12、お茶会
「そしたらその後うちのマンションに夕飯作りに来てさ」
「きゃあ! ラブラブじゃないですかぁ!」
「まっずいシチュー作ってったわ」
「いや、美味い美味い言って食べてたじゃん・・・」
「こーんなでっかいジャガイモ入ってた」
「すごいですぅ!」
「入れてないよ・・・」
昨日めでたく結ばれた舞と遥は、本日学園の生徒会室のお茶会招かれ、あかりたちから熱烈なお祝いを受けていた。生徒会の副会長である美紗と、その相棒である雪乃ちゃん、そしてもちろんこの連休で大活躍中の月乃ちゃんも一緒なので結構な大人数であるが、椅子なんて隣りの旧放送室から拝借してくればいいので大丈夫である。
「告白はどんな感じだったんですかぁ!?」
「いやー、ホントこの遥がいつまでもハッキリしないからさ、うちがリードしてあげたわ」
「ウソばっかり・・・」
遥は調子に乗ってしゃべる舞にぼやくように文句を言い続けているが実はまんざらでもなく、舞とこうしてふざけ合っている時間がとっても幸せである。その証拠に、今日の遥の頬はずっとかわいい桜色だ。
なお月乃は先程からあかりに背後からしがみつかれて頭をなでなでされており、美紗が淹れてくれた美味しそうな紅茶が全く飲めず困っている。
「・・・あかり様、少し離れて頂けます?」
「月乃ちゅわ~ん、ボクはキミが恐ろしいよぉ!」
「も、もう・・・怒りますわよ」
「いいよぉ、怒っておくれぇ。そしてその可愛い顔をもっと見せておくれぇ!」
今朝からあかりはこの調子である。月乃は幼い頃からお嬢様をしてきたせいか周囲の人間も大人しくてやたら礼儀正しい者が多く、このように前へ前へ来られるコミュニケーションには慣れていない。
「月乃ちゃんにはねぇ、才能があるよ」
「な、何の才能ですの?」
「人の願い事を叶える才能だよ」
別に月乃は将来的にランプの妖精になろうみたいなことは考えていないのでそんな才能があってもあんまり意味がない気がするが、言われて悪い気がしないセリフではある。
「そうですね、月乃さんはすごいです」
「すごい」
美紗と雪乃も褒めてくれた。ちなみに久々に従姉の月乃に会った雪乃は、正直月乃のことをほとんど覚えていなかったのだが、明らかにお姉ちゃんに顔が似ていて雰囲気も近いのでかなり親近感を覚えている。
「まあ、この鈴原の従妹のお陰でAkaneのサインも貰えたしね」
コーラをぐびぐび飲んでご機嫌な様子の舞の隣りで、遥は昨日の出来事について思い返していた。もしかして昨日のネコは月乃ちゃんの使いで、自分たち二人が上手くいくように誘導してくれたのではないか・・・そんなことを思い始めていた。舞も話していた通り月乃ちゃんは目安箱の使者であったが、Akaneのサインを貰って来てくれたのはあくまでも二人を結ばせる仕事のついでだった可能性がある。
「そこでですね皆さん!!」
「んっ」
あかりが月乃を抱きしめたまま立ち上がった。耳元で声を出されると月乃は肩がすくんでしまう。
「私から重大発表というか、決意表明をさせて頂きます!」
あかりは一見するとハイテンションで、いつもノリだけでしゃべっているようにも聴こえるが今日の眼差しは真剣であった。
「私は・・・私はですね!」
小熊先輩様に告白しますと言いかけた時、食器棚の上の壁のスピーカーから呑気な声の校内放送が流れてきた。
『あー、あー、みなさぁん、こんにちはぁ。ゴールデンウィーク楽しんでいますかぁ?』
二種類の性格を使い分ける体育教師香山先生の声である。
『生徒の呼出しをしまーす。えーと、生徒会のメンバーの人、どなたでもいいので事務室に来てください。お願いしまぁす』
空気の読めない先生である。
「あかり様、お呼び出しですわよ」
「う・・・」
ここは生徒会長であるあかりが行くべきかも知れないが、今は重要な話し合いをしていたところなのであかりとしては出来ればこの部屋を離れたくない。
「じゃ、じゃんけんしましょう! 皆で!」
「え? なに、うちらも?」
「皆でじゃんけんでーす!」
