「彼」
今回は、戦闘シーンはありませんが、流血表現や、死などの表現を用いている部分があります。ご注意ください。
ある美しい三日月の夜のことだった。
ザッ。
既に日も沈み、星々が瞬き始め、人影のまばらになった夜の街に、一人の少年が立った。
綺麗な黒髪と、ルビーのように赤い瞳を持った、美しい少年だった。
いや、美しかったであろう少年、と言った方が正しいかもしれない。
その白くてなめらかな頬は土や血で薄く汚れ、黒ずくめの「彼」の服は汚れているに加えて所々破れていて、下から覗いた皮膚には血が滲んでいた。
同じ夜の街で歩く他のどの人影とも違うオーラを発する「彼」の胸で、「A-724」と書かれた札が揺れた。
「彼」自身、その札に気が付いたようで、
「そうだ…これはもう、必要ないんだ」
そう呟くと、その札を引きちぎり地面に捨て、グシャッと踏み潰した。
そして、夜の澄んだ空気を深々と吸い込む。
それからほっと息をつき、呟いた。
「やっと…やっと、自由になった…」
「彼」は、先程引きちぎったばかりの札に目を送った。
そして、その札の取得源を思い出し、思わず顔をしかめる。
「彼」にとって「それ」には、苦い思い出しかなかった。
「それ」は、家族を奪い、自由を奪い、人権を奪った。
「それ」に定住しても、「彼」にはその雰囲気に慣れることがどうしても出来なかった。
確かにそこでは、学校にも通い、一見ごく普通の生活を送っているかのように見えた。
だが、そこで働く人々は、「彼」のことを研究対象としてしか見てはくれなかった。
勉強も、運動も、治療も、全て研究の為だった。
「彼」は確かに、大切に、丁重に扱われた。
けれどそれは研究の為であり、研究に差し支えがあるようであれば、「彼」に拒否権は与えられなかった。
「彼」には、そこにいる人々から、愛情やその他の感情を何一つ感じることが出来なかった。
そんな人々に囲まれる生活は息苦しくて、我慢も限界に達した。
だから逃げた。
勿論それだけが理由では無い。直接的な理由がそれというだけだ。だがもう、そんなことはどうでもいい気分になっていた。
─あそこから逃げ出したのだから。
「彼」は嬉しくて堪らなかった。勿論「彼」は、住む家は勿論、たった今食べる物さえ持っていなかった。だが、例え死ぬことになろうとも、この世に未練は無い。むしろあんな所で一生を閉じる方が、死んでも死にきれなかっただろう。だから「彼」は、逃げ出したことに喜びしか感じていなかった。
ザッ。
「彼」はまた歩き出した。
死を迎える場になるであろうその街を。
はじめまして、侑乃といいます。
さて、第一話というか、第一話の前半というか…を上げさせていただきました。なので今回は比較的短いですね。長すぎるのは読者様が疲れるから減らして、切りも良くして…と減らしてみたらこうなりました。も、もちろん続きます!
このサイト初心者で、いまいち使い方が分からないんですが…精進しますね。
なので温かく見守ってあげてください…
次も頑張ります。
それではまたお会いしましょう。Haben gut traum.
**special thanks**ディレクターのお畳さん、守護霊のこだまさん、アイディア提供の源太郎さん他 ありがとう!