第二章 第六部:弥吉がもたらしたもの、我々がもたらしたもの
弥吉が基地にいる間、彼からは可能な限りの情報を引き出した。
取り調べ、というほど硬いものではない。食事の折、作業の合間、あるいは警戒線の内側で腰を下ろしたときなど、普段のコミュニケーションの体で行われた。
弥吉も、聞かれれば快く答えてくれた。特に年齢の近い宮本とは、楽しそうに話に花を咲かせていた。
その結果、この地、この時代について様々な情報がもたらされた。話の大半は、村の暮らしだった。去年の作柄。年貢の取り立て。近くの山の獣道。川の増水時期。どの家に何人の口があるか。たまに村々を襲う夜盗の話。
「 ……充分に食えているのか 」
宮本がぽつりと漏らす。弥吉は首を振った。
「 食えぬほどではありませぬ。ただ、余るほどでもない 」
その言葉が、すべてだった。奪われれば終わる。だが、奪う価値はある。橋谷はそれらを聞き逃さず、時に録音し、毎日パソコンにまとめていった。
ある夜、詰所で簡単な情報整理が行われた。橋谷が机の上に紙束を置く。黄ばんだコピー。書き込みのある余白。
「 ……このあたりの郷土史の抜粋です 」
橋谷が低い声で言った。
「 この地域で、“荒廃”とだけ記された集落があります 」
紙の端を、指で押さえる。
「 名前はありません。ただ――位置だけが、記されています 」
伊藤が、身を乗り出した。
「 どこだ 」
橋谷は、地図を引き寄せた。隊員たちで書き起こしたこの地の簡易地図に、郷土史の写しから位置を推定する。
ぴたり、と重なった。
誰かが、息を呑む音を立てた。
「 荒廃の時期は? 」
外山の問いに、橋谷は一拍置いた。
「 “戦国時代”とだけあります。しかし、詳細な年号も理由も分かりません 」
指が、次の行をなぞる。
「 ただ、ある年から年貢の記録もないようです 」
長い沈黙が落ちる。
伊藤が、重い口を開いた。
「 そう遠くないうちにあの村が荒廃するのはほぼ確定。しかし、その理由は不明……。環境的にはどうなんだ? 」
「 当時、この辺りは大名の庇護も弱く、政局は乱れ治安は不安定。しかし、村には戦力もない、用心棒もいない。街道からは外れ、軍勢が常駐する価値もない。ただ―― 」
一瞬、言葉を選ぶ。
「 ――田畑はある。水もある。派手ではないが、暮らしは成り立つ 」
伊藤が静かに言った。
「 目立たず、守りが薄く、蓄えはある 」
「 ええ……野盗にとって、非常に“都合のいい村”です 」
沈黙が落ちた。
弥吉の話。地形。記録。すべてが、同じ一点を指していた。
「 ……もし 」
宮本が、耐えきれずに口を開く。
「 もし、何もせずにいたら 」
伊藤は、即答しなかった。代わりに、外山が言う。
「 その村は、史料の片隅に書かれた通りになる 」
声は低く、淡々としている。
外山が続けた。
「 我々がここに来なければ、起きていたことだ 」
宮本は拳を握りしめた。
「 じゃあ……俺たちがいることで、もう―― 」
「その歴史通りになるかどうかは、分からない 」
橋谷が、言葉を選びつつ、静かに言った。
「 郷土史からは“荒廃”以上のことは分かりません。その、村人が全滅、させられたとは断言できません。――ただ、弥吉が生きていること。村と人が行き来していること。それ自体が、すでに“本来なかった出来事”です 」
誰も否定できなかった。外山は、全員を見回す。
「 いいか 」
言葉は短い。
「 我々は、救世主ではない。だが、無関係でもなくなった 」
伊藤が、ゆっくりと頷いた。
「 何もしない、という選択も、選択だ 」
その意味を、誰もが理解していた。弥吉が持ち込んだのは、情報だけではない。この部隊がどこまで踏み込む覚悟があるのかを問う、重たい現実だった。
その重さは、特に一人の胸の内で、静かに膨らんでいた。
宮本は、資料から目を離し、遠く、村のある方角を見つめていた。




