『ディアの感謝が育んだ未来』
「ジーク、『ベルンルック派閥』を作ったのはいいけど、これからどう動くの??」
「ディア、落ち着け。まずは現状を整理しよう。私達は2つの事を解決しなければならない。ここまでは、わかるな?」
ジークの言う通り、課題が複数ある場合は整理していく方が合理的だろう。
しかし、なぜか、彼に言われるとイラッと来るので、両頬を膨らませて、睨みながら頷く。
「ジーク様、『わたくしの領地の救済』と『ハルデア皇大使殿下の問題』でしょうか??」
「ポチ、私に様は不要だ。仮にも対等だからな。それと、正解だ。よくやった」
「ジーク!!きちんと『サラ』って言いなさい!!」
「………すまん。口が滑った」
ジークの質問に対して、サラが答えた。そうすると、彼は呼吸をするかのように、サラのことを犬扱いしたため、注意をする。流石の彼も、あたしとの条件を破るつもりはなかったのだろう。
彼なりに非を認めて謝罪したことで、あたしは友達のサラを犬扱いした事を許そうとした。
その時だった。
「ディア、なにかしら。この感じたことのない背徳感、なんだか、ジーク様に犬扱いされるの、悪くないかも知れないわ」
「やはり、ポチだな…。それがしっくりくる」
「………………わ、わんですわ」
「サ、サラお嬢様……そんなはしたない真似は、どうかお控えください!!」
お、おかしい…!!
頑固でわがままのサラが犬扱いを喜んでいる!!
くっ、途端にジークが眩しい…!!
これが、『セブン⭐︎プリンセス』の攻略対象の1人、『毒舌のツンデレ王子』の力かっっ!!
目の前の起こった出来事を嘘だと信じたくなったあたしは、もう一度目を擦って、確認する。
そうすると、あたしの友達だったサラが犬のおすわりのポーズをしていて、ウィスが涙を流しながら、彼女の方へ止めるよう、懇願していた。
「ゴホンッッッッッッッ!!話を戻しましょう」
最早、現場は混沌化したと言っても、過言ではない。そのため、あたしは大きな声で咳払いをした後、2人を無理矢理に先程の話へ戻す。
「まずは、『マンドール子爵領の救済』についての議論から始めるよ」
「それならば問題ない。ベルンルック公爵様に『交易の会談』を頼めばいいだけだ」
「んー、まぁ、ジークの言う通りに頼んでみるけど、決めるのは、ディブロお父様だからね」
あたしの話した内容に対して、サラとジークは、縦にこくりと頷く。もちろん、ディブロお父様があたしの願いを邪険にするとは思えない。しかし、『交易』は『家同士』の繋がりである。
だから、『マンドール子爵家』も『シュミレット辺境伯家』も断られるリスクがある事だけは、しっかりと2人に、明言しておいた。
ヒューッッ
「それでいい。次に例のあいつについてだが、貴族間では権力が絶対だ。それを、覆すには『決闘』しかないだろう……。そして、それができるのは、この中で『ディア』しかいない」
突如、強風が音を立てて、あたし達の周囲を吹き荒れた後、ジークが『ハルデア皇大使殿下』の解決策をあたし達へ伝える。
「………………ジーク様、私も『光魔法』を扱えます!!私は光魔法の腕に自信があります。だから、私がディア様の代わりに戦います!!」
「『光の聖女』、貴様では残念ながら、役不足だな。あの『ナルシスト野郎』が執着を抱いているのは、この中だと『ディア』だけだ」
アルセラがあたしの前に出て戦う事を宣言しているが、あたしもジークと同じ意見だ。
『サイコパス王子』の目的は不明だが、ジークの言う通り、『決闘』の舞台へ上がれるのは、このメンバーならあたしだけだと思う。
「「じゃあ、『決闘』はダメですッッ」」
あたしが『ハルデア皇大使殿下』との『決闘』について考えてると、シンリーとアルセラが同時に大きな声で、ジークの提案を拒絶した。
「えっと、アルセラ?シンリー?」
「旦那様に王子様と『決闘』で負けたら、ディアお嬢様を失う可能性があると聞きました!!」
「ディア様、私はそんな未来が来る可能性が少しでもあるならば、『決闘』なんて嫌です!!!」
アルセラとシンリーが目元に涙を滲ませながら、大きな声と共に、あたしが『ハルデア皇大使殿下』との『決闘』へ挑戦する事を止めてきた。
ーーーー
ちなみに、シンリー達の言う『決闘』とは、本来、権力では敵わない『バッドエンド確定の悪役令嬢』、つまり、『ディア•ベルンルック』を倒すためだけに用意された『イベント』である。
当たり前だが、『決闘』は魔法が使える者ならば、誰でも行使可能であり、基本的には、特別休暇を終えた秋以降に利用されるのがセオリーだ。
そんな『セブンス学園』の『決闘』では、挑む者と挑まれた者の賭ける内容に関して、双方の合意の宣誓と教師の立ち会いで成立する。
しかし、この世界の『貴族』の関係性を見ていると、『決闘』を断れば、『逃げた』と見做される可能性が高い。つまり、『王族』以外は『決闘』を正面から断る事は難しいだろう。
もちろん、あたしの相手は『ハルデア皇大使殿下』であり、彼が『セブンス王国』の『王族』である以上、必ずしも成立するわけではない。
しかし、新たに仲間になってくれたジークの援護があれば、『サイコパス王子』を決闘の舞台に引き摺り込める可能性は高いだろう。
あたしは、目を瞑り、目の前に用意された『負けイベント』に手を伸ばすか、どうかを考える。
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「ディア、わたくしは戦うべきだと思いますわ。わたくしはディアの優しさが勘違いされたままの現状に、ちっとも、納得がいきませんの!!」
あたしが目を伏せて考えていると、沈黙を破ったのはサラだった。彼女のくれた優しい言葉にあたしは、こくりと頷いて返事をしようとした。
その直後の事だ。
「ディア、私は脳の成長が足りない分、魔法の才能に長けていると信じてるぞ」
え?あれ??
