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メイドは公爵令嬢に恋をした(シンリー視点)

「今日から、ベルンルック公爵家のメイド見習いとして、皆様と共に働かせていただくこととなりました。シンリーと申します。不束者ですが、皆様よろしくお願い致します」


 覚束ない自己紹介と共に、私は9歳で『ベルンルック公爵家』の『メイド見習い』になった。約25名の先輩達は私より全員歳上で、私の自己紹介に対しても、冷ややかな視線を向けている。


「カトレア先輩、洗濯終わりました!!」

「んじゃ、次は掃除をやっておいて」


 通常、『メイド見習い』は家事全般やディブロ公爵様の見送りと出迎え等を行う事が多い。だから、私も冷ややかな視線を受けつつ、先輩達の指示されたことへ、素直に従ってきた。


ーーーーー


「シンリー、喜びなさい。あなたには『ディアお嬢様』の担当を任せるわ」

「え?エカテリーナ先輩、嘘ですよね?」

「何?文句あるの?」


 そして、メイドになってから3ヶ月が経過したある日、私はエカテリーナ先輩に『ディアお嬢様』の担当をさせられることとなった。


『ベルンルック家』の『理不尽の化身』と悪名高い『ディアお嬢様』の担当なんて、嫌がらせ以外の何者でもない。しかし、刃向かえば、直接的な嫌がらせにもつながるかもしれない。


「わ、わかりました…」

「ええ。理解が早くて助かるわ。早速、『ディアお嬢様』に挨拶へ行きなさい」


 エカテリーナ先輩の指示で私は4Fにある『ディアお嬢様』の部屋へ挨拶に行くこととなった。


ーーーー


「は、初めましてシンリーと申します。私が『ディアお嬢様』の主な担当となりました」

「おーほっほっほっ、そうなんですの?まっ、どちらでも構いませんわ。あ、それより、わたくしはチーズケーキを食べたいですの」

「か、かしこまりました!!」


 急いで挨拶と共にお辞儀をした後、2Fにいるシェフ達へディアお嬢様の要望を伝えて、『チーズケーキ』を用意してもらい、4Fの『ディアお嬢様の部屋』へ運んでいく。


「ディアお嬢様、遅れて申し訳ございません。チーズケーキをお持ちしました」

「おーほっほっほっ、遅すぎまして?今のわたくしはマフィンが欲しいですわ」

「は、はい!!」


 そして、マフィンを持っていっても、『遅い』と怒られ、違うスイーツを所望され、地獄のような繰り返しとなった。


 そんな事を過ごしていると、2Fのシェフ達からも苦情が巻き起こる。当然、シェフ達には、私が頭を下げ続ける。


 最終的には、文句を言いつつ、私の運んだスイーツを食べ過ぎて飽きたのだろうか、ディアお嬢様から、『もう、結構です』の一言で私の地獄は終わりを迎えることとなった。


ーーーー


「シンリー、私達の部屋も掃除しておきなさい」

「エカテリーナ先輩、私はちょっと…」

「何?」

「………いいえ」


 挙げ句の果てに『ディアお嬢様』の相手をしてクタクタの体に、私をよく思わない先輩達の指示が襲いかかる。


 暫くの間、そんな彼女達の日常生活のサポートもこなさなければならないという地獄の日々が続くこととなった。


「もう辞めたい……」


 疲弊し切った私は、自分の部屋の中で何度も弱音を吐き続けた。


ーーーー


 そんなある日、ディアお嬢様の誕生日パーティーが開催されることとなった。こういうおめでたい日だけ、私は裏方作業に回される。


 所謂、パーティー会場にいる参加者へ食事の補充やワインの補充だ。基本的に、全員参加可能らしいが、そういった補充だけは、メイドがしなければならず、私は『補充』の筆頭担当だった。


 ちょうど、ワインがなくなっていることに気がついた私が補充のために動いてる時だった。


 すべっ………


 目の前にはベルンルック公爵家の人達がいるのに、私は足を滑らせてしまったのだ。


 ガッシャーン……ビチャッ


 目を開けると、私が持ち運んでいたワインの大半をディアお嬢様に浴びせてしまっていた。


「ひ、ひぃ!?た、た、大変申し訳なく…ど、どうかディアお嬢様、い、命だけは…」

「ディア、大丈夫かい?急ぎこの者を牢へ」

「だ、旦那様、どうかそれだけは…」


 そして、私は自分の犯した事実に気づいて真っ真っ先に脳裏へ過ったのは『死』であり、『死』を避けるべくした謝罪と命乞いの行動だった。


「ディブロお父様、ここはあたしにおまかせを」

「お?おおっ…」


 このまま牢へ連れて行かれるんだと強く目を瞑った時に、現れたのは『理不尽の権化』で私が担当させられていた『ディアお嬢様』だった。


「あなた名前は?」

「シ、シ、シンリーと申します」


 この緊迫した場面で、『ディアお嬢様』に改めて名前を聞かれてしまい、恐怖による極度の緊張からか、想定以上に噛んでしまう。


 こんな事ならば、ディブロ公爵様に大人しく牢へ連れて行かれるべきだったと後悔する、

 