舞たちも巻き込まれた。雪乃ちゃんあたりに決まってしまったらどうするつもりなのか分からないが、とにかく総勢6人でじゃんけんをし、選ばれし一人が代表としてお仕事をしにいくことになった。
「一番勝っちゃった人が事務室ね」
「は? 勝ったやつがいくの?」
「勝った人でーす。はい、せーの! じゃーんけーん! ポン!」
「・・・どうしてわたくしがこんなことをしなければなりませんの」
こういう時に限ってじゃんけんに勝ってしまうからである。月乃は事務室に向かっていた。卒業生である舞様たちならまだしも自分は一秒たりともこの学園の生徒だった事がない只の中学生であるため、生徒会の仕事が出来るかどうか甚だ疑問である。
「あ、月乃ちゃ〜ん」
学舎の指示された辺りをうろついていたら香山先生が現れた。今日の彼女はジャージですらなく、フードにウサギの耳が付いた白いパーカーを着ており、もはや教員には見えない。
「来ましたわ。何のご用ですの」
「ごめんねぇ。実は変な電話が掛かってきちゃってぇ」
「変な電話、ですの?」
「うん。ちょっと出てくれない?」
月乃は仕方なく事務室にお邪魔した。自分と香山先生以外誰もおらず、休日とはいえ学園の事務を司る場所がこのように閑散としていては不安である。ちなみにこんな所に香山先生がいた理由は、事務室にのみ突然の来客に対応するためのお菓子が常備されているからである。恋人の石津さんがラジオの仕事に行ってしまったため今日はここで指導案などを適当に練りながらお菓子を食べてのんびりしようとしていたのだ。
月乃は白い受話器を手に取った。
「もしもし、お電話代わりましたわ」
「誰じゃ」
こっちのセリフである。
「ほ、細川月乃と申しますの。一応生徒会のメンバーということで、参りましたわ」
「おお、そうじゃったの。実は私は弓奈と話がしたいのじゃ」
電話の向こうにいるのはなかなか面白いしゃべり方をする女の子である。
「ゆ、弓奈様・・・?」
「そうじゃ。ところがさっき電話に出た女は、弓奈ちゃんはこの前の3月にもう卒業しているんだよぉ♪ などと呑気に抜かすからお手上げだったのじゃ。生徒会の女なら連絡先くらい知っておるじゃろう。弓奈に連絡できる電話番号を教えるのじゃ」
月乃が知っているわけがない。恨むなら月乃をここに寄越したじゃんけんの弱い津久田あかり会長を恨んで頂きたい。
「申し訳ございません。わたくし、存じ上げておりませんわ」
「なに! 使えない女じゃ。ええい、別の場所を当たってみるぞ」
電話が切れた。結局今のは誰だったのか月乃には謎である。
「切れてしまいましたわ」
「そっか。おつかれさまぁ♪」
香山先生は月乃にイチゴもなかというお菓子をくれた。なんとも言えない気分だが月乃は生徒会室に戻ることにした。
「ただいま帰りましたわ」
「あ、お帰りー! 何の用だった?」
「大したことありませんでしたわ。それより・・・」
あかりたちは紅茶を飲みながらおしゃべりをしていた。あかりが大切な話し合いの途中で抜けるのがイヤだからという理由でじゃんけんが行われたはずなのに、あかりたちは月乃不在の間一体何をしていたのか。
「・・・話し合いはどうなってますの」
「それがさ、月乃ちゃん無しじゃ全く話が進まないことに気がついて一旦休憩してたの」
あかりは気を取り直して先程の続きを始めた。
「ごほん、皆さん、私は決意しました・・・!」
あかりは会長専用チェアーの上に立った。危ないのでやめたほうがいい。
「私・・・私は・・・! 小熊先輩様に告白します!!」
大胆な宣言だが舞たちの反応は薄めである。
「やっぱりかぁ・・・」
「小熊先輩は難しいと思うなぁ・・・」
舞と遥はそこそこ長い期間小熊先輩のことを見ているため感想も現実的である
「あ、あかりさんなら、きっと大丈夫です!」
「大丈夫」
美紗と雪乃は応援することしかできない。
「確かに・・・難しいと思う。なにしろ小熊先輩様はこの学園が生んだ最強の天才お嬢様だから・・・でも!」
あかりは拳を天井に向けて高々と突き上げた。危ないので椅子からは下りたほうがよい。
