サウス村
「ようこそ!!ベルンルック公爵様、長い旅路の中、おいでくださりました。サウス村の村長、アイリーと申します。よろしくお願い致します」
アイリーと名乗ったシンリーより少し年上の橙色の髪をおさげにした若い女の子と護衛の男達があたし達に挨拶をしてくれる。
「……サウス村の村長はルクスのはずだったが、代替わりかい?」
「ええ。父は少し前に病で亡くなりました。ベルンルック公爵様、ご報告が遅れて、大変申し訳ございません」
「私の方こそ、不躾な質問だった。ルクスはいい仕事をしてくれたよ。どうか、自分の父親を誇って欲しい」
アイリー村長はディブロお父様の言葉を聞いて、目に涙を浮かべながら、感謝をしていた。
アイリー村長の護衛の男達も、ディブロお父様へ頭を下げて、感謝の姿勢を示している。
そんな人達を見て、あたしのような部外者が同情するのは失礼だと思い、彼女達が落ち着くのを静かに見守ることにした。
「ところで、あなた様が『感謝の公爵令嬢』の『ディアお嬢様』ですね?あなた様に関する伝説の噂は私も耳にしていますよ」
「ち、ちなみに、どういう噂なのかな?」
先程までディブロお父様の言葉を聞いて、涙を滲ませていたはずのアイリーが、いつの間にかあたしの前へ来ていた。そして、そのまま笑顔であたしの両手を握り、挨拶をしてくる。
それは構わないが、彼女の発した『伝説の噂』と言うワードに嫌な予感が過ぎるため、そのままストレートに彼女へ質問をした。
「あなた様は万物に感謝を忘れず、村民の手本となり、彼らのやる気を底上げ、あなた様が訪れた後の村では幸せが訪れると聞いております。そのため、私はこの時を待ち望んでいました!!」
基本的に、噂に尾鰭はひれは付き物だ。しかし、現実とのギャップがありすぎる。
そもそも、『イースト村』と『ウェスト村』を手伝ったのはあたしの興味本位だし、『ノース村』は何もできなかったから料理をしただけだ。
最後の幸せが訪れるなんてもっての外である。絶対、誰かが脚色したに違いない!!しかし、アイリー村長のキラキラとした輝く視線を向けられてしまい、真っ向から全否定するのは難しい。
だから、噂を修正をしていくことにした。
「ゴホンッ、アイリー村長、噂を否定するわけではありませんが、修正をする必要があります」
あたしの発した『修正』に対して、アイリー村長の表情に陰りが生じたが、噂を鵜呑みにされてはあたしもサウス村の人達も困ると思った。
「いいえ。ディアお嬢様の噂はあってます」
「シンリー隊長のいう通り、あってるな」
「あははは、あってるよー」
え?
今、なんて?
ギギギ…と後ろの方を振り返ると、あたしを護衛するのが職務の親衛隊からあたしの背中に目掛けて、一斉攻撃が放たれていた。
「やっぱり、噂は本当だったんですね!!」
そして、目の前には、再び輝きを取り戻したアイリー村長の笑顔がある。
「ゴホンッ、ここで立ち話もあれだから、サウス村の中へ入れてくれるだろうか?」
「ベルンルック公爵様、これは失礼致しました。どうぞ、中へお入りください」
結局、ディブロお父様の提案により、あたし達はディブロお父様の後にサウス村へ入ることとなった。
しかし、あたしの頭の中では『噂の修正方法』でいっぱいだった。
ーーーーー
「それでは、私はベルンルック公爵様とお話がありますので…『感謝の公爵令嬢』様はご自由に見学していってください」
その言葉を残すと、アイリー村長とディブロお父様達とは別行動となった。
どうしようかなぁと悩みながら、サウス村を見渡すとブドウ畑が広がっていた。そして、右端の方に加工する工場と思しき巨大な建物がある。
あたし達はそのまま立ち止まって、サウス村の人達の動きを観察しているとブドウの収穫は女性で、ワインへ加工しているのは男性のようだ。
「ディアお嬢様、今日は何するんですか?」
「今日は『感謝』だけする。あたしが何かを手伝うと『変な誤解』を生んでしまうって分かったの。だから、あたしが戻るまで、親衛隊はこの辺りで自由にしててちょうだい!!」
