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第6話 フラグ

 闇国側の人間を救い、神として崇められるために、サーティーンとペコは静かに下界へと降り立った。


 彼らが降り立ったのは、サマル町と呼ばれる辺境の小さな町の入り口付近。どこかくすんだ空気が支配するその場所で、少年の姿のサーティーンは、さっそく五人組の盗賊に絡まれたがなんなく撃退した。


 そして盗賊たちに絡まれていた高齢男性が、恐る恐る近づいてきた。


「……お、お若いの。お助けくださり、ありがとうございました……」


 男は町人Aと名乗った。年の頃は六十ほど。痩せこけた顔に深く刻まれた皺が、長年の苦労を物語っていた。


 やがて、彼の案内でふたりは町人Aの家へと招かれた。貧しくとも清潔に保たれたその家で、静かに湯を沸かし、粗末ながらも温かい茶が出された。


 湯呑を口に運ぶサーティーンは無言のまま味わい、ペコも静かに座って空気を読んでいた。  やがて町人Aは、溜め込んでいたものを吐き出すように語り始める。


「この町も、昔は平穏でした……。国の支配下にありながらも、争いなど縁のない土地で。けれど近年は盗賊団が現れ、今ではその影に怯えるばかりの毎日です」


 声に怒りはない。ただ、静かな諦めだけが染み込んでいた。


「本当に、ありがとうございました」


 そう言って、深く頭を下げる町人A。背中は骨のように細く、倒れてしまえば二度と立ち上がれぬのではと錯覚させるほど弱々しかった。


 サーティーンはその姿を見つめ、低く呟く。 「町の人間は、誰も助けに来なかったな」


 町人Aは苦しげに笑った。


「あれは……手を出せば、自分や家族が報復されるのです。財を奪われ、家を焼かれ、命すら……。だから、他人には関わらぬ。それが、この町で生き残る唯一の術なのです」


「だが、また奴らが来るのでは?」


「……一度目を付けられたら、覚悟を決めるしかありません。種さえ撒ければ、誰かが国から言われて育てる。私は……それで良いのです」


 遠くを見つめる町人Aの目は、諦めの奥に淡い光を宿していた。だがそれは、命の灯火が最後に放つ輝きのようでもあった。


 サーティーンは黙って立ち上がる。そのとき、町人Aは、ふと問いかけるように言った。


「お強い方のようですが、どうか盗賊団の頭目ザンガニにはお気をつけ下さい」


 町人Aは真剣な面持ちで続けた。


「あの者は、冒険者や傭兵でさえ恐れを成して見て見ぬふりをする、凄まじい力の持ち主です」


「……ザリガニか?」


「ザ・ン・ガ・ニ、でございます」


「なるほどな。心に留めておく」


 そう言い残し、サーティーンとペコは家を後にし、町を離れて再び冥界へと戻った。


 冥界の家では、執事のルカが恭しく出迎えた。


「お帰りなさいませ」


 その声にサーティーンはふと思い出したように訊ねた。


「ルカ……そういえば、ザリガニって知ってるか?」


「食べられますね、大きくなったら」


「ザリガニじゃなくてザンガニだよ、主様」


「……盗賊の親玉の話で、ザンガニっていうらしい」


 ルカは軽く首を傾げたのち、何かを思い出したように口を開いた。


「たしか、サマル町周辺を縄張りにしている盗賊団ですね。ムーカワ国の王、マルカスと密かに手を組み、国から町への補助金を強奪して山分けしている……とか、していないとか」


「ふん。俺は悪魔たちを掌握する以外に興味はないな……勝手にやらせておけ」


「ふふ、そうですね。そういえば……闇国中に、悪魔召喚の魔法陣を記した紙を撒いておきました。条件さえ満たされれば、願いを叶える契約が成立する可能性があります」


 サーティーンの眉がわずかに動く。


「悪魔召喚、か……」


 悪魔召喚とは、魔界や下界に住まう悪魔を呼び出す召喚魔法。召喚陣や詠唱、血や宝石などの供物を用い、悪魔と契約することで力を得たり使役する。

 上級な悪魔ほど、得られる力は強大になるが、召喚は困難で、身の丈に合わない願いをしたり、悪魔が召喚や契約に応じないなど、失敗すれば召喚者が命や魂を即座に奪われる危険もある。禁忌とされる魔術のひとつ。


「……悪魔も楽じゃないな。あちこちから呼ばれては」


「いえ、そう簡単に条件は揃いません。安易には呼ばれないでしょう」


 そのとき、空気がわずかにざわついた。ほんの一瞬。けれど、確かに何かが揺らいだ。


「……ん? まさか、俺……か?」


「さようでございます」とルカが微笑んだ。


 サーティーンの目が細くなる。


「まさか……あっちこっちから、俺を召喚するフラグを立てていたのか?」


「召喚条件を少し緩くするキャンペーン中にしておきました。サーティーン様を広く知っていただくために」


「おい、ふざけ……お前は時々、余計なことをする」


「サーティーン様、お前ではなく。そのような時は、ルサぴょんとお呼びください」


「……ルカで十分だ」


 その横で、ペコが小さく呟いた。

「……あの町人、無事だといいけど」


 その一言は、冥界の冷たい空気を震わせた。まるで予兆の鐘の音のように。


 ――サマル町の町人Aの家。

 その戸口には、すでに黒い影が忍び寄っていた。


 盗賊の影か、悪魔の手か。

 やがて訪れるのは、救済か破滅か。


 町人Aも、サマル町も、そしてサーティーン自身も。

 確かに、それぞれの運命に「旗」が立ったのだった。


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