「この連休でボクはたくさんの勇気をもらったんだ! 今の私は先週までの私とは違うのだ!」
あかりは立っている場所もさることながら一人称も不安定である。
「それに今の私たちには月乃ちゃんがいる!!」
「えっ」
壁掛け時計のほうを見ながらこっそりイチゴもなかを食べようとしていた月乃は自分に話題が振られてびっくりした。
「月乃ちゃん・・・協力してくれないかな・・・?」
あかりは椅子を下りて月乃の元にやってきた。いつもは子犬みたいに無邪気にはしゃぎ回っているあかりも、今はなんだかとっても真剣な目をしている。
「ま、また恋のお願いですの? 恋なんて、くだらないですわ」
そうは言ってみたものの、この部屋の空気は明らかに月乃の助力を求めている。あの舞様ですら今はコーラを飲むのをやめ、照れ隠しでちょっと微笑みながら心配そうな眼差しで手を合わせるというなんとも複雑な表情で月乃にお願いしている。とても断れる雰囲気ではない。
「わ、分かりましたわ・・・」
「ありがとう!」
あかりに抱きつかれた。自分の胸にあかりの胸がむにっと柔らかく押し付けられてちょっとドキッとしてしまった。
「で、でも・・・うまくいかなくても責任は負いませんわよ」
「うん! うん!」
あかりは本当に嬉しそうである。
「その告白って、もしかして今日ですの?」
「あ、実は今日は月乃ちゃんにやってもらいたい別の用事があるんだ」
まだ何かあるらしい。小熊様の件ですべての任務終了かと思ったら大間違いである。
「じゃーん、これ何だか分かる?」
会長デスクの一番下の引き出しから、ティッシュボックスくらいの箱が出てきた。
「ティッシュ?」
「ティッシュ?」
舞と雪乃ちゃんがほぼ同時に同じ発想をして答えてくれた。
「ブー。これは目安箱。一昨日ショッピングモールに無断で設置してみた即席の目安箱だよ」
月乃がピアノの発表をした日である。
「今朝回収にいったら何枚かお願いが入ってたんだけど、なんとその中に・・・」
「依頼なんて、全部お断り致しますわよ」
「じゃーん! 紫乃先輩からの依頼が入ってましたぁ!」
「し、紫乃様ですの!?」
月乃は思わず身を乗り出した。
「へー、鈴原ってあんまりこういうのに書いて入れるイメージないけど、すごいじゃん」
「そうだね」
舞カップルも驚いている。
「あ、あかり様、紫乃様はどんなお願い事をされていますの?」
月乃は硬派でかっこいい紫乃のことを幼い頃からとっても尊敬している。連休中はバイトが忙しいということでまだお会いできていないが、何か希望があるというのなら飛んでいって叶える所存である。
「すっごい小さな字でこう書いてありました!」
『つかれをとりたい。 鈴原紫乃』
「なんか・・・鈴原っぽいね」
「・・・ゴールデンウィークの連勤で疲れてるんだね」
舞たちは苦笑いであるが、月乃は非常に感動していた。やはり紫乃様は今も硬派で勤勉な女性であるらしい。これはすぐにでも紫乃様の願いを聞き届けなければならない。
「わたくし、行きますわ!」
「おお、乗り気だね」
「紫乃様からの依頼ですもの。当然ですわ」
紫乃は本日も例のパン屋でアルバイト中だが、連休の勤務も今日で終わりらしく、しかも今日のお仕事は夕方までらしい。今から行けば会うことができるだろう。
「でも月乃ちゃん、どうやって紫乃先輩の疲れをとるの?」
「え・・・それは・・・」
月乃は悩んだ。常識的に考えて疲労回復の一番の方法は栄養のあるものを食べてぐっすり眠ることだが、おそらくこの字の感じからは一晩眠っただけでは疲れが取れきれず、明日の貴重な休みを一日じゅう部屋でゴロゴロしながら過ごさなければならなくなってしまうレベルの疲労だろうと考えられる。
「んー・・・」
尊敬する紫乃様には、ぜひとも休日を有意義に過ごしてもらいたいため、可能であれば疲れは今日じゅうに綺麗サッパリ無くして差し上げたいものである。しかしそんなに都合よく元気になれる方法があるだろうか・・・。
それが、あるのである。
