『チョロイン』と『母性』
夕陽が沈みゆく中、『本校』を出て、あたし達は『セブンス学園』の校門付近へ移動する。
「「ヒッヒッヒーン」」
そうすると、『ホープ』と『サクセス』の姿が見えてきた。そのため、あたし達が彼等に近づこうとしたら、『ホープ』と『サクセス』の方が先に、あたし達が声をかけるより鳴いた。
「『サクセス』、『ホープ』遅れてごめんね。心配かけちゃったね」
「「ブルルルッ……」」
その後、あたしが彼等の首筋を撫でながら謝ると、気にするなと言わんばかりに、首を横へ軽く揺らした後、鼻を鳴らす。
「『サクセス』様、『ホープ』様、ありがとうございます。これからも私達をお願いしますね?」
「「ヒヒーン」」
あたしが彼等に笑顔で頷いた後、アルセラも彼等に感謝をして、同じように撫でていた。
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「ディアお嬢様、言い訳から聞こうか」
「あははは!!いつもより遅いから心配したよー」
あたし達が『ホープ』と『サクセス』を撫で終え、馬車の方に乗り込むとロンは静かにキレており、アースは笑顔で迎え入れてくれた。
「ロン、アース、遅くなってごめんなさい!!その、いつもあたし達のためにありがとう!!」
正直、ロンの言ってるように、今回の遅れた背景の『言い訳』はある。ただ、どんな理由があれど、2人を遅くまで待たせたのは、紛れもない事実のため、あたしは謝罪と感謝を伝える。
「全く、ディアお嬢様に謝罪と感謝されて仕舞えば、責めることもできねぇな」
「あははは、ずっとディアお嬢様が戻るまで、心配してた癖にー」
「ちょっ……ばっ!!」
ロンが、小さく笑いながら、諦めたように言った事に対して、アースがそんな彼を揶揄う。揶揄われたロンは、顔を真っ赤にして怒っていた。
「ロン、その様子だとまだディアお嬢様を諦めてなかったのですね。諦めなさい」
「ロン様、ディア様のことは私達にお任せてください。必ず幸せにします」
「グファッッッッ………お、俺はまだ……」
相変わらず、ロンがシンリーとアルセラに虐められているようで、呻き声をあげている。
「え?諦めるって何の話??」
あたしはそんなロンの様子を首を傾げていると、その場にいたロン以外のみんなからため息を吐かれることとなった。
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「でも、ディアお嬢様が元に戻って良かったぜ」
「え?」
「あははは!!ロンの言う通りだねー」
「ロンとアースにしては、よくがんばりました」
あたしはロンの言葉に聞き返すと、アースやシンリーも彼に同調している。
「ふふっ、そうですね。ディア様は必死に落ち込んでるのを隠してるつもりでも、私達からすれば、すぐに分かるんですよ」
あたしはこの馬車へ訪れる前に、シンリーからハンカチをもらって涙を拭ってから合流した。
それなのに、ロンやアースにあたしが落ち込んでいる事がバレている……??
「ディアお嬢様、きっと『ホープ』と『サクセス』にもバレていますよ」
「ええ、今日は私よりディア様の方ばかり気にかけてましたからね」
そういえば、さっきの『ホープ』と『サクセス』は先に鳴いたり、気にするなと鼻を鳴らしたり等、やけに甘えるなとは思っていた。
『そんな、泣きそうな表情で突き放すような言葉を言われても、納得できないわよ!!!!わたくしは絶対に、あきらめないわ!!』
あたしの脳裏に思い浮かんだのは、マンドール子爵嬢の言葉、あの時もあたしの心が彼女にバレバレだったのかもしれないと思うと、途端に体温の急上昇を感じて恥ずかしくなる。
「あ、あの、みんなに教えて欲しいの。そんなにあたしって分かりやすい……?」
「「ヒヒーン」」
馬車にいた全員が同時に、こくりと頷いた。それだけではなく、ベルンルックの屋敷へ走っている『ホープ』と『サクセス』まで、『そうだ』と言わんばかりに大きな声で鳴いた。
「ディアお嬢様、だから、私達は大好きです」
「あー、シンリー様、ずるいです。私もディア様のことが大好きですからね!!」
挙げ句の果てに、あたしを褒め殺すかのように、シンリーとアルセラがあたしを取り合って言い争いを始め出す。その瞬間、恥ずかしさがオーバーヒートしたあたしは、ベルンルックの屋敷に到着するまで顔を両手で塞ぎ続けていた。
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「「「「ディアお嬢様、親衛隊の皆様、アルセラ様、お帰りなさいませ」」」」
あたしが恥ずかしさに悶えていると、いつの間にか、あたし達の馬車は『ベルンルック』の屋敷に到着していたらしい。
あたし達が降りる前の時点から、当家のメイド達が大きな声であたし達を出迎えてくれる。
「ディアお嬢様、このまま、降りなければ、『私が』お姫様抱っこをして降りる事になります」
「シンリー様のような親衛隊の隊長様にそんな事をさせるわけにはいきません。『私が』、ディア様をお姫様抱っこをさせていただきます」
そして、あたしが身体をこのまま硬直させていたせいか、シンリーが『お姫様抱っこ』を提案して、そんな彼女へアルセラが抗議している。
