Eclipse~Closer, closer
「今帰りか」
振り返っても、誰もいなかった。首と脚を、少し動かす。上からの声だった。
「晃斗さん」
手を振ると、返してくれた手と一緒に、ふわ と煙草の白い煙が揺れる。
「遅いんだな」
「図書館に籠ってたの。お店、お休み?」
「寒いから、だと」
「月」
「ん?」
「月、見える?そこから」
「いや。見えない、な」
「行っていい?」
「ああ」
外付けの階段を上るのは初めてだった。縦に細長い踊り場で、欄干に寄りかかる晃斗さんの隣に並ぶ。見上げても、眠らない街に照らされた、くすんだ夜空が続いているだけだった。
「やっぱりダメかあ」
「この天気じゃな」
「今日、スーパームーンだったんだって」
「スーパームーン?」
「地球と月の距離が近づいて、普段よりも大きく光って見えるの。七十年ぶりくらいって言ってたよ」
「凄いな」
「ちょっとくらい見えてくれないかな」
「次は、いつなんだろう」
「十八年後だったかな」
切り取られたようにぽっかりと浮かぶ満月を見上げる、四十歳近くになった自分と、晃斗さんを想った。両手を温めるふりをして、口元を隠す。
「雨」
瞼の少し上が小さく濡れた。音もなく降りだした小雨が、夜光に照らされて空に映る。
「もう、帰りな」
返事の代わりに、くしゃみが出てしまう。ぴりぴり と、冷たい空気が足もとから這ってのぼってきた。
「傘、貸すから」
大丈夫 と返そうとした途中で、またくしゃみに邪魔をされた。晃斗さんが、顔を背けながら吹き出す。寒かったはずの身体が、じわ と熱くなる。
「ひどい」
「ごめん」
「帰る」
「悪かったって。暖まっていけばいい」
緩みそうな頬を引き締めて、わざと不機嫌を装う。
「帰れって言ったくせに」
「何飲みたい?」
「ジンジャーティー」
「了解」
とんとんとん と、足音を揃えながら、階段を降りていく。
広い背中を追いながら、もう一度空を見上げた。
雨の予報は、知っていた。
課題も調べものもないのに、夜遅くまで待って、いつもと違う帰り道を選んだ。
私もずるいけれど、姿を見せない貴女もずるい。
ひねくれた演出でも許せてしまうのは、名前の通り、似た者同士な私たちだから。
Fin
ボツ晴天Verはいつかどこかで