「あっ」
「月乃ちゃん何か思いついた!?」
「は、はい。思いつきましたわ・・・」
優秀な少女である。
「よっしゃ! そんなら今からみんなで倉木と鈴原に会いにいこう!」
舞がコーラを飲み干して腰を上げたのを見て、月乃はしまったと思った。舞様が一緒だと月乃が思いついた紫乃様癒し作戦がやりにくいのである。
「ざーんねん。舞はこれから美容院です」
「うわ、忘れてた。5時だっけ」
「4時でしょ」
舞の予定は遥のほうがしっかり把握している。月乃は舞様のことは正直嫌いじゃないが、今回は彼女がついて来ないようでほっとした。
「皆様、お気持ちは嬉しいのですが、今回の紫乃様の件もわたくし一人に任せて頂きたいですわ」
「え、ホントに? 一人で大丈夫なの?」
あかりたちはカバンにお菓子をつめてもうお出かけの準備をしていた。事務室に行かずともこの部屋のヒミツの引き出しにはおやつがたくさん入っている。
「大丈夫ですわ。わたくしは細川月乃ですのよ。きちんと仕事をこなして参りますわ」
もはや月乃はこの目安箱プロジェクトの重鎮であり、誰もが彼女を信頼している。
「あかり様たちは明日のことについてしっかり計画を立てておいて下さるかしら」
「わかった! 本当にありがとう、月乃ちゃん」
「いいんですのよ」
あかり様ともすっかり仲良しになったなと月乃は思った。
「明日、何時に集合する?」
そうあかりに言われて、月乃の胸にちょっぴり冷たい風が吹いた。
「・・・月乃ちゃん?」
あかりが顔を覗き込んできた。
「あ・・・その、朝一番で平気ですのよ。あかり様がそうしたいのなら」
月乃はそう言って下を向いてしまった。彼女の様子が変なのでみんな首をかしげた。
「ん、どうした?」
「どうかしたの月乃ちゃん」
「何か問題でもあるんですか、月乃さん」
「つきのさん」
ゴールデンウィークは5日間しかないのである。残念ながら明日がその最終日なのだ。
「あ、あの・・・わたくし・・・明日の夕方には電車に乗って地元に帰らないといけませんの・・・」
時の流れはおそらく一定ではないが逆戻りをすることは決してなく、楽しい時間を少しずつ思い出に変えていってしまう。それを止める手だてはなく、明日が終われば皆いままでの通りの生活に戻ってしまうのだ。あかりはちょっと変わった生徒会長として、美紗は優しくて小心者の副会長として、雪乃は音楽が好きで心の綺麗な小学生として、舞はおバカな大学生として、遥は舞を支えるしっかり者の大学生として、そして月乃は地元で一番の硬派なお嬢様中学生として、通常の平日を迎えることになる。あかりたちは次の日曜日にでも集まることは可能だが、あまりにも遠く離れたところに住んでいる月乃にそれは難しい。これは仕方が無いことである。
「よし・・・うちらも明日は朝から協力するわ!」
舞がわざと大きな声を出してそう宣言した。
「夕方までになんとかあかりの告白成功させて、みんなで月乃を見送ってやるか」
「うん。そうしよっか」
「私も協力します!」
「しますっ」
あかりは月乃の手をとった。
「そんな顔するのはまだちょっと早いぞ月乃くん!」
「べ、別に! さみしいとかじゃ・・・ありませんわ」
「明日はみんな一緒だから、月乃ちゃんがどんな名案を思いついたとしても月乃ちゃんを一人にはさせてあげないからね」
「まあ・・・ご勝手にどうぞ」
「約束だよ!」
「はい・・・」
「よぉーし! それでは月乃くん! 今日は紫乃先輩のバイトの疲れをしっかり癒してきておくれ! 我々は明日の大勝負のシナリオについて綿密に話し合うことにする!」
あかりはまた椅子の上にのぼって腰に手を当てた。とにかく高いところが好きらしい。
「月乃ちゃん、がんばってきてね!」
皆の気遣いがなんだがとても嬉しかった月乃は、淋しい顔なんか忘れていつもの通りのカッコイイお嬢様の月乃に戻り、上品で余裕なある笑みで答えることにした。
「それでは、行って参りましゅわ」
「ん?」
大事なところで恥ずかしいミスをしてしまうのもいつもの月乃である。




