越境点
僕は今日も仕事を終えた。今日はついてる日だ。早朝から日が暮れるまで、読めない字が印刷された紙を、食べたことのない缶詰に貼り付けた。驚くことに、この缶詰の値段は、僕が1週間働いて得る賃金でも、まだ足りないらしい。一体誰が食べるのだろうか。
この国にはそんな食品で溢れている。誰もが食べれないはずなのに、みんなが作り続け、街にはそれらのゴミで溢れていた。
だがこんな仕事も、平日のタール掘りに比べれば、天国のような仕事だ。ベタベタになることはないし、服がダメになることもない。何より臭くない。
だから、僕は土日に缶詰を作るこの労働が、むしろ好きだった。
土曜の仕事を終え、他の労働者達と薄暗い道をゾロゾロと歩いて家に向かう。すると、急に列が止まる。顔を上げれば沢山の自動車が横断していた。なるほど、それなら仕方ない。轢かれたら明日から働けないし、働けなければ明日食べるパンを買うことができない。
自動車の中の人達は、綺麗なスーツやドレスを着ていて、排気ガスの匂いの中にほんのり花の匂いが混ざっていた。
彼らに僕達が見えていないように横目を振ることがなく、たまにこちらへ向く視線は僕達を見ているようで、そうではない。あの視線は街に溢れるゴミへ向けられた、嫌悪感が色濃く出ている。
僕達だって、本当はこのゴミに囲まれるのは好きじゃない。片付けても片付けても、なぜか次の日には、誰も食べられない食品のゴミが山積みになっているのだ。
「なぁ、聞いたか?奴らはふわふわで柔らかいパンを食べてるらしいぜ」
話しかけてくるのは、同じ地区でタールを掘っている友達で、色々世話を焼いてくれる男だ。
「バカ言うなよ。鉄みたいに硬いから、牛乳でふやかして食べるんだろ。ふわふわのパンじゃ牛乳がいらなくなっちゃうだろ」
「それがな、奴らの牛乳は真っ白で甘いんだとよ。パンをつけるんじゃなくて、ふわふわとあまあまを同時に楽しむのさ」
「何言ってるんだよ。牛乳はバケツに入れるんだから、ちょっと赤茶けた色に決まってるだろ。それに甘いものは、この国のどこにもないだろ」
「わかってないなぁ、俺みたいに世界を知らないと。お前、一生タール堀りだぜ?」
「わかってないのは君だよ。僕達はあのギトギトと悪臭の中で、一生働くんだって教わったろ」
ようやく自動車の一群が去り、列が進み出す。
「なぁおい、あのポスター見てみろよ。明日労働党の党首が演説するんだってよ。祖国の人民は建国公園に集まれ、だってよ。ご立派なことにラジオ放送もするそうだ」
友達はどこか嬉しそうだった。僕にはわからない。労働党は違法な集会をしたとか、公序良俗に反する言論をしたとか、新聞やラジオでテロリストだなんだと囃し立てられてる。
テロリストなら捕まえればいいのに。
「お前も明日公園に行ってみないか?国家に楯突くテロリストを生で見るチャンスだぜ!」
「僕はいいよ。何か変なことに巻き込まれても嫌だし」
「心配しすぎだよ。せいぜい党首に投げつけられる缶が、その流れ弾が頭に当たるかもしれない、そのくらいだって」
「当たりどころが悪かったら死ぬかもしれないだろ」
「なんだお前?怖いのか?」
「別に怖くはないけど…」
「よっしゃ!それなら明日の仕事終わりに公園に行くぞ!」
彼は一度こうだと思ったら曲げない、そんな頑固な一面がある。ここは僕が折れよう。
なんて事はない。ただテロリスト達の主張を聞いて、みんなで小馬鹿にするだけだ。何も問題はない。
それなのに、この胸のざわめきは、ずっと心地悪く残っていた。
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翌日、仕事を終えた僕達は建国公園に来ていた。公園にはすでに多くの人が集まり始めており、僕達の後ろにも列は続いていた。
「君たち、まだ若いね。もっと前で見るといい。後ろだと、よく見えないからね」
和やかな笑顔の男の人が僕達にそう言って、人混みの前へ背中を押した。押された先にも、同じような笑顔の男の人が、そしてその先にも・・・。僕達は、あっという間に最前列まで来ていた。
周りの大人達は、どんな馬鹿げた話が聞けるんだろうな、ちゃんと缶は拾ってきたのか?と言った声が多く、野次馬は僕達だけじゃないんだと、安心した。・・・あれ、何に怯えていたんだ?