シンリーが目を輝かせながら、あたしへ質問をする。しかし、あたしからしてみれば、変な噂を流されるのは懲り懲りで勘弁願いたい。
そのため、あたしは原点に戻り、村の1人1人へ感謝を伝える方針に変更した。
「ご、ご機嫌よう」
まず、あたしはブドウ畑をしている女性の元へ移動して話しかけていく。
「『感謝の公爵令嬢』様だねぇ?あたいなんかに話してくれるのかい?」
「ええ。もし、あたしが邪魔だったら、言ってくださいね!!あ、あと、この収穫したブドウはお姉さんのバケットへ入れておきます」
これはお姉さんの時間を頂いてるほんの少しの手伝いで、いつもの作業とは異なる…!!と自分に言い聞かせながら、彼女を手伝う。
「邪魔なんてある訳ないよぉ。貴族様なんて平民に話しかけてくれないし、こうやって喋りながら手伝ってくれる。まるで、夢のようだよ」
「い、いえ、いつもありがとうございます。この後のお仕事も頑張ってください」
そして、話終えた後、付近で作業する女性の方へ移動して、同じように話しかける。
つまり、あたしが考えたプランは約200名程が作業している人に1人ずつ話しかけて、あたしの
感謝を伝えること、そうすれば、『感謝の公爵令嬢』にまつわる変な噂は薄まると考えたのだ。
もちろん、彼等のブドウの収穫やワインの製造の手伝いもするが、今回は、あくまでコミュニケーションがメインである。これ以上の変な噂が広まれば、『セブンス学園』で目立ってしまう。
あたしの目標は『ディア•ベルンルック』が抱える『バッドエンド確定』ルートの死亡率を下げ、できるだけ目立たないようにする事だ。
目標達成のためには、『アルセラ』と攻略対象との接触を絶対に避けることはマストである。
だから、『サウス村』では、普段の視察の行動とは異なる行動をした。
ーーーーー
「ディア、帰ろうか」
「ディブロお父様、戻りましょう」
あたしが最後の1人とちょうど話し切ったタイミングでディブロお父様から声が掛かった。そのため、彼の提案を受け入れて戻ろうとした。
「『感謝の公爵令嬢』様、お待ちください。やはり、あの噂は本当だったんですね!!」
そんなバカな…!?そう思い、あたしは追いかけてきたアイリー村長の声の方向へ振り返る。
「え…今回、あたしはサウス村の人達とお喋りしながら感謝を伝えただけですよ…」
「『感謝の公爵令嬢様』、惚けても無駄です!!私の父が病気で亡くなった時からサウス村はどこか活気が欠けていました」
前村長が病気で死ねば、村全体の活気が一時的に、欠けることくらいはあるだろうと思いつつ、とりあえず、アイリー村長の言葉を縦に頷く。
「しかし、あなた様はサウス村の問題を見抜き、他の村とは異なる1人1人に向き合ったやり方をした。そのおかげ村は再び、活気に満ちました」
「…………おっふ」
サウス村の視察でも民達へ感謝の心を一度も忘れていない。しかし、今回はあたしの噂を解消するための打算もあった。それが、まさか、真逆に働いてしまうなんて、想定外である。
あたしの想定していたプランと異なる反応で、思わず、心の中の本音が声に漏れてしまった。
「まさか、ディアお嬢様は、私が事情を話すことなく、この村の抱える課題を解決してしまう。正しく『感謝の公爵令嬢』です」
「………そ、その」
今のあたしが置かれている状況をボクシングで例えるなら、相手のストレートをガード無しにボディで受け続けているようなものである。
まさか、噂を解消するどころか悪化させてしまうこととなるとは……と思い、肩を落とす。
「私もサウス村のみんなと共に成長していきます。必ず、またいらしてください!!」
「は、はい…」
結局、手遅れだと判断したあたしは、肩を落としながら諦め、サウス村の門の付近までアイリー村長と護衛達に見送ってもらうこととなった。
その後、シンリー達とも合流を果たし、そのままディブロお父様の馬車で移動する事となる。