ここって普通、あたしとサラの友情を育む重要なターンじゃない??どうしてくれるの!?
あたしがサラへ感謝を伝えようとした直前で、目の前の『毒舌馬鹿王子』の余計な一言により、雰囲気がぶち壊しの状態となった。そのため、あたしは、適当に、縦に頷いておく。
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『Lv50
名前:ディア・ベルンルック
称号:3年以内に85%死亡/父親泣かせ/ベルンルック領の次期女傑/ヒロインルート/主人公闇愛
HP:3500
MP:8000
扱える闇魔法:ダークフレイム(大)、ダークヒール(大)、ダークシールド(中)、ダークセイバー(中)、ダークガードロス(小)、ダークアタックロス(小)、デストロイダークハンマー(小)
通り名: 小麦叩きの公爵令嬢
引きこもり令嬢
感謝の令嬢
皇太子殿下の恨みを抱かれる令嬢
3枚卸の公爵令嬢
正義の悪役令嬢
料理人の公爵令嬢
ヘタレの公爵令嬢
大号泣の公爵令嬢
狙われた公爵令嬢
馬に愛され公爵令嬢 』
彼等に頷いた後、あたしは、『ハルデア皇大使殿下』と『決闘』する事になった時を考えて、自分のステータスを確認する事にした。
正直、あたしがプレイしていた『セブン⭐︎プリンセス』の通りに進んでいるならば、今の段階の『ハルデア皇大使殿下』であれば、余裕で勝てるほどのステータスのはずだ。
もちろん、この世界が『セブン⭐︎プリンセス』とまんま同じと言う保証はない。でも、同時にあたしの積み重ねた努力が負ける気もしなかった。
だからこそ、『ハルデア皇大使殿下』と『決闘』へ挑む事へ、前向きに考える。
ーーーーー
「ジーク様もサラ様も、ディアお嬢様を失っていいんですか??旦那様は強いって仰ってました」
「恋愛脳のお花畑よ、そりゃそうだ。なにせ、セブンス王家の中でも随一の火属性魔法使い、あの歳で『紅蓮の王子』と呼ばれているのだからな」
「それが分かってるのであれば、なぜ、ディア様をそんな相手に…!!」
「「私はディアならば、必ず勝つと信じている(ますわ)」」
あたしが自分の現状と『ハルデア皇大使殿下』のステータスの差について、分析している合間に、シンリー達の話が進んでいたため、一度、分析を中止して、彼女達の話へ集中する。
話を聞いた限り、あたしを失う事を恐れて、全力で守ろうとするシンリー、アルセラ側とあたしが『ハルデア皇大使殿下』に勝利すると信じているサラとジークで対立が深まっているようだ。
そんな4人の姿を見ていたら、あたしの頬に、無意識のうちに人肌程度の温かい雫が伝う。
その後、あたしが目を伏せると、この世界で歩んできた『感謝の公爵令嬢』としての幾多の記憶が、あたしの脳内の映像として、浮かびあがる。
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あたしは、『セブン⭐︎プリンセス』の『バッドエンド確定の悪役令嬢』に転生した『ディア•ベルンルック』、最後には1人で死ぬはずだった。
それなのに、今、あたしを守ろうと、目の前で言い争う4人の声が聞こえる。
ううん、違う。彼らだけじゃない。
あたしの家族も、ロンやアースも、『イースト村』も『ウェスト村』も『ノース村』も『サウス村』も、誰もがあたしを想ってくれている。
ねぇ、あたしが『ディア•ベルンルック』になる前の『あたし』がいるなら、教えて欲しい。
これが、『理不尽』を貪るのではなく、あたしが真逆の『感謝』を育んできた結果なんだよ。
———そうね…。悪くない気分だわ。
ふと、あたしの心のどこからか、分からないまでも、穏やかな口調で聞こえた気がした。
もちろん、これはあたしの幻聴かもしれないが、その言葉に満足して、あたしは目を開いた。
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「ディア、お前が決めろ……『ブレイン』は私だが、この派閥の『リーダー』はお前だ。ちなみに、それ以外は対等な『ペット』だ」
「ジーク様の言う通りですわね。『決闘』をするかしないかはディアが決めることですわ」
