責任
人には、いや生物には睡眠欲というものが存在している。
誰も、それに抗うことはない。なぜなら、欲望であるから。
では、私には欲がなくなってしまったのか。
目を醒ますといつも外にいた。
これといって決まった場所はなく、ただあらゆる場所にいた。
この現象が明確に始まった瞬間は覚えていない。
あるとすれば、家庭内のいざこざとかそういうものが理解できるくらいになってからだろう。
それは私自身も妙に納得している。
私は毎朝早朝に足裏の激痛によって、目を覚ます。
素足で、アスファルトでボロボロになった皮膚で、
凝固した血を見て、目を覚ます。
幸いにも私は一人で暮らしていて、この惨劇を知る者は
ひとりもいない。
徐々に明るくなるのを尻目に、ヒソヒソと裸足で帰路につく。
少しだけ残る影に隠れ、誰にも見られないように。
アパートの玄関の前に立つ、足枷が落ちている。
私のささやかな抵抗は、無惨にも私によって破られていた。
最近見た、ドラマを参考にしたのだが。どうやらフィクションだったようだ。
他のアパートの住人に見つかっていないことを祈り、足枷を回収する。
家に帰り、蛇口を捻りそのまま口を出口に近づける。
そのあとは簡単に足の治療をして、
とここまで淡々と述べたが、見ての通りこれはルーティーンである。
雨の日も雪の日も何時たりともこれは変わってくれないようだ。
何度か、寝ないということを試したことがある。
誰しも一度は試したことがあると思う。予想はつくだろう。
生まれ落ちた人間のある種、制約みたいなもの。
そんなことは不可能だと増えていく足の傷が物語る。
次に試したのは、録画だ。
もちろん部屋に置いておくだけでは、意味がないので
恥を忍んで、仕方なく頭に装着した。
正直、解決の糸口になるとは思っていなく
好奇心によるものだった。
人間慣れるとこういう事をし始める。これはいい勉強になった。
結果は散々で、家から出る前に外され
最終的にどこに行ったかすらわからなくなった。
そして今回はドラマから着想を得て、足枷をつけたが、
いつものって感じだ。
壊れた足枷をガチャガチャと直していると、テレビから軽快な曲と共に
7時を知らせる音が鳴る。
足枷を治すのは諦め、登校の支度をする。
私は大学生である。
そこそこの文系学部に進学し、2年が過ぎようとしている。
適当に大学へ行き、適当に帰宅するような毎日である。
何も難しいことはない。
ダラダラと友人と話し、適当に講義を受けた。
4限を終え、家に帰る。
玄関に荷物を放り投げ、短い廊下を歩き、床に寝転ぶ。
寝たままふわーっと息を吐き、数分を無駄にする。
上体を起こして、携帯を触り始めて数分…いや、数十分を無駄にする。
そして、ドアに鍵をかける。
もちろん玄関のドアは鍵をかけている。
ただ一つだけ。
私は、この家に来てから恐らく20個ほど鍵を増設した。
一見すると、もはやドアとは言い難い。
このドアのおかげで、私の部屋に誰も入れたことがない。
汚部屋誕生の根源でもある。
ここまでみてわかるだろう。
私は恐らく、夢遊している。
しかし、夢遊病とはちがう。
夢遊病は、夢と身体の連動によって生じるとされている。
私は厳密にいうならば寝ていない。
ある時は、食事中に。ある時は、家事をしている時に。
私は毎晩、気絶するのだ。
そして、もう一人の何かが動き出す。
まるで、入れ替わったかのように。
もう一人の何かは一人でに歩き始めるのである。
その間、私の記憶は一切存在しない。
目が醒めると、そこは見知った光景だった。
いつもの如く、足は痛い。
しかし、そんなことはどうでも良かった。
私の、ボヤけた視界にははっきりと
異常が映し出されていた。
手に持った、血塗られたナイフ。
血溜まりになった床。
その中心にうつ伏せになり物を言わぬ女性。
そして、ここは紛れもなく私の実家である。
思い出したくもない場所。忘れたい過去。
…
あぁ、いつも私が目を醒まし見知らぬと、
そう感じていた場所。それは、私の過去だ。
幼少期に遊んだ公園、膝を擦りむいた道路。
「産まなければ良かった」
忘れていた?
