ベルンルック派閥
ジークフリートから提案されたものの、もちろん、あたしは『派閥』なんかに興味はない。だから、彼の提案を拒もうとした。
「いいや。道化師は私の誘いを断れないだろう?ただでさえ、手を焼いている現状だ」
当のジークフリートは、あたしが口に出そうとした寸前で、あたしの痛い所を容赦なく、突いてきた。そう、彼の指摘通り、あたしが想定すべき最悪な事態とは『サイコパス王子』と『毒舌のツンデレ王子』の共闘である。
つまり、頭の切れるジークフリートがあたしの『派閥』へ入ってくれるならば、それは望ましいことは間違いない。
しかし、ジークフリートの目的が明らかになるまでは、あたしと彼で手を組むことは不可能だ。
「何が目的?」
「………そうだな。まず、私はあの『ナルシスト野郎』が気に食わないだけだ」
あたしは彼の言葉を聞いた瞬間、『セブン⭐︎プリンセス』で『ジークフリート』と『ハルデア皇大使殿下』が、数々の場面で言い合い喧嘩をしていたシーンが脳内に蘇ってきた。
実際、『ジークフリート』は頭がキレる代わりに、思った事を口に出す毒舌系、『ハルデア皇大使殿下』は自分に酔った演出をして、周囲を操ろうとするサイコパス系である。2人の関係を身近な物で例えるなら、水と油のような間柄だ。
「『サイコパス王子』が嫌いなのはあたしも一緒、でも、それだけなの??」
「ふっ、『サイコパス王子』か。いい呼び名だ。無論、道化師、お前も私の狙いだ」
「ディアお嬢様を狙って……!?」
「私のディア様に何をしようと……」
相性が合わない事は分かってるが、それだけで、『ジークフリート』が動くだろうか?と考え、彼に質問すると彼はあたしを名指しした。
その瞬間、アルセラとシンリーが彼に敵意どころか、殺意をむき出しにしている。
「恋愛脳のお花畑共よ、私は別に道化師を異性としてみていない。ただ、道化師の周りが全員、心から慕っている。その秘訣が気になったからだ」
「だ、誰が恋愛脳のお花畑ですって!!ディアお嬢様、この男はダメです!!」
「わ、私が敬愛するディア様を心から愛する、それの何がいけないんですかっっ!!今すぐ、30文字以内にまとめて、言ってください!!」
アルセラとシンリーがジークフリートの言葉へ、顔を真っ赤にしながら、抗議している。
「騒がしいな。んまぁ、最後に『ベルンルック公爵家』が、セブンス王国の『反王家側』として、認定されているという点もある」
どうやらアルセラとシンリーの抗議はジークフリートの一言で一蹴される事となり、彼女達はジークフリートの周囲で悪態を吐いている。
ただ、あたしはそんなシンリー達よりもジークフリートの『反王家側』という発言が気になった。
「『反王家側』??どういうことかしら??」
「道化師、アレとの『婚姻』を破棄したらしいじゃないか。それは良い判断だ。でも、あれでも、この国の王子だ。分かるだろう??」
ジークフリートの言葉を聞いて、ディブロお父様が、『それと、既に当家は……』と言い掛けてやめた過去が頭に思い浮かびあがる。
それと同時に、あたしが『ハルデア皇大使殿下』の婚約を断った時以降、暫くの間、ディブロお父様が忙しそうにしていた。
つまり、あの時、忙しそうにしていたのは、あたしが『ハルデア皇大使殿下』の婚約を断った事による王家の報復対策だったのかもしれない。
「安心しろ。『反王家側』と認定しつつも、『セブンス王国』には『ベルンルック公爵家』と正面からやり合う度胸がないはずだ」
一先ず、ジークフリートの言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
ただ、あたしからすれば『婚約破棄』が『反王家側』に認定されるとは許し難い事案である。
「そういえば、ベルンルック家って強いの??」
「そりゃ、もちろん…。他貴族と交流なしで自立している経済力や兵力、全て含めてな」
ジークフリートの言う通り、ベルンルック家は他の貴族と交流しないで済んでいるし、兵力に関しては、分からないが、兵達の『忠誠心』に関してならば、他の貴族よりも高い自信がある。
だからこそ、ジークフリートの言葉に、説得力があり、あたしは彼の言葉に頷く。
「ゴホンッ、その、ディア、勘違いしないでちょうだい!!わたくしはそう言ったベルンルック家の権力が目当てで近づいたんじゃないわよ!!」
「サラ、安心して?わかってるからね」
あたしがジークフリートの言葉に頷くと、サラがあたしに近づき、大きな声であたしへ主張した。もちろん、彼女がそんな事するはずないと、あたしは理解しているため、笑顔で彼女へ頷く。
「ちなみに私はそれも目当てだ」
「あんたねぇ…」
「でも、何より、道化師の前なら私が素を出せる。それが私にとって、居心地がいい」
