第8話 ザンガニ盗賊団 前編
冥界に戻ったサーティーンは、ルサールカとペコに地上で起こった出来事を淡々と報告した。
「そうか……あの町人、死んでしまったんだね」
「……ああ。死神が魂を連れて行った」
「いい人そうだったよね……」
ペコの言葉に、サーティーンは短く応じる。
「……そうだな」
それ以上、口を開くことはなかった。冥界に戻ってから、彼の表情はずっと険しいままだった。理由は自分でも分からない。ただ、なにかを――いや、自分の何かを奪われたような感覚が、内側から渦巻いていた。
そのころ地上では、夜の帳がサマル町を包み、町の少年――妹を誘拐された少年が、盗賊団のアジトへと足を踏み入れていた。妹を取り戻すため、無謀にも彼は単身で乗り込んだのだ。
だが。
「いい度胸してんな、坊主」
「妹を返せ!」
少年はすぐに取り押さえられ、盗賊たちの嘲笑と暴力の中に晒される。三人の盗賊が彼を蹴り、殴り、嘲る。
「俺たちはガキに興味ねぇが、買い手は別だ」
盗賊たちは盗品を売るだけではない。人身売買――それが、この盗賊団のもうひとつの本業だった。
「恨むんなら、昨日の高齢者と俺たちをコケにした、あのガキを恨むんだな。連帯責任ってやつだ」
「妹を返せ!」
少年の叫びは、返答の代わりに更なる暴力を呼んだ。
「坊主が何を喚こうが、俺たちには敵わねえんだよ!」
怒号とともに、盗賊の一人が少年の腹を蹴り飛ばす。少年は壁に叩きつけられ、その場に崩れ落ちた。
「おい、やっちまったんじゃねえか?」
「別にガキ一人いなくなったところで、あの町はなんにも言わねぇぞ」
「それもそうだな! ハーッハッハッハ」
「……くそ……力さえあれば……」
うめきながらも、少年は立ち上がろうとした。だが腹の痛みに耐えきれず、再び地面に崩れ落ちる。
「なんで……なんで、闇使は来ない……神様は……どこだよ……。こんな理不尽な世界……いっそ、『滅びてしまえ』……」
その叫びと絶望が、身体の奥底から迸った。胸ポケットからは一枚の紙がはらりと落ちる。七芒星が描かれた紙――かつて見知らぬ女性に渡されたものだ。
(本当に困った時に紙を持ち、願いを唱えなさい……)
言葉が頭をよぎる。少年は震える手で紙を握ろうとしたが、力が入らない。奥歯を噛み締め、心の中で渾身の願いを叫ぶ――
――「助けてくれ……力を……!」
その瞬間、口元から血がこぼれ落ち、紙の中心に滴る。少年の絶望と願いが、血とともに紙に刻まれたのだ。
七芒星が黒紫の光を放ち始め、床一面に光が広がる。巨大な魔法陣が描かれ、空気が震え、耳をつんざく低音が響く。
「な、なんだ……?」
少年を蹴り飛ばした盗賊が、異様な光景に目を見張った。
魔法陣の中心に、ひとりの少年の姿が浮かび上がる。
「……ひとりで乗り込むなど、無茶にもほどがあるな」
現れたのは少年。冷ややかな眼差しで、血に濡れうずくまる少年を見下ろす。サマル町でただひとり、声をかけてきた存在だった。
「……なんでお前が……」
少年は思わず顔をしかめる。
「なに格好つけたセリフ言ってんだよ……。渡された紙……切り札だと思って……期待して損したな……」
――紙の力に縋り、妹を救う希望を託したはずだった。
だが召喚されたのは、町で一度顔を合わせただけの、同い年ほどの少年。救いを待ち望んだ心は、絶望に似た落胆で押し潰されそうになる。
「……俺と契約する気はあるか?」
「契約……?」
「そうだ。契約すれば、妹を助けてやる」
(……どうせ、ダメだろう……)
失意に沈む想い。けれど、もう他に頼れるものなど残っていなかった。
「わかった……任せる」
「……契約成立だな」
その時、盗賊のひとりが怒鳴った。
「何をごちゃごちゃと……おい、お前!昨日の奴じゃねぇか。昨日の礼をさせてもらうぜ!ここに来たのが運の尽きだ!」
盗賊EとDが、サーティーンに向かって駆け出したその瞬間、二人の体は中から膨れ上がり爆散し、肉片となって四方に飛び散った。
静寂。
それを見た盗賊Aと少年は、言葉を失った。
「……なんだと……?」
「これは……夢……」
少年はその場で意識を手放し、気を失った。
「幻術か……? トリックに違いねぇ……」
「お前が町人Aから種を奪おうとし、そして町人Aをいたぶった張本人だな」
「あぁん? あぁ……! アイツが言うこと聞かなかったのが悪いんだ。サマル町にはな、そういう仕来たりがあるんだよ」
「……そうか」
サーティーンは指を鳴らし、盗賊Aの片耳を吹き飛ばした。
「ぐあっ、痛ぇ!何しやがる!」
「お前がいたぶった町人Aや、そこの少年と……同じ目に遭ってもらうか」
「ペコ……!」
「は、はい、主様。ご用でしょうか?」
「少年を運び、治療してやれ」
「かしこまりました」
ペコはサーティーンの背中から現れると、魔法で少年の体を浮かせ、冥界へと連れていった。
「ま、待て!話し合おうじゃないか!」
サーティーンは無言で、盗賊Aのもう片方の耳、両腕、両足を次々に吹き飛ばしていく。やがて、頭部と胴体だけが残された盗賊は、息も絶え絶えに口笛を吹いた。
仲間を呼ぶためだった。
程なくして、十人ほどの盗賊が現れ、サーティーンを取り囲む。
「これで終わりだ……殺れ!」
だが、命令と同時に――
駆けつけた盗賊たちは一斉に爆散し、黒炎に包まれ、肉片すら残らず灰と化した。
「は……? ちょ、待っ……」
最後に残った盗賊Aの頭部を、サーティーンが無慈悲に踏みつけ。黒炎を出し焼き払った。
「……愚か者が」
静寂が部屋を包む。灰となった盗賊たちから魂が宙に浮かび上がり、黒く光るサーティーンの右手に吸い込まれていく。
その瞳の奥には、怒りの炎の残り香がまだ揺れていたが、同時に、重く沈んでいた胸の奥底にぽつりと零れる安堵もあった。町人Aの仇を討った冷たい確信と、取り戻したわずかな平穏――静かなる怒りと、覚えた不快感の清算が、彼を微かに落ち着かせていた。