日が暮れて、隣の人の顔がわかりにくくなった頃、壇上に1人の人影が立った。これじゃ暗くてよく見えないじゃないか。
そう思った時、僕達の後方から、沢山のライトが壇上に立つ男を照らし出した。あまりにも光が強いものだから、男の背後にある白亜の記念碑が眩しく、僕は目を細めた。こんなに沢山の光は見たことがない。
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「我々は悪か?今一度諸君に問う」
男は静かに話し始めた。
お前らは悪だろ。新聞もラジオも、みんなそう言っている。
男はゆっくりと公園を見渡した後、言葉を続けた。
僕達のざわめきは、自然と収まった。
「この世界は腐っている」
男は俯き、心底落胆したように告げる。
正直腐っていると言われても、ピンとこない。
「一部の権力者が、弱者を欺き、搾取をする。
だが、奴らは祖国の為だと嘯く」
男は顔を上げた。その顔はまだ悲観している。
「ならば、我らの血、我らの糧は、どこへ流された?諸君らの元へ一部でも返ってきたか?」
僕達が作る缶詰は、僕達がパンや牛乳を買ったお金はどこへ行ったのか?そんなのわかるわけない。考えたってしょうがないじゃないか。
「奴らは、数十年前に国の境を超えてきた。我らが祖先が築き、治めてきた土地へ、だ」
そんな、自分が生まれる前の話をされてもわからないよ。
「金という欲を垂れ流し、我々へ血と糧を求めた。その代償に、我々は全てを奪われた」
男は拳を握り締め、悔しそうにそれを見つめた。
別に僕は何も奪われていないしなぁ。
「奴らは、権力者ぶり、我々を虐げてきた。あたかも、同じ国の同胞であると偽り、我々から巻き上げたものを、真の同胞たる境の向こうへ流している」
僕のお金や作った缶詰は外国に行っちゃったの?でも、それなら街に缶詰のゴミが落ちているわけないじゃないか。
「ここ数年で、奴らは、奴らの祖国から多くの同胞を招き入れている。その結果はどうだ?」
奴ら。自動車に乗った、綺麗なスーツとドレス、それから排気ガスとわずかな花の香りを纏った人達だ。
男は先ほどまでの悲壮感を手で振り払い、怒りのままに拳を教壇に叩きつけた。
「街に溢れたゴミには、奴らの国の言葉が記されている!我々の紙幣は紙屑となり、その紙屑で我々は使役されている!そして政治家の大半は、奴らが名を変えただけの本国の駒にすぎない!」
確かに昔は街は綺麗でみんな楽しく暮らしていたって、昔死んだお父さんが言っていた。
そう、なの?あの人達が、奴らが僕のお金と缶詰を持っていったの?この国はあの人達に乗っ取られちゃったの?
男はその怒りを隠すことなく、だけど静かに続けた。
「思い返して欲しい。先だってのことだ。我らが建国を記念した公園で、我らの血が流された」
しかし次第に語気は強まり、隠されなかった怒りが再び噴出する。
「いたいけな子供が、奴らの国の連中に…。奴らの国の言葉で罵られ!奴らに嬲り殺しにされたのだ!」
隣の地区でタールを掘っていた子が、この前死んだ。でも珍しいことじゃないはずだ。あれ、それなら、なんで僕達は、何もしないの?