「も、もう…これ以上、恥をかかせないでっっ!!ちゃんと、降りるから、あたしの手を握って」
「ディアお嬢様がそう望むならば仕方ありません。ここは引き分けです」
「シンリー様の言う通りしです。ここは一時休戦と行きましょう」
あたしの言葉を聞いたシンリー達が頷き、あたしと手を繋ぎながら、馬車から降りて、ベルンルックの屋敷へ戻ることとなった。
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「3人とも、おかえり」
「ディアちゃん、アルセラ、シンリーおかえり」
ベルンルックの屋敷に戻ると、心配そうな表情をしたディブロお父様とステラお母様があたし達の帰りを待っていた。そして、2人は、あたし達が帰ってきた事を知ると、すぐにいつものような笑顔を浮かべ、あたし達に声をかけてくれる。
「ディブロお父様、ステラお母様、遅くなり申し訳ございません。ただいま戻りました」
「ディアの帰りが昨日より、遅かったから心配したたんだよ。でも、戻ってきて良かったよ」
「ディアちゃん、心配させないでちょうだい」
あたしはディブロお父様達へ報告しながら、彼等の居る場所へ移動する。
そうすると、途中でステラお母様が、あたしの方へ走ってきて抱きしめてきた。
「ステラお母様………ううん。ママ」
あたしはステラお母様の胸の中の居心地が良くて、無意識に小さな声で甘えてしまう。
前世で孤独だった家族のピースをこの世界の家族で埋めようとしてしまった。咄嗟に出た自分の弱さに、首を横に振って、拒絶する。
「ディアちゃん、恥ずかしがる必要はないわ」
ステラお母様は自分の弱さを全力で隠そうとしたあたしを優しく見つめ、暖かい言葉で包みながら、あたしの髪を撫でてくれた。
「奥方様に比べれば、私達はまだまだですね…」
「母性、包容力、つまり、母の偉大な力です。ディア様が心底、安心しきっています」
シンリーとアルセラが何かを言っているが、今のあたしには内容までは聞こえなかった。
あたしにとってステラお母様の胸の中が、落ち着く場所らしい。だから、ディブロお父様が2Fの食事場へ移動しようと提案するまで、あたしは、ステラお母様に抱きついたままでいた。
結局、しばらく経った後、あたし達は2Fの食事場の方へ移動することとなる。
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「………………ディアお嬢様、紅茶とクッキー」
「わざわざパタリーシェフが直々にあたしの給仕に来る必要はないのに……」
2Fへ移動すると、メイドに任せればいい雑務なのに、パタリーシェフがあたしの席へ、直接、紅茶とクッキーを運んできてくれる。
「…………………ディアお嬢様の料理面の担当は僕、ただでさえ僕は不利、これは譲らない」
「んー、あたしには、有利とか不利とか分かんないけど、パタリーシェフが淹れてくれる紅茶は美味しいから大好きだよ!!」
「…………………ディアお嬢様の女垂らし」
パタリーシェフを褒めたはずだった。それなのに、耳まで真っ赤にした彼女から、『女垂らし』と言われて、あたしはテーブルへ顔を突っ伏す。
「…………………ディアお嬢様?」
「は、はひぃ!?」
顔を突っ伏しているあたしはパタリーシェフに呼ばれて、すぐに彼女の方へ顔を上げる。
「…………………でも、ありがとう。僕も好き」
「う、うん」
さっきのように、また何か言われるのかなと思っていたら、パタリーシェフは笑顔であたしへお礼を伝えてきた。そんな彼女のギャップの差にあたしは、つい、見惚れてしまった。
ガチャンッ
「ディアお嬢様、ちょろすぎます…パタリー様の見え見えの作戦に引っかからないでください!!」
「ディア様はチョロインですから、少しのギャップ程度で見惚れないでください!!」
「………………………師匠の直伝だったのに」
チ、チョロイ!?
こ、このあたしが!?
あたしがパタリーシェフに見惚れていると、シンリーとアルセラが説教をしてきた。
挙げ句の果てに、あたしのことを『チョロイン』とまで言っている。
あんな高度な恋愛レベルのギャップを意図的に出せるはずがないと思って、パタリーシェフを見ると、悔しそうな表情をしていた。
パタリーシェフの表情を見て、意図的だったことを察したあたしは、再び、顔を突っ伏す。
「あ、あたしはちょろくないっっ!!」
「ディアお嬢様はチョロインです!!」
「ディア様、チョロ可愛いです!!」
「……………………チョロくて天使!!」
あたしがシンリー達へ大きな声で宣言すると、ものの見事に3人から『チョロイン』と認定される事となり、3人を涙目で睨みながら、パタリーシェフのお手製クッキーを食べ続ける。
もちろん、パタリーシェフのクッキーは、サクッとした食感と共に口の中で広がるバター濃厚な香とレモンの香が広がり、とても美味しかった。
ちなみにディブロお父様とステラお母様はそんなあたしの様子を楽しそうに見守っている。
「ゴホンッ、ディア、昨日の今日だ。今日も『セブンス学園』の話を聞かせてもらうとしよう」
あたしがクッキーを食べ終えて満足していると、ディブロお父様が話を切り出した。