消していたのだ。
蓋が外れ、悍ましいものを閉じ込めていた壺が
中から逆流し始め、外に溢れ出す。
それはあまりにも繊細に、脳を覆い尽くした。
血溜まりの中にいるのは母だ。
心臓の音は、次第に騒音となり
胸から飛び出るほどの勢いになっていた。
最初に思ったことは、私がやったのか。ということだった。
母の死は、微塵も私の心を動かすことはない。
ただ、この殺人という事象に恐怖を抱いていたのだ。
目醒めた私は確かにナイフを持っていて、明らかに犯人で、
殺したのも私である。
しかし、私ではないのだ。
私は、私ではない私の代わりに罪を裁かれるのか。
責任は私にあるのか。
私はその場に立ち尽くし、母を見ていた。
間違いなく、この女によって私は狂わされている。
恐怖の隙間から、憎悪が顔を出し始める。
私の感情が、知らない形に変化していく。
それはぶくぶくと膨れ上がり、脳を支配していく。
その感情は私に語りかける。
「お前も殺せばいい」
横たわっているものを見て、腑に落ちた。
私は殺していない。
しかし、私も殺せばそれは簡単になる。
手に持ったナイフを強く握り、倒れているものに殺意を向ける。
私は、私達は共犯者になるんだ。
大きく振り下ろす。
その刃が出来るだけ、深く深く深く深く…と。
が、当たり前だがすでに死んでいる者を刺したところで
外傷はできても、反応は一つも返ってこない。
血液ですら、ほぼ出尽くした。そんな感じである。
つまらない。
反応するまで何度も、何度も刺した。
背中に、刺す場所がなくなった時
不意に冷静になる。そして、次には絶句し、ただ怯えた。
今の私はどっちだ。
私という形が歪み、ぼやけた輪郭には
もう一人が混ざり始めていた。
そして思う、本物はどちらかと。
もう一人の私を形成したのは、母親だ。
そう考えていた。私がオリジナルだと。
その根底が揺らぎ始めていた。
そんな時、あの頃の情景が脳裏に浮かび始めた。
私が、小学校に入り世の中が少しだけ見えてきた頃。
母は、私に見てはならない物を平然と見せてきた。
母は月に何度か派手な化粧を始める。
そして、私は押入れに閉じ込められる。
それは数週間にも及ぶ。
押入れの中には、駄菓子と水道水を汲んだペットボトルが数本。
排泄用の袋。
私は存在を消さなければいけなかった。
私は静かに押入れに入り、夜に聞こえる母の作り声や
毎回変わる男の怒鳴り声に怯えながら、ただそこにいた。
もしバレたら、どうなるかわからない。
子供ながらに、理解していた。
その影には、幾つもの暴力による痣があった。
そして、成長し隠すことができなくなってきた頃。
「お前を産まなければよかった。」
はっきりと今でも思い出せるその鋭利な言葉は、
私に憎悪という感情を、生み出した。
しかし、私は感情を抑えた。
まだ幼い私には母に養われるほかなかったからだ。
母に見捨てられたら…。
私には、生きる術を失う。
だから、何か起きるたびに心に蓋をして、
おもりを乗せて、絶対に開かないように。
母に悟られないように。
そうして、二人目の私ができあがったのだった。
母にとっての理想の姿。
私が生きるための虚像。
…
いつの間にか眠っていた。
目を醒ますとそこは実家で、大きな呼び鈴と共に目を醒ます。
私は、眠れたのだ。
母の死体を見て、そう確信する。
ドアの外には警察がいた。
私は、今から過去を清算するのだ。
もう一人の私には悪いけれど。
私は、私として人生を全うする。
なんだか今日は少しだけ、眠い。
恐らく、なろうにマッチしていないと思います。
ですがとりあえず見て欲しいという気持ちが強くて。
一番、見ていただけるであろうこのサイトに初投稿ということになりました。
このサイトのルールがわかってないので、もし作風がノイズになっていたら
即刻削除させていただくので、お手数をかけますがお知らせしていただけると幸いです。
荒削りで、拙い文章で、申し訳ないですが、1%が伝わっていただければと思います。
本当に初心者なので、後書きがどこに載っているのかわからないですが
もし読み終えてからここを読んでいただけているなら、感謝します。