目を開けたあたしが、シンリー達の方を見ると、どうやら、先ほどまでの言い争いは一旦落ち着いたようで、結果、『ハルデア皇大使殿下』との決闘はあたしに委ねられる事となったらしい。
「ディアお嬢様……」
「ディア様…」
シンリーとアルセラはあたしの方に心配そうな表情で見つめてきた。そんなシンリー達の頭を撫でると、彼女達は辛そうな表情をする。
きっと、シンリーとアルセラには、あたしの出す答えが分かっているのかもしれない。
「すーっ…はーっ…、あたしは、『ハルデア皇大使殿下』と決闘に挑む!!」
深呼吸をした後、あたしはみんなの前で大きな声と共に『決闘』を宣言する。そうすると、アルセラとシンリーはあたしの方へ抱きつき、ジークやサラがいる前なのに、声をあげて泣き始めた。
「恋愛脳のお花畑共よ、お前達が好きになった人を信じてやるのも、愛だぞ」
「きっと、ディアも泣いてる顔より笑顔の方が喜ぶと思いますわ。ウィス、行きますわよ」
ジークとサラとウィスはあたし達に気を遣ったのだろうか、珍しくシンリー達を勇気づけた後、『魔法演習場』へと、先に向かっていった。
ーーーーー
「アルセラ、シンリー、あたしの事を気遣ってくれてありがとうね」
あたしは涙を流すシンリーとアルセラを肩に寄せて、2人を抱き寄せる。
「私やアルセラ様は今でも…十分幸せです……それなのに……なんで、戦うんですか」
「シンリー様のいう通りです……ディア様が危険を犯す必要なんて………………」
アルセラとシンリーが声を途切れ途切れにさせながら、あたしに想いを伝える。もちろん、あたし自身もシンリーの言う通り、今が幸せだ。
そして、アルセラの言う通り、わざわざ危険を犯す必要もない。でも、視察した時に、気づいたんだ。あたしは『バッドエンド確定』の『運命』から抗うのではなく、逃げていただけだった。
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「きっと、今、あたしが戦わなかったら、周りのみんなが『魔王の生まれ変わり』の仲間だと思われ、その噂が学園外にまで、広がってしまう…」
だから、あたしはシンリー達と視線を合わせて、自分の考えを伝える。
「ベルンルック領の優しい皆様は、ディア様の噂を聞いても、誰も気にしません!!」
「そうですよ!!ディアお嬢様が、責任を背負い続ける理由なんてありません!!」
アルセラとシンリーの言葉を聞いて、視察の時に言ってくれた村長達の言葉が脳内で蘇る。
あの時、誰もがあたしのためならば、『命を賭けて戦う』と口にしていた。
きっと、シンリーやアルセラの言う通り、あたしの噂が『セブンス王国』の全土に流れても、ベルンルック領のみんなだけは味方でいてくれる。
でも、それはあたしも同じ、あたしもみんなを守るために、『命を賭けて戦いたい』。
ヒューッッ
再び、強風が吹き荒れる屋上で、あたしはシンリー達と距離を置くために後退する。
「ディアお嬢様……?」
「ディア様……?」
「ねぇ、シンリー、アルセラ、あたしが好きなら、あたしの勝利を信じてくれないかな?」
あたしの距離を取る行動に、シンリー達が不安そうな表情を浮かべながら、あたしの名前を呼ぶ中、彼女達に残酷な事を告げた。
「ディアお嬢様………それは、反則です」
「ディア様、そんなこと言われたら、止められるはずがありません……」
「2人の想いを利用してごめんね。でも、あたしはもう、戦う事から、逃げたくないのっ!!」
あたしは、彼女達のあたしに対する想いを説得するために利用したのだ。
その直後、再び、目に涙を滲ませるシンリーとアルセラに対して、お辞儀をして謝罪する。
「「今、絶対に勝つと約束してください…」」
「必ず、あたしは勝つ!!だから、シンリーとアルセラには、『ディア•ベルンルック』が運命に抗い、勝利する瞬間を見届けて欲しいの……!!」
あたしは勝利宣言をした後、アルセラとシンリーに近づき跪いて、言葉と共に両手を差し出す。
「「はい、待ってます」」
アルセラとシンリーはあたしの言葉に返答した後、あたしの手と重ねる。
そして、そのまま、あたし達は『決闘の舞台』となると『魔法演習場』へと向かう事となった。




