Eclipse~a silent sky
ぱらぱらと降り注ぐ音と灰色の窓で雨だと把握した瞬間から、今日は外に出るのをやめようと決めていた。
この部屋に越してきてから3ヶ月。前の住処よりは狭いけれど日当たりがよく、居心地のいいリビングは寝室を差し置いて僕の寝床となっていた。ふかふかのソファはベッドとして充分だし、テーブルに置いたパソコンもテレビのリモコンも、ちょっと手を伸ばせばすぐに届く。ベランダに通ずる大きなガラス戸には、もったいなくてカーテンをつけていない。東京の街を一望できるこの景色が、ここに住む一番の決め手だった。
その日は特に用事もなければお腹もすいていなかったので、一日中ソファで寝転がっているつもりだった。だけど、起きずにはいられなかった。ソファで寝そべったままでは届かない、部屋の隅のストーブのスイッチを入れにいく。裸足に、冷たい床がぴりっとする。
さっき、と言っても数時間前に、横になったまま薄目に見た窓の色が、結露で真っ白に塗られていた。止せばいいのにいつもの薄い部屋着のまま、窓を全開にする。
どんよりした灰色から、街は鈍く光る白に染められていた。冷えて澄み切った空気は、寒気よりも浄化するような透明さを僕に運ぶ。誘われるように外に出た僕を、無音の空に舞う雪が迎える。
何もない高いところから落ちてくる白は、かざした手に触れちり と痛みに似た感触を残して、すぐになくなる。静かに、静かに街も、色も、音も消して、降り積もっていく。
あの頃の僕が聞いたら何を思うかな。
冷たくて、重くて、痛くて、視界も感覚も体温も奪っていく、大嫌いだったあの雪が
こんなに雪が真っ白くてきれいで、わくわくするなんて。
携帯電話を充電器から取り出して、空と、街とを何枚か映した。
もう一度上を向いてから部屋に戻ると、さっきまで無機質だった床が、なんだか暖かく思えた。
ポケットに携帯電話をしまい、放り投げていた靴下をはいて、しばらく日の目を見せていなかった分厚いコートを羽織る。
いつものスニーカーじゃかわいそうだから、とっておきの長靴…いや、レインシューズを靴箱から出して履いた。今の若い人は長靴って呼ばないんだって、確か馨さんが言っていた。
フードをかぶり、最後に手袋をはめて準備完了。
暖かいあんまんと、雪見に似合う、甘くて柔らかいお菓子を買いに
真っ白な道と空に、傘なんて必要ない。
静かに積もっていく雪の音と、さくさく刻まれる足跡をお供に
ゆっくり、ゆっくり、溶けて行こう。
Fin
久しぶりの雪にわくてかして書きました。
シンちゃんは雪大好き。