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自衛隊転移ー衛るべきものー  作者: GoGoGorilla


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第二章 第四部:縁

それから、数日ごとに村の者が白峰しらみね駐屯地に現れるようになった。


現れるのは、決まって日が高くなりきる前――駐屯地の周囲を覆う朝霧が晴れ、遠くの稜線がくっきりと浮かび上がる時間帯だ。 駐屯地の南側、正門の前、無機質なアスファルトの上に、年嵩の男が一人、静かに立ち、少し後ろに例の若い男が控えている。

「……弥吉は」

用件は、それだけだった。


伊藤は毎回、門扉の影から一定の距離を保ったまま、感情を削ぎ落とした声で告げる。

「生きている。自力で歩けるようになるまで、まだ時間が要る」

それ以上は言わない。男もそれ以上は聞かない。 ただ、深く頭を下げて、森の中の獣道を戻っていく。


弥吉は、医務室のベッドで、看護に当たる隊員からその様子を口づてに聞いていた。

「……また、来てくれましたか」

「ああ。村のおさらしい人が、お前の安否を確認して帰っていったよ」

「そうですか……」

弥吉は静かに目を閉じる。 消毒液の匂いが満ちる白い部屋。村の者たちが健在であると知ることは、彼にとって唯一の救いだった。同時に、村の力仕事に穴をあけてしまったこと、自分一人のために村の者たちに足労をかけ、心配をかけていることに、押しつぶされそうな申し訳なさが彼の胸を去来していた。


変化があったのは、そのやり取りが三度目を数えた日の翌日のことだった。 外周警戒に出ていた隊員から、予期せぬ報告が入る。

『……司令部へ。東の谷筋で人影を確認。……女性、一名。籠を背負ったまま斜面に座り込んでいます。足を負傷している模様』


外山は即座に現場の状況を確認させた。 近づいた隊員が見たのは、足首を押さえて動けなくなっている老婆だった。 話を聞けば、弥吉に渡そうと薬草を探しにこの谷へ入り、足を挫いたのだという。


外山は報告を受け、指揮庁舎の窓の外を見つめたまま黙り込んだ。 駐屯地の境界線――その外側で起きていることだ。加えて、駐屯地の関係者でもない。本来なら、我々の関知すべきことではない。線を越えれば、それが「前例」になる。

――だが、放置すれば、彼女はこのまま動けず、冷え込む山中で夜を越えねばならない。あるいは、あの“山の主”のような獣が再び現れるかもしれない――命を、落とすかもしれない。

「……門の前まで運べ。中へは入れるな。衛生課、応急処置だけ、施せ」

短い命令だった。 正門前のスペースで、佐野たち衛生課が診察し、応急処置を施した。清潔な包帯が巻かれ、鎮痛剤と冷却パックが当てられる。


日が傾く前には、杖を突けば自力で歩ける程度まで回復させた。

老婆は何度も頭を下げ、祈るように手を合わせて言った。

「加えて厚かましいお願いとは思いますが、弥吉に、採ってきた薬草を渡していただないでしょうか」

「承知した。……弥吉の心配は要らぬ。我々が責任を持って治す」

伊藤は老婆の籠に入った薬草を一瞥し、それだけを告げた。

籠は、後日他の者が来た時に持ち帰らせる事とした。


その一件を境に、村の者は、他の者も連れて現れるようになった。時には小さな子供を連れてくることもあった。村人の目も、畏怖の中にもどこか親しみを含んだ眼差しに変わっていった。


数日後。南側の森の木々の影に、小さな人影がうろついていた。子供だった。十歳くらいの男の子が、たった一人で。大人の姿はない。彼は駐屯地の巨大な重機や、銃を背負った隊員たちを、恐れる様子もなく、好奇心に満ちた瞳を輝かせて見つめていた。


やがて木の陰から出て、警備兵の真似をしはじめる。

「……どうします。追い返しますか」

立哨の隊員が、銃のストラップを握り直しながら低い声で尋ねた。 伊藤は、即答しなかった。 子供は不格好な「敬礼」をしてみせ、隊員の行進する足取りを追いかけるように地面を跳ねている。


突然、子供は駐屯地に向かって声を張り上げた。

「やきちーー!」

その声には、大人が抱くような恐怖も、計算もなかった。 あるのは、ただ純粋な、親愛に近い好奇心だけだった。

「……実害はない。様子を見る」

伊藤は言った。


子供は日が傾く前に帰っていった。隊員たちに手を振って、名残惜しそうに。

それから、時折、村の子供たちが姿を見せるようになった。 駐屯地から一定の距離を保ち、ただ無邪気に、珍しそうにこちらの「日常」を眺めている。緊張と不安に張りつめていた駐屯地の空気が、その小さな存在によって、わずかに、だが確実に和らいでいく。


門の横の警衛所でその光景を眺めていた宮本が、ぽつりと漏らした。

「……あんな風に笑われると、放っておけないですね」

隣で様子を眺めていた伊藤は、聞こえないふりをした。 だが、その言葉を否定することもできなかった。


えにしは、求めて結ばれたわけではない。たった一度の判断。それに、境界線を越えて届けられた仲間への思いと、無邪気な視線が、静かに積み重なった結果だった。


伊藤は理解していた。 一度結ばれたこの糸を、完全に切り離すことは、もう、不可能に近いのだと。それは歴史という奔流の中で、自衛隊という異物が、この土地に根を張り始めた瞬間でもあった。

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