『握手会』『決闘のリスク』
ガララララ…
「パタリー様、ディアお嬢様を返してください!!そろそろ我慢の限界です!!」
「そうです!!パタリー様だけ、ディア様を誘惑するのは卑怯だと思います!!」
ノース村からサウス村へ行く道中、揺れる馬車の中で、シンリーととアルセラが大きな声でパタリーシェフへ抗議をしている。
「……………………やだ。僕は学園いけない」
基本的にパタリーシェフはベルンルック家のシェフのため、外出や休みが取れないことが多い。
だから、あたしとしても、普段、多忙なパタリーシェフを優先にしたいと考えている。
「そ、それとこれとは別件です!!」
「それに『セブンス学園』は魔法を学ぶ学校です。イチャイチャなんてできません!!」
今回のシンリーとアルセラはパタリーシェフに引く気がないらしい。
「……………………ディアお嬢様、本当?」
シンリーとアルセラに信頼がないのか、あたしの頭に、顎を軽く乗せ、あたしを抱きしめながら、パタリーシェフが尋ねてくる。
「うーん……確かに、無いと思う。そもそも、そんな余裕もなかったような…………あっ」
あたしの頭の中に、『間接キス』が過ぎってしまい、言葉が途切れてしまう。
「………………………続きを」
「い、いや、あれは特になんでもなかったの」
当然、そんなあたしの失言をパタリーシェフが見逃すはずがなく、話の続きを促す。しかし、あの『間接キス』はあたしの黒歴史の1つでもあるため、あまり言いたくない。
だから、パタリーシェフを誤魔化そうとした。
「……………………スイーツ」
「シンリーとアルセラに揶揄われたため、あたしは2人と間接キスしました」
しかし、『スイーツ』が関われば、話は別のため、パタリーシェフへ本当のことを話した。
「……………………シンリーとアルセラ、当面の間、スイーツ禁止」
「ディアお嬢様の裏切り者ぉぉぉ!!!」
「ディア様ぁぁ!?」
アルセラとシンリーが泣きそうな表情をしながら、大きな声と共にあたしの方を見つめてくる。
「パタリー様、聞いてください!!ディアお嬢様から、『間接キス』を仕掛けてきたんです!!」
「パタリー様、私達からじゃないんです……」
「パ、パタリーシェフ、聞いて!?それは、2人から煽られたからなの!!ね?分かるでしょう??」
「……………………ゴホンッッ、僕が判決を言い渡す。3人とも、当分、スイーツなし」
最終的に、あたし達はパタリーシェフから『スイーツなし』の罰を喰らう事となる。
その結果、サウス村へ馬車が到着するまで、悲しみに打ちひしがれることとなった。
ーーーーー
サウス村へ到着した後、ロンとアースに馬車の見守りを頼んで、あたし達は先頭にいるディブロお父様達と合流をする。
そして、暫く経った頃に慌てた様子のアイリー村長と護衛の方があたし達の前へ駆けつけた。
「ようこそおいでくださいました。ベルンルック公爵様と夫人様、そして『ベルンルックの女神』様の御一行、中へどうぞ」
「アイリー村長まであたしをその呼び方で…」
当然のように『ベルンルックの女神』様と呼ばれて、あたしは肩を落とす。
「『ベルンルックの女神』様のおかげで『サウス村』も黒字が増え、村にも活気が戻りました!!私達にとっては、感謝してもしきれません…!!」
「確かに、報告書の数字をみても、以前よりも、
右肩上がりになりつつあるからね。上昇が起きたのも、ディアの視察後だよ」
アイリー村長の言葉とディブロお父様の言葉にあたしは、言葉が出ずに。苦笑いを浮かべる。
「とりあえず、中へお入りください」
あたしはアイリー村長の言葉に縦にこくりと頷いて、サウス村へ入ることとなった。
ーーーー
「こ、こんなに人が……」
アイリー村長へ着いていき、移動する途中で、サウス村の人達がずらりと、縦1列の長い列を作って、並んでいた。
「ベルンルックの女神様よ…!!」
「ベルンルックの女神様ぁぁ!!」
「本当に来てくれた!!」
列に並んでいたサウス村の人達が、あたし達がサウス村に入ったことを気づいたのだろうか、温かい声を掛けてくれる。
「この列が不思議ですか?」
「ええ…」
「この列は『ベルンルックの女神』様と以前のように、握手と話を希望する人達の列なんです」
「………………え?アイリー村長、まさか」
