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第60話 アゴルの勝利と再会

それは、一瞬だった。


 ジンビ王国軍の後方。

 鉄鎖に繋がれていた奴隷兵二千人が、何かに耐えかねたように、突如として崩れ落ちた。


 戦意を喪失した者、敵味方の区別なく刃を向ける者、

 そして、剣を捨ててその場に座り込む者――。


「後列、崩壊ッ! 奴隷兵が制御不能です!」


 ジンビ王国軍の指揮官が怒声を上げたが、すでに手遅れだった。


 奴隷兵たちは、もはや戦うことも、従うことも拒否していた。


 怒声、叫び、混乱。

 そしてその空白を、ミノタウロスの前衛が逃すはずがなかった。


「――突撃!」


 ガルマ王の雄叫びと共に、ミノタウロス重装突撃隊が後方へと突撃を開始する。


 重量級の角槍と斧が、ジンビ族前列から中列へと突き刺さる。

 その一撃一撃が、戦線の芯を外部から破壊していった。


 

「ナム様、後列が戦闘不能です。今なら……!」


「やるぞ。……矢、番え!」


 ナム率いるハイオーク弓隊三千が、待ち構えていたように隊列を整える。


 風は東から西へ吹いていた。


「風よ、導け。……照準、ジンビ中列!」


――シュンッ!


 魔力矢が宙を滑る。続いて第二波、第三波。


 燃焼矢がジンビ兵の鎧を焼き、治癒阻害の破魔矢が術士を潰す。

 まさに、機を見て動いた制圧射撃だった。


「ナム隊、突破口を形成! 敵戦線に裂け目発生!」


 戦場の情報が本陣にも伝わる。


 ドロワは静かに唇を噛んだ。


「……勝ちに行くぞ。だが、殺しきるな。彼らは次の労働者にもなる」


 ヤンナ女王も報告を聞き、戦後の捕虜処理部隊を前線に向かわせるよう命じる。



 混乱の最中、ナムは一陣の風を切って敵の残存兵へと近づいていた。


 彼は戦場でただ一人、弓を背に下ろし、短剣だけを胴に携え、戦わずに歩いていた。


 その視線の先――


「……いたか」


 一人の若き兵士。

 ボロボロの甲冑には、コウガン族特有の紋章。

 そして、どこかで見た――懐かしい顔。


 その名を、ナムは自然と呼んでいた。


「……ユラ」


 その青年、血にまみれながら振り返る。


「……ナム? ……ナムなのか?」


 ナムは頷く。


「お前、なんでミノタウロス側に……いや、あの時、逃げて……!」


「逃げたんじゃない。抜けたんだ」


 ナムは静かに言った。


「制度を壊すには、制度の中にいるだけじゃ駄目だった。だから俺は出た。……そして今、戻ってきたんだ」


「……裏切り者、って言われてたぞ」


「それでいい」


 ナムはユラの前で膝をついた。


「でも、お前には言いたかった。……まだ遅くないって」


 ユラは剣を持ち直した。だが、振り上げられなかった。


 彼は震えていた。


「もう、俺たち、何のために戦ってんだ……! 誰のために、何を守ってるのかも、もうわかんねぇんだよッ!」


 ナムはそっと、彼の剣に手を添えた。


「なら、俺と来い。答えを一緒に探せ。……お前を、迎えに来たんだ」


――長い沈黙。


 やがてユラは、剣を地面に落とし、静かに言った。


「……俺、足が震えてる。けど、ナムとなら……歩ける気がする」


 ナムは、ユラの手を引き、戦場の混沌から離れていった。


 

 やがて夕暮れ。戦は終息へと向かう。


 ジンビ王国軍の主戦力は潰滅。

 奴隷兵のほとんどは戦闘不能、あるいは逃走。

 生き残った者は降伏するか、混乱の中で行方をくらませた。


 勝利は、ムロロン=ムーカワ=シュンカク連合軍。


 そして――


 ユラは、新たな名簿に名を連ねた。

弓隊の補佐官として。


 そしてナムの側近として、再び歩む決意と共に。


 

――そのころ、戦場の喧噪が遠のく地下深く。


 風すら届かぬ闇の中を、一団の影が音もなく進んでいた。

 先頭に立つのは、全身を黒衣で覆った――サーティーン。


 その背後には、堕天使アザイルと彼に従う数人の堕天者たちが控えていた。


 サーティーンが作った秘密の地下トンネル。目指すは――上級悪魔モンテが居座るダルグ砦。


「ここが……地下牢か」


 重苦しい沈黙の中でアザイルが呟く。


 目の前には、錆びた鉄格子と、怯えた瞳の群れ。

 数十名の奴隷たちが、打ち捨てられたように横たわっていた。


 アザイルは静かに、サーティーンへと向き直った。


「解放の許しを。彼らを……連れ出したい」


 サーティーンは一瞬、沈黙した。

 やがて、闇の中から響くような声で応じた。


「……好きにしろ。ただし、誰にも気づかれるな。モンテの目が光っていないとは限らない」


「恩に着る」


 アザイルは静かに羽を広げ、鉄格子の錠をほどいていく。

 苦痛に呻いていた者たちに、ひとりずつ癒しの光が注がれる。


「……大丈夫。君たちは、もう道具じゃない」


 アザイルの声に、奴隷たちの目がわずかに潤んだ。


 サーティーンと契約していない人間は冥界に入れない、そこでサーティーンの用意した転移の印からヒラーク領へと送られた。

 そこでは、領主ゲオラークとオーク、奴隷だった人間たちが支援物資を整えて待っていた。


 解放が終わると、サーティーンとアザイルはダルグ砦の最奥――玉座の間へと向かった。


 巨大な黒石の玉座に、ミノタウロスの姿の上級悪魔モンテが腰掛け

 その隣には、ケンタウロスの姿をした怠惰の上級悪魔ライモンドもいた。


「……ふん。サーティーン、だったか。ずいぶんと小さいな?」


 ライモンドが皮肉混じりに笑いながら、サーティーンに詰め寄り「その姿で何ができる?」と嘲るように、サーティーンに顔を近づけた。


 だが次の瞬間――


 ビシッ!


 サーティーンの右の人差し指がライモンドの額を突くと、ライモンドの身体が壁際まで吹き飛ばされ、石柱を砕いて気絶する。


 その一撃に、モンテの眉がひくついた。


「…………」



 モンテは無言で立ち上がり、気絶したライモンドを肩に担ぐ。


「……ダルグ砦はもう用済みだ。フン、ここをお前にくれてやる。だが、次はこうはいかんぞ」


 モンテは空間に呪印を描き、再び転移の闇に身を沈める。


 ダルグ砦の玉座の間に残されたのは、崩れた柱と、静けさ。


――そして最後に、サーティーンはトンネルからミノタウロス、オーク、人間兵を呼びダルグ砦の管理と防衛を任せる。


「……次の上級悪魔に案内してもらおか、モンテよ……」


 わざとモンテを逃がし、まだ見ぬ上級悪魔のところへ案内して貰おうとするその眼差しは、次なる混沌の舞台を見据えていた。



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