「諸君らは目を背け…。耳を塞ぎ…。あまつさえ抗議の声すらあげない。……いつまでそうしているつもりだ?」
そしてその怒りは、僕達へ向けられた。
そんなの知らないよ。わからないもん。怖いよ
「己の身に危害が及ぶまでが!?お前達の家族が殺されてからか!?その時になってようやく、やめてくれと声をあげるのか!?それでどうなる…?やめてくれと声を上げた…あの少年はどうなった!!」
怯える僕達に向けられて視線が、少し緩んだ。まるで、大丈夫だと諭すようで、少なくても、これ以上怒鳴られないのだと、僕は安心した。
「司法は奴らの国の連中を守り、政治家は我らの抗議をテロと断じ、マスメディアは真実を歪曲させてきた!」
今度は語りかけるような怒りだ。
そうだ。なんで、僕達は何もしないんだ。
「我々は悪か?」
違う。
「ならば子を見殺しにする国は正義か?」
違う。
「国境を越えてまで、我らが祖国で罪を重ねる奴らは正義か!?」
「違う!!」
自分でも驚くくらい声が出た。更に驚くことに、それは隣の友達も、周りの大人達にも伝播していた。
「悪は誰だ?」
そこらかしこで、奴らだ、と呟く声がする。
そうだ、あの時、奴らが自動車から見ていたのは、街に溢れるゴミじゃない。街に溢れる僕達だ。
──────僕達は、奴らにとってゴミでしか無かったんだ。
「悪は誰だ!?」
「奴らだぁ!!!!」
自分の声だと気づかない、そんな怒りに任せた叫びだった。そしてその怒りは一度では収まらずに、何度も何度も繰り返し叫んだ。公園に集まっているみんなもそうだった。
なんなんだ、この気持ちは!みんなで気持ちを吐き出すことは、こんなにも気持ちがいいものなのか!
彼が手を挙げると、僕達は一旦静まり返った。次の彼の言葉に耳を傾け、一言一句流すまいと。だが僕達の目に宿った熱は、全く冷めていない。
「だが諸君らには、現状を変えることはできない。何故ならば、諸君には武器なく方法も知らない。そして勇気もないからだ」
そうだ。僕達は力もないし知恵もない。そしてこの恐怖に打ち勝つこともできなかった。
「ならば我々が武器を与えよう。ならば私が方法を授けよう!ならば諸君は勇気を出せ!!」
胸が熱い。頭から湯気が出ているかのようだ。今すぐ叫びたい。奴らに正義の鉄槌を加えたい。
「皇帝の紋を記せ!銀翼の旗を掲げろ!この国の悪を殲滅し!奴らから世界を取り戻すのだ!」
彼の後ろに、かつて皇帝の象徴とされた大旗がかががられる。そこから始まり両端へ、銀翼を記した鮮血のような真紅の垂れ幕が下がる。そして銀翼の旗が、僕達を囲うように次々と公園に現れた。
周りには感極まって涙を流す人や、光悦とした表情のまま立ち尽くす人、声にならない雄叫びをあげる人など、様々だったが、僕達の胸の内は皆同じだった。
「我々は!今日ここに!労働党の名を改め、千年王国としての独立を宣言する!仮初の祖国を滅ぼし!我らの手で新しい時代を築き上げるのだ!!」
瞬間。耳を劈くような歓声が、僕の国を埋め尽くした。
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──────この日1人の怪物が生まれた。世界が地獄の戦火に覆われる、1ヶ月前の出来事である。
これは、当時の集会に参加したとされる若者。その1人が終戦の間際まで記していた手記の、最初のページに記されていた光景だ。
この演説の後に千年王国は、衰退しかけていた王政を敷く3国と同盟を結び、当時の主要国を相手に戦争を始めた。その戦禍は世界中に広がり、地獄のような惨状が、世界中のあちこちに生まれることとなる。
そして当時、建国公園で集会に参加したとされる人々は、後に皇帝を名乗る男の熱狂的な信者となり、その親衛隊としてこの戦争を戦った。
終戦間際になると、親衛隊の兵士は、皆爆弾を抱え敵陣へ突撃するという、あまりにも無謀な作戦を敢行し、最後の一兵まで、誇り高く戦い全滅することとなる。
この一連の歴史が刻まれた手記は、銀翼の紋章の蝋で封をされ、最後の砦となった地下施設に埋没していたものである。
語るまでもないが、千年王国は10年と経たず滅びた。世界は再び仮初の平和を手にした。その結果、形を変え、名前を変え、悪と腐敗は残り続けたのだ。
あれだけの犠牲を出してなお、世界も人も変わらない。
だが著者としては、もう2度と、怪物が生まれないことを祈るのみである。
みなさんこんにちは。僕です。
また、つまらぬものを書いてしまった。
いいや、短編とはかくあるべし。
そう思って書きました。
前回は猫への思い出と愛全開の短編でしたが、
今回は厨二心と自分への皮肉全開の短編です。
超大事なことなのでもう一度言いますが、
※作中は過激な表現が記載されていますが、著者は特定の思想を擁護・批判する意図はありません。
※物語に出てくる人物や出来事は全てフィクションです。
もちろんモデルとなった人物や出来事はあります。
もしかしたら皆さんが日頃感じている鬱憤に通じるものがあるかもしれません。
ですが!