冷や汗が頬に伝い、嫌な予感が脳を過った。そして、恐る恐る、アイリー村長を見ると、彼女はあたしの視線から露骨に避けようとする。
あたしはそんな彼女の様子を見て。まんまと策略にハマったことを悟り、次の行動に切り替えて、どうしようかと悩む。
幸運なことに、ノース村が想定より早く終わることとなったので、時間的に考えれば、余裕はある方だろう。どうしようかと悩んだ末に、あたしはディブロお父様を見る。
「ディア、私達は気にしないよ。それに、ベルンルック家を継ぐなら悪くないことさ」
「どうか、短時間でも良いのでお願いいたします!!お、お詫びと言ってはなんですが、新鮮なぶどうとぶどうジュースもございます…!!」
ディブロお父様の言葉に納得していると、続けてアイリー村長が涙目で、あたしに懇願した。
「アイリー村長、あたし達は明日から『セブンス学園』なので、夜までに帰ります。それまでの間でしたら、お付き合いさせていただきます」
あたしはアイリー村長の言葉に縦にこくりと頷き、サウス村の握手会が始まることとなった。
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「ベルンルックの女神様、覚えてますかな?以前、主人の愚痴を聞いてもらったアンネです」
「あー!!あれからどうなりましたか??」
「実は、ベルンルックの女神様のように、じっくりと話し合った結果、解決したんだわさ!!!」
「お力になれたようでよかったです!!これからもよろしくお願いします!!」
1人目はアンネさん、以前、訪れた際にサウス村で夫婦仲が悪いとお聞きしたマダムである。今日は、あたしにお礼を言いにきたようで、彼女と握手をした後、あたしは手を振って対応する。
「ベルンルックの女神様、覚えてるかい?あたいだよ。ライムさ。前回は、真っ先にあたいの他愛のない話を聞いてくれてありがとうねぇ」
「いいえ。あたしはライムさんがトップバッターで良かったと思います。こちらこそ、いつもありがとうございます」
「本当にベルンルックの女神様のためなら、あたい達がいつでも力になるからね!!」
2人目はライムさんでどうやら、サウス村であたしが真っ先に話しかけた女性だった。そして、アンネさんと同様に、握手を交わした後、彼女に手を振って見送りの対応をする。
それからも同じように、サウス村の方々から、基本的に感謝の言葉ばかりを告げられて、同じように握手をした後、あたしが手を振って見送るというのを何度も何度も行うこととにった。
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「それでは、気をつけてお戻りください。ありがとうございました!!」
あたしは最後のサウス村の人へ手を振り、完全に姿が見えなくなるまで、お辞儀をし続ける。
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「はー、やっと終わった……くたくただよ…」
最後のサウス村の人を見送った後、あたしは大きな声で叫ぶ。なぜなら、休憩なしのノンストップで行った結果、身体がへとへとなのだ。
そのため、帰ることをディブロお父様達へ伝えようとすると、アイリー村長があたしの方へ近づいてきた。
「『ベルンルックの女神』様、まだ夕陽が落ちるまで時間がございます。よければ、ぶどうジュースとぶどうを試食していただけませんか??」
「待ってましたっ!!」
最初は帰ろうと思っていたあたしだったが、アイリー村長の提案を聞き、手のひらを返す。
「最後に『ベルンルックの女神』様、『サウス村』もあなた様のためならば、力になります。これから、私はベルンルック公爵様に相談がありますので終わるまでリラックスしてください」
そして、最後にアイリー村長からも、例の言葉を言われて、どう返事しようかと頭を悩ませる。
返事をしようと思って、周囲を確認すると彼女は一方的にあたしへ伝えた後、ディブロお父様がいる方へ移動していた。
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「ディアお嬢様、お疲れ様でした」
「ディア様、みんなに感謝されてましたね」
