第59話 アゴル中央突破戦線
ジンビ王国とシュンカク王国の国境に広がる荒野――アゴル。
戦の火蓋が切って落とされてから、すでに三刻が経過していた。
中央戦線、荒野のど真ん中で、ついに両軍最強の重装近接部隊が激突する。
ミノタウロス七千。その半数が重装甲を纏った突撃歩兵で構成されており、先頭にはガルマ王直属の近衛戦団、《砕角の壁》が陣を張っていた。
対するジンビ軍は、血誓の五百を中心に、部族の精鋭歩兵を前面に押し出す布陣を敷いていた。
彼らは身体強化呪符を皮膚に直接刻み、激痛と引き換えに常人の倍以上の膂力を引き出す、まさに狂戦士の軍勢だった。
――その瞬間は、轟音と共に訪れた。
「突撃、前進ッ!!」
ガルマ王の咆哮が戦場に響く。
直後、ミノタウロスの大軍が一斉に地を蹴った。
角を低く構え、四足歩行に近い姿勢で突撃する様は、まさに肉の大津波。
重い鉄の蹄音が地面を震わせ、巻き上がる砂塵が視界を遮る。
「受け止めろッ!! 壁を組めェェッ!!」
ジンビ族の指揮官が叫ぶ。
すぐに巨大な板状の鉄盾が持ち上げられ、分厚い鉄の楯鎧と共に斜めに組み上げられる。
それは鉄壁とまで称される、ジンビ式鋼陣形だった。
「来い……来るなら、受けてみろ!」
狂戦士たちが歯を剥く――その刹那。
ズドォン!!!
ガギィィン!!
前列が爆発した。
ミノタウロスの突撃が、まるで破城槌のごとくジンビ軍の壁に突き刺さる。
角と鉄の正面衝突。衝撃で、数名のジンビ兵が盾ごと吹き飛び、背後の兵までもろともに押し倒された。
「止めろッ! 止めろォッ!」
ジンビ側の叫びも虚しく、ミノタウロスの巨体は止まらない。
一頭、二頭、三頭……次々と突撃兵が楔のように敵陣中央を突き破っていく。
「――隊形を崩すな!!」
ジンビ族の中将格が、口で呪符を噛み千切った。
直後、彼の身体が赤黒く発光し、筋肉が異様に膨張する。
「こっちはこっちで化け物だッ!」
ミノタウロスの前衛とジンビ強化兵との一騎討ちが始まる。
――刃と斧、角と拳。
音にならない轟音が飛び交い、血が飛び、牙が折れ、盾が砕ける。
体液の生臭さと焦げた呪印の匂いが混じり、荒野は地獄と化していた。
しかし、数で勝るのはミノタウロスだった。
突撃部隊は第三波に入り、すでにジンビ軍の左翼が崩れ始めている。
「王直属の斧部隊、中央突破に成功ッ!」
後方で観測していたドロワの通信士が叫ぶ。
「……崩れるぞ、ジンビ陣形。押し込める……!」
ドロワが目を細め、低く呟いた。
「だが、油断するな。奴らは最期ほど牙を剥く」
その言葉は、まさに現実となる。
――中央突破の最中、突如ジンビ族の後列から火柱が上がった。
「なっ……!?」
味方の背に控えていた奴隷兵たちの一部が、突如として鎖を引きちぎり、敵味方関係なく暴れ始めたのだ