『悪役令嬢』vs『サイコパス王子』
(セブンス学園に入るまでの簡易あらすじ)
ディアお嬢様はベルンルック領の村を気分転換に視察し、各村の村長から思わぬ協力を得た。
ーーーーー
「ディアお嬢様、おはようございます」
「天使…?」
「もうっ!!」
まずはいつものように起こしてくれたシンリーへ抱きつき、甘えるまでが朝のセットである。
ちなみに、この世界へ来てから通算65回目のやりとりだ。
「じー……」
「もちろん、アルセラにもね」
シンリーの後は、アルセラにも、抱きついてシンリーと同じように甘える。最初は抵抗感はあったが、人間の慣れとは不思議な物だ。
『自分は朝に弱いから甘えるのも仕方ない』と思い込むと素直に受け入れてしまった。
パタンッ
「………………じー」
そして、最後に同じ部屋で暮らすようになってから、忙しいはずのパタリーシェフが直々に、あたし達の部屋まで、朝食を呼びにくるようになった。当然、彼女にも抱きついて甘える。
「そう言えば、昨日は迷惑をかけちゃったね…」
正直なことを言えば、サウス村から旅立つあたりから、記憶が曖昧だった。恐らく、あたしがベルンルックの屋敷に帰れて、ベッドに寝れていたのはシンリー達のおかげだろう。
「いいえ。ディアお嬢様、それほどまでに疲れていたんだと思います」
「ディア様、私達にも相談してください!!」
「…………………僕も力になる」
「みんな、本当にありがとうね…!!」
あたしが迷惑かけたはずなのに、何も文句を言わず、むしろ、笑顔で温かい言葉をくれるシンリー達に感謝をした後、彼女達へ抱きついた。
「ディアお嬢様、このままでは理性が……」
「シンリー様、分かります。こんな事されると私だけのディア様に染め上げたくなります」
「……………………絶対にさせない」
「ええ。そんな暴挙を見逃すはずがありません」
3人が何やら、あたしに聞こえないような小さな声でヒソヒソと話しているが、関係ない。
『ノース村のスピーチ』や『サウス村の握手会』で疲れ果てていたあたしが、こうして、楽になったのは、シンリー達が甘やかしてくれたからだ。
「……………………ディアお嬢様、このままじゃ、朝食冷めるし、遅刻する」
「そうだった!!パタリーシェフありがとう!!」
パタリーシェフの言葉にハッとしたあたしは、シンリー達と共に2Fの方へ降りて行く。
ーーーーー
2Fの食事場へ降りると、あたし達の朝食を準備している当家のメイド達とシェフがいた。つい昨日まで、ディブロお父様とステラお母様と過ごしてたゆえに、少し寂しく感じる。
「…………………僕も食べる」
「パタリーシェフ、いつもありがとう」
そんなあたしの想いを知ってか知らずかは分からないけれど、パタリーシェフもあたし達の朝食に加わることとなった。
ちなみに、今日の朝食は、卵とベーコンを挟んだマフィンがメインであり、サラダやスクランブルエッグ、ウィンナーとオニオンスープがサイドメニューとして、彩りよく並べられていた。
「ちなみにパタリーシェフは何を作ったの?」
「……………僕はマフィンを作った」
「ふふっ、じゃあ、それから食べるね?」
「…………………揶揄うのダメ」
別に、パタリーシェフを揶揄ったつもりはなかったが、彼女は頬を赤く染めた後、あたしから意図的に視線を逸らす。
とりあえず、あたしは急いでいた事情も相まって、そんなパタリーシェフの様子に首を傾げながら、メインのマフィンを口へ運ぶ。
「ディアお嬢様って無意識ですからね…」
「パタリー様の気持ちがわかります…」
そして、なぜかシンリーとアルセラはパタリーシェフの方へ同情していた。
あたしにはよく分からない状況だけれども、『セブンス学園』へ出発する時間が押してる事もあり、今は朝食のみに集中することにした。
ーーーー
「………………ディアお嬢様、今日のお弁当」
「わぁ…!!いつもありがとう」
朝食を食べ終えた後、パタリーシェフがいつものようにあたし達へお弁当を渡してくれる。
彼女から笑顔で受け取った後、シンリーに預かってもらい、あたし達は2Fのドレスアップルームへ移動することとなった。
ーーーーー
「今日は、黒色のドレスにしてみましょう」