特定の思想を擁護・批判する意図はありません!
ただの厨二心が生んだ妄想です。
SNSが普及した今の時代では難しいとおもいますが、
限られた情報しか世界なら、結構簡単に大衆は扇動できそうだなってところから始まり、
自分なら絶対流されて、なんの疑問も抱かずに爆弾抱えてたんだろうなって、皮肉が込められてます。
無垢な人ほど、あっさり転ぶもんです。
だけど、自分は大丈夫って思ってる人は、もっともーっと簡単に転ぶんです。
はい、それが主人公で著者自身です。
そんな自分への皮肉と警鐘を込めて書いてみました。
他にも思い当たる節のある人は気をつけましょうね。
人に手を上げる前に、暴言を浴びせる前に、武器を取る前に、10秒だけ考えましょう。
本当にそれでいいのかな?って。
それで思いとどまれるなら、あなたは上等な人間ですよ。
大体の人は、感情や時代の激流に流されてしまうんですから。
僕もいつかそんな上等な人間になりたい。
ちなみにこの話の10秒考えれば、爆弾抱えて死ななくてよかったかもね?っポイントはこんな感じです。
▶︎ 「街に溢れたゴミには、奴らの国の言葉が記されている!我々の紙幣は紙屑となり、その紙屑で我々は使役されている!そして政治家の大半は、奴らが名を変えただけの本国の駒にすぎない!」
・街に溢れたゴミ、別に捨てたのが奴らとは限らないし、わざわざ奴らは街までゴミを捨てに来る?
※奴らへヘイトを向けさせるため、男達の自演の可能性。
・紙幣は紙屑、奴らにそんな経済操作できるの?
・紙屑で使役、奴らだけじゃなくて自国民にも貧富の差があるよね?
・政治家の大半は〜、そんな証拠なくない?
※情報の切り取りと操作の可能性。
▶︎ 「いたいけな子供が、奴らの国の連中に…。奴らの国の言葉で罵られ!奴らに嬲り殺しにされたのだ!」
・奴らが、わざわざ街の公園で子供を嬲り殺しにする理由は?
・なんで分かりやすく奴らの国の言葉で罵ってたの?
・子供を殺したのは、本当に奴ら?
※ 奴らへヘイトを向けさせるため、男達の自演の可能性。
▶︎ 「司法は奴らの国の連中を守り、政治家は我らの抗議をテロと断じ、マスメディアは真実を歪曲させてきた!」
男達(テロリスト?)が言うことだけを信じるの?
※情報の切り取りと操作の可能性。
ここら辺の事を考えることができたら、僕くんは爆弾を抱えてしなずに済んだかもしれませんね。
だから、そんなふうに考えさせないのが、この男の演説なんです。
断片的な情報で感情を操作して、考えさせるフリをして思考を停止させる。
怒鳴りつけ萎縮させて、安易な安心感を植え付ける。
僕達は無力だと思わせて、戦うには男に頼らなければならない。 と思わせる。
こんな風に。
自分たちの敵を悪と認識させて、相対的に自分たちが正しいと誤認させる。怖いですね。
まぁ悪とか正義とか色々書きましたが、結局どちらにも非があって、どちらにも正しさがあるんですよね。
だから人は戦争をするんですね。
はー嫌だ嫌だ。
なんだか説教臭いので、もうやめましょうね。
それではみなさん、またいつの日か。