あたしはジークフリートの言葉を聞いた瞬間、前世の『セブン⭐︎プリンセス』内における彼の『攻略ルート』のシーンを思い出す。
ちなみに、ジークフリートの突入の契機は『セブンス学園の特別休暇前等に行われる魔法試験をトップの成績』で取得する事からスタートする。
ただ、実際にジークフリートがアルセラへ惹かれたのは、安心感だった。辺境伯というかなり高位な社会を持つ家系でも、上には上がいて、その場合、彼は偽りの自分を演じなければならない。
だから、そんな事を感じさせない貴族ではない、平民のアルセラに彼は惹かれていったのだ。
今となって、この情報があたしの脳内で蘇ったのかまでは分からないけれど、あたしはジークフリートの言葉を聞いて、彼と組む事を決意した。
「『派閥』ね…。いいよ。でも、条件があるからそれを守ってくれるならいい」
「条件だと??」
あたしの『条件』と言う言葉に対して、ジークフリートは目を細める。
正直、彼がどこまで深読みして考えているのか、不明だが、あたしにとっては大事なことだ。
「ええ。まずはあたしのことを『ディア』って呼びなさい。あたしは『ジーク』って呼ぶわ」
「な、なんだと…??道化師のくせに、なんてハードルの高い試練を与えてくるのだ!!」
ジークフリートの毒舌に関して、訂正しておきたい。彼の感情を逆撫でするリアクションと毒舌の発言は、あたしの中でイラッとを超えて、最早、殺意に近い感情を芽生えさせようとした。
ただ、それでも、あたしは、彼の頭脳を欲しいと思い、殺意の感情を自分の中で押さえ込む。
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「ゴホンッ、だから、『ベルンルック』派閥では『セブンス王国』の貴族階級を持ち込まない。つまり、サラもあたしもジークも対等な関係!!」
なんとか自分の感情を押さえ込む事に成功したあたしは、咳払いの後、話の続きをした。
当たり前だが、あたしは、上下関係なんて興味はない。実際、シンリーやアルセラがいい例だ。
更に付け加えれば、あたしは、シンリーと大喧嘩までしたことがある。
でも、あたしにとって、それが自然で最も心地いい場所なのだ。だから、ジークがあたしと手を組みたいならば、彼には、なんとしてでも、あたしが掲示した条件を飲んでもらう必要があった。
「………いいだろう。その条件を呑もう」
「それじゃ、これより、わたくし達の結成した『ベルンルック公爵派閥』の完成ですわ!!!」
サラの言葉に、あたしとジークはそれぞれに顔を見合わせて、お互いに頷きあう。
「ほら、手を出して」
「……握手か」
「ディア、わたくしはいい案だと思いますわ」
「あの、そろそろいいですか??ディア様、私の存在を忘れていませんか…??」
ジークとサラで集まり、派閥結成の握手をしようとした時だった。あたしの背後から低い声で、あたしの名前を呼ぶ声が聞こえたため、振り返ると、瞳の色をなくしたアルセラが立っている。
「えっと、その、アルセラの事を忘れていたわけじゃないの。こ、これは家同士の繋がりで……」
「それならばよかったです!!てっきり。ディア様が私の存在を忘れたのかと勘違いしました!!」
ジークとサラの話に集中してしまい、アルセラの事を一時的に『セブンス学園のクラスメイト』だと忘れてしまっていた。しかし、目の前にいるアルセラへ、それを言うのはまずい。だから、あたしは必死で、誤魔化す事に専念した。
その結果、アルセラの瞳に光が戻り、正気に戻った彼女を見て、あたしは胸を撫で下ろす。
「ちなみに、忘れていた場合は…」
「さぁ……その時の楽しみです」
念の為、あたしが正直に忘れていたと回答した場合の事が気になって、アルセラに尋ねてみる。
そうすると、瞳の色をなくしたアルセラが再び登場して、あたしに微笑みながら話す。
その瞬間、アルセラの質問に対して、正直に、答えなかった自分を心の中で、褒め続ける。
「ディアも苦労してるのね…」
「まぁ…そのなんだ…励む事だ」
あたしが心の中で自分を褒め続けていると、アルセラとあたしのやりとりを見ていたであろうジークとサラがあたしの近くへ移動してきた。
そして、彼等があたしの肩に手を添えると同時に、謎の同情と激励もらう。
まるで、他人事のように接してきたサラとジークに対して、どうにか、あたしの面倒事へ彼等を巻き込んでやろうかと、計画を練ろうとする。
しかし、いい案が思い浮かばず、あたしは、雲ひとつない青空を呆然と見上げる事となった。
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そんなこんなで、曖昧な形になってしまったが、『セブンス学園』内の新たな派閥として、『ベルンルック派閥』が誕生した。