「え?珍しいね?」
「ディアお嬢様が他のクラスメイトを巻き込まないようにしたいと言ってましたので…」
「シンリー、いつもありがとう」
シンリーとしてはもっと明るいドレスの色色をチョイスしたかったのかもしれない。
しかし、彼女はあたしの意向を汲んで、黒色にしてくれたらしい。
そんなシンリーの桜色のふわふわな髪を撫でつつ、あたしは彼女に感謝を伝える。
ちなみに、アルセラの方を見ると、彼女は既に準備万端の様子だった。
「ディア様、急いでるのでしょう?」
「アルセラも、ありがとう!!」
どうやら、アルセラもあたしのことを気遣ってくれたらしい。あたしは周囲の人間に恵まれていることは感謝をした。その後、シンリー達と共に、ベルンルックの屋敷を出ることとなる。
ーーーー
あたし達が、ベルンルックの屋敷を出ると、いつものような、分かりやすい場所へロンが馬車を移動させてくれていた。
そのため、まずは、いつもの日課として『ホープ』と『サクセス』の方へ移動して挨拶をする。
次に彼らの首や頭、タテガミなどを撫でて触り心地を堪能した後、あたし達はロンとアースが待つ馬車へ乗りこんだ。
ーーーー
ガララララ…
「『ロン』、『アース』、いつも護衛してくれてありがとう。それとギリギリになってごめんね」
「ディアお嬢様、気にしなくていい」
「あはははは、そうだねー」
その後、走っている馬車内で『ロン』と『アース』にも、感謝を伝える。
ーーー
「ディアお嬢様、着いたぜ…ってなんだ?今日は特に、他の生徒から見られてるな」
「あははは!!ロン、気にしないでいこー!!」
『ロン』と『アース』に『セブンス学園』の校門付近まで、送ってもらい降ろしてもらう。
「見て、『魔王の生まれ変わり』よ」
「早く捕まればいいのに…」
「しっ…相手は『公爵家』だ」
「『ハルデア皇太子殿下』を信じよう」
相変わらず、あたし達の悪名は広まるばかりであるが、気にせず、あたし達は『本校』へ入り『1-A教室』へ足を踏み入れた。
ーーー
バタンッ
「ご機嫌よう」
いつものように、シンリーに『1-A教室』の扉を開けてもらい、教室へ足を踏み入れる。その後、あたしは同じクラスメイトへ挨拶をした。
当然、返事は返ってこない。
そう思っていた時だった。
「ご機嫌よう。『感謝の公爵令嬢』様」
あたしは耳を疑い、声のした方向へ振り返る。
そうすると、マンドール子爵嬢があたしに向かって挨拶をしていた。そんな彼女へ向かって、ダメだと言わんばかりに、あたしは首を横に振る。
しかし、あたしの事が眼中にないのか、マンドール子爵嬢はあたしと視線を合わさない。
ゴトォォォッッ
マンドール子爵嬢をどうしようかと悩んでいた矢先、『1-A教室』に大きな鈍い音が鳴り響く。
音のした先の方へ視線を向けると、ハルデア皇太子殿下が机を叩いた音だった。
そして、肝心の音を立てた張本人の『ハルデア皇大使殿下』は、不愉快そうな表情を作りながら、マンドール子爵嬢を睨みつけている。
しかし、それも束の間、すぐに薄っぺらい笑みを作りつつ、『ハルデア皇太子殿下』は『マンドール子爵嬢』の席へとゆっくり近づこうとした。
だから、あたしは彼等の真ん中へ割り込んで『ハルデア皇太子殿下』の前に立ち塞がる。
「おや『ベルンルック公爵嬢』、僕はマンドール子爵嬢と楽しいお話があるんだ。今は君の相手ができない。そこを退いてくれないかい?」
本当は、あたしに『サイコパス王子』とやりあえるほどの度胸なんてない。
だから、あたしは、自分が好き放題言われるだけで済むならば、と思い、ストレスを感じながらも、極力、彼と戦うことを避けてきた。
でも、『マンドール子爵嬢』を、あたしにとって守りたい人を、見捨てれるはずがないっ…!!
そもそも、彼女はあたしに挨拶を、誰からも無視されたあたしの挨拶に返しただけだ。
それなのに、なぜそんな『ハルデア皇大使殿下』の『自分勝手な都合』で『理不尽』を受けなければならないのだろうか?
きっと、『理不尽の権化』と呼ばれた『悪役令嬢』の『ディア•ベルンルック』の存在は、今、この時のためにある。
さぁ、あたしの心を救った『マンドール子爵嬢』へ恩を返す時だっっっ!!