 しかし、次にディアお嬢様に発させられた言葉は私の想定と全く異なる言葉だった。


「そう…シンリー、怪我はなかった?」

「え?ええ」

「あなたのおかげで目が覚めましたの。どうか、あたしだけのメイドになりませんか?」

「「「「「ええええええええええええ」」」」」


 これが私と『理不尽の権化』ではない私が心底愛している『ディアお嬢様』との出会いだった。


ーーーー


 その日を境に私はディアお嬢様の専属メイドとしてディブロ公爵様から許しを経て、ディアお嬢様と隣り合わせの日々を送り続けた。

 

「ディアお嬢様様、おはようございます」

「天使……?」


 私が起こすと、ディアお嬢様は目を擦りながら、私に『天使?』と尋ねる。そして、天使じゃなくて、私だと気づけば、私へ抱きついてくる。


 私の瞳には『理不尽の権化』と恐れられたディアお嬢様はもういなくて、ただの金髪碧眼の小柄で笑顔が素敵な甘えてくる美少女だった。


 しかし、それも時間が経過するたびに、様々な『ディアお嬢様』へ変化していくこととなる。


ーーー


 護衛兵はもちろん、馬車を引く馬にでさえディアお嬢様は感謝をする。


 イースト村では『ベルンルック公爵令嬢』なのに、領民達と『脱穀作業』を嬉々として行う。


 ウェスト村では『ベルンルック公爵令嬢』なのに『3枚卸』で信頼されなくて、力にならない事に私の方は泣きついた。


 挙げ句の果てに、私なんかのために、以前のような『理不尽の権化』と恐れられた『ディアお嬢様』に戻った振りをして、先輩達から私を助けてくれる。


 そんな日々を送っていると私の中で『ご主人様』であるはずなのに、以前までのギャップも相まって、今のディアお嬢様がこの世の誰よりも愛おしく感じてしまう。


 そして、とうとう私の理性が爆発した時が訪れることとなった。


ーーー


「ディアお嬢様、ごめんなさい」

「シンリー、どうしたの?」

「私が怪我をしなければ…」


 ディアお嬢様が私の負った傷跡で看病した時だった。彼女は魔法の鍛錬を励まれていたのに、私の傷跡が足手纏いになり、鍛錬は中止となる。


「痕が消えなかったら、どうしよう」

「ディアお嬢様、気にしないでください」

「もし、傷跡が治らなかった未来があったとして、あたしが一生面倒見るから結婚しよう………なんていったら、シンリーはどうする?」


 傷跡が消えなくても、私にとって『ディアお嬢様』の成長を見守り続ける事ができる。それが私にとっての1番の幸せのはずだった。


 ただ、その想いはディアお嬢様の『結婚』と言う言葉を聞いて全てが覆ることとなる。


 ドクッドクッドクッドクッドクッドクッ


 自分の胸に手を当てなくても聞こえてくるような心臓の鼓動の速さに加えて、ディアお嬢様自身が自分の言った言葉の意味に気づく顔の紅潮を見てると、胸の高鳴りが止まってくれない。


「きっと、そんな提案を聞けたら、ディアお嬢様を押し倒して襲っちゃうと思います……」


 だから、私は胸に手を当てながら、自分の中で『ディアお嬢様は仕えるべきご主人様』と認識した上で、自分に警告をする。


 私達は主従関係であり、それ以前に女同士だ。


 きっとディアお嬢様と私の抱いてる想いの意味は異なるだろう。


 だから、ディアお嬢様は断ってくれるだろう、そう思っていた。


「そ、そっか…。あたしはシンリーが相手なら別に襲われても…」

「本当ですか?」

「きゃっ…」


 ディアお嬢様の言葉を聞いた瞬間、私の理性のタカが外れた。そして、同時に押し倒した。


「シンリーならいいよ………」

「後悔しても知りませんから……」


 怖がる様子もなく、目を瞑ったディアお嬢様の姿を見て、私の理性は完全に無くなった。


 何処ぞの馬の骨に私が愛している『ディアお嬢様』を取られるくらいなら、この時点で、私が『ディアお嬢様の全て』をもらおうと考えた。


 きっと、この時の私は、自分の本能に剥き出しのままだったと思う。


 結果から言えば、残念ながら、うまく事は進まなかった。


 しかし、この時に私は『ディアお嬢様』を敬愛すべき『ご主人様』としてではなく、恋愛の異性関係として『愛している』事を自覚した。


ーーーー


 現在、私の目の前には、『叙勲式』と『誕生日パーティーのやり直し』で疲れたのか、すやすやと寝息を立てて眠るディアお嬢様の姿がある。


 ディアお嬢様の寝顔を見たから、私はほんの少し昔の出来事を思い出していたのかもしれない。


 今の幸せを噛み締めつつ、私は愛おしいディアお嬢様の頬に口付けをする。


「いつか、私の恋が実りますように」


 そう呟いた後、私もディアお嬢様の隣で、改めて眠ることにした。


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