「…………………今度は僕達がディアを癒す」
現在、あたしはディブロお父様とアイリー村長が話し合いの間、ぶどうを堪能しつつ、パタリーシェフの膝の上に乗り、シンリーに肩を揉まれ、アルセラから足のマッサージをされている。
「ディアちゃん、顔が蕩けてるわよ…」
「本当に、ディアお嬢様って無茶な要求でもこんな風に答えるくらい、優しいからな…」
「あははは!!だから、僕達がいなきゃねー」
そんなあたしの姿を見て、ステラお母様とロンとアースは各々の感想を述べているようだ。
最終的に、あたしはディブロお父様達の話し合いが終わるまで、この状態が続くこととなった。
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「ディア、遅くなってすまないって……って私がいない間にどうしたんだい!?」
「でぶろおひょーしゃまぁ……」
シンリー達の癒しのおかげで、蓄積された極度の疲労と緊張が緩和した。
ただ、そのせいか、いつもよりも呂律が回らずに、視界がぐるぐる回って1点に定まらない。
「旦那様、ディアお嬢様は『セブンス学園』に通われてから、2日間、常に極度の緊張状態でした。特に『ハルデア皇大使殿下』と波風を立てないように細心の注意を払っておりました」
「そうだったんだね。ずっと張り詰めていたら、こうなるのも当然か…。当家としては、『婚約破棄』の時点で気遣う意味もないんだけどね……」
シンリーとディブロお父様の声が微かに聞こえるが、今は注意深く聞く気になれなかった。
「あの、ディブロ公爵様、『ハルデア皇大使殿下』の横暴を止める手段はないでしょうか??」
「『セブンス学園』には、魔法を使える者同士が行える『決闘』があるよ。主に、『下級貴族』が『上級貴族』の横暴を止めるために『賭け』を行い、両者の合意で行うことができるが………」
アルセラが必死そうな表情をして、ディブロお父様が、そんな彼女に真剣な表情てわ答えているが、今のフラフラ気味なあたしの状態では、2人の話す内容が理解できそうにない。
「………………もしかして、強い?」
「ああ…。何せ、『王族』だ。『王族』は『貴族』よりも厳しい教育を受けている。ディアも『闇魔法』を扱えるみたいだが、もし、彼に挑んで負ければ『ディア』自体を失うリスクがある」
ディブロお父様が真剣な表情で何かを言い、シンリー達が口元を両手で抑えている。
「旦那様、お言葉ですが、いくらなんでも…」
「『王族』は『貴族』と違って『外の目』を気にする必要がないのさ。だから、王族を『決闘』に引き摺り込むには、相応の材料が必要なんだよ」
シンリーがディブロお父様に抗議を示し、辛そうな表情をした彼がシンリーに説明している。
「だから、ディアお嬢様は……」
「ディアちゃんは親の贔屓目なしに賢いわ…」
「ああ、ディアの賢さなら『決闘』も知っているはずだ。きっと、ディアの考えがあるのだろう」
ディブロお父様が呟いた後、急にあたしの方へ視線が集まる。
最初は何が起きたの?と思ったが、ぼやける視界の中、微かに映ったあたしの視界には、みんなの辛そうな表情だった。
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「肝心なディアがこの調子だし帰るとしようか」
「あたひもかえひゅー……!!」
なんとなく聞こえてきたディブロお父様の帰宅の提案に、あたしは同意する。
「…………僕がディアお嬢様を馬車まで背負う」
「くっ………パタリー様が適任なのは認めますが、納得はできません」
「ええ。私だって背負えるはずです!!」
あたしが同意した直後、パタリーシェフ達が内容不明のまま、言い争いを始めだした。
「じゃ…間を取って俺が背負うってのは…」
「「「……………は?」」」
「あははは、ロンと僕は、馬車の準備をしてきますので、どうかお構いなくー」
途中でロンが頬を赤らめながら、3人に何かを提案していたが、すごく睨まれていた。
そんなロンをアースが笑いながら、引きずり、ひと足先にどこかへ移動をしている。
最終的に、あたしはパタリーシェフにおんぶされて、馬車へ乗り込んだ。そして、そのまま、ベルンルックの屋敷へ帰ることとなった。