「おーほっほっほっ、お断りさせて頂きますわ」
「へぇ…雰囲気が変わったね……。いや、『以前』に戻ったと言うべきかい??それよりも、この『王族』である僕に『楯突く』気かい??」
周囲のクラスメイト達があたしの変貌っぷりに驚いたのか、困惑していた。しかし、『ハルデア皇太子殿下』はあたしに動じない。
一方で、あたしの方は、『ディア•ベルンルック』になりきっているはずなのに、目の前の『サイコパス王子』から、地肌にひしひしと感じる圧力に屈しそうになるのを我慢する。
ーーーー
『『ベルンルック公爵様』、『セブンス王国』と戦争じゃな?わしらは喜んで力を貸すのじゃ』
イースト村の村長:ゾル村長
『最後に、『ベルンルック領の女神様』、伝え忘れておった。わたしゃら、『ウェスト』村もあなた様のためならば、戦う準備ができてるかえ』
ウェスト村の村長:リア村長
『他の村でも聞いたかもしれないが、『ノース村』も、ディアお嬢様のためなら喜んで、力を貸すんだがな??あ、そう言えば、受け取ってもらいたいものがあるんだ。ちょっと来てくれ』
ノース村の村長:ラスタ村長
『最後に『ベルンルックの女神』様、『サウス村』もあなた様のためならば、力になります。これから、私はベルンルック公爵様に相談がありますので終わるまでリラックスしてください』
サウス村の村長:アイリー村長
ーーー
『ハルデア皇太子殿下』の言葉を耐えていると、ふと、あたしの脳内で、『ベルンルック領』の各村長の言葉が鮮明に、思い浮かんだ。
それと同時に、各村長の言葉があたしの掛け替えのない力となって、あたしの背中を前に進めと、見えない手で押してくれる。
「おーほっほっほっ、本当にいいのかしら?わたくしはマンドール子爵嬢を、わたくしの大事な『友達』を守るためならば、戦争も辞さないわ」
「それは、困るね。たかだか『子爵家の令嬢』風情に『セブンス王国』の『3大公爵家』の『ベルンルック公爵家』と戦争は割に合わない」
あたしは村長達の言葉へ感謝をしながら、目の前の『サイコパス王子』に戦争をちらつかせる。
そうすると、あたしが『戦争』を引き合いに出すと思わなかったのだろうか、それまで笑顔だった彼の表情が一瞬だけ変貌した。しかし、すぐさま、切り替えていつものような笑顔を浮かべる。
『ハルデア皇太子殿下』はあたしの言葉を聞いて納得したのか、マンドール子爵嬢の方へ背を向け、自分の席の方へとゆっくり戻っていった。
ーーーー
パチンッ
「わたくしとベルンルック公爵嬢が大事な友達……ってあいたたた……」
「ベルンルック公爵嬢様、サラお嬢様に、もっとお灸を添えてください!!!」
嬉しそうにあたしを見つめながら、呟くマンドール子爵嬢へ、あたしはデコピンをする。
すぐ、後ろに控えていたウィスさんから怒られるかな?とも思ったが、彼はどうやら、あたし以上に怒っていたらしい。
挙げ句の果てに彼の立場上、マンドール子爵嬢をキツく叱る事ができないのか、更なるお灸を添えるよう、あたしに頼んできた。
「バカッ!!」
「し、失礼ね!!バカじゃないわっ!!それに言ったはずよ。わたくしはあきらめないってね」
あたしは彼女の言葉を聞いて、ため息を吐く。そして、ウィスさんの方をみると、彼も左右に首を振り、お手上げの様子だった。
どうしたものかと迷いながら、あたしは、額に手を抑えながら、自分の席の方へと戻る。
ーーーー
「それではぁぁぁ今日の魔法の講義は…………」
少し経った頃、ヒュートン先生がいつものように、『1-Aの教室』へ入り、静かに午前の魔法の座学を行い始めた。
当然、ヒュートン先生の座学中も陰口は続く事となった。ただ、今までと異なる点は、今日の陰口の内容は、『あたし達の陰口』ではなく、『マンドール子爵嬢に向けた陰口』である。
つまり、『ハルデア皇太子殿下』は正面から『マンドール子爵嬢』を潰す事を諦めただけで、別の角度から潰そうと彼女へ襲いかかった。




