んっ」

 めでたく紫乃ちゃんの頭の中は真っ白になってしまった。何もかも忘れて、二人きりでとろけ合う最高の瞬間である。

 まあ一般的に言えばこのキスはフレンチキスのようなもので弓奈が紫乃の唇にちゅっとしただけだからそれほど強いエネルギーを持っているように見えないかもしれないが、何しろ弓奈の唇は魔法の唇だからこうなるのも無理はないのである。



 全身の力が抜けた紫乃ちゃんは幸せそうな顔をしたまま弓奈に体をあずけた。このようになった場合紫乃ちゃんが次に目を覚ますのは翌朝であり、今日はもう終了ということになってしまった。ちょっと残念だけど仕方ないかなと弓奈は思った。

「紫乃ちゃん、ゆっくり休んでね」

 弓奈は紫乃の頭をなでた。この後の弓奈の仕事は、ほとんど自分の力では立っていてもくれないフラフラ状態の紫乃ちゃんを連れてお風呂から出て、ベッドまで連れていくことである。

「よいしょ」

 しかし、紫乃ちゃんを抱きしめたまま湯船から出ようとした瞬間、弓奈の背中に回された紫乃に腕にぎゅっと力が込められた。

「え?」

 そして紫乃ちゃんが、寝起きみたいな顔をしてゆっくり顔を上げたのだ。

「紫乃ちゃん・・・平気?」

 紫乃は一瞬状況が分からず弓奈の目を見てきょとんとしていたが、裸で抱きしめられていることを思い出して急にものすごく恥ずかしくなり慌てて弓奈の腕の中から抜け出して湯船のはじっこで体育座りをした。

「すごいね、紫乃ちゃん今日は目覚ましてくれたんだ」

 紫乃はどうして今日の自分に弓奈さんからのキスに耐え抜いて目を覚ます体力があるのかサッパリ分からなかったが、ふとあのクッキーのことを思い出した。半信半疑だったがあのクッキーくらいしか心当たりがなく、月乃さんが話していた疲労回復の効果が発揮されたに違いない。

「私だって・・・健康に気を遣って、体力はつけてるんです」

「そうなんだ」

 桃の香りのせいで紫乃はまたドキドキしてきてしまった。

「今日はもう少しだけ・・・一緒にいてくれる?」

 弓奈が恥ずかしがりながら尋ねてきた。紫乃はなんとか平静を装いながら強気で答えていくことにした。

「しょ、しょうがない人です。もう少し一緒にいてあげます」

「ありがとう!」

 こうして二人は温かい湯けむりの世界から出ることにした。

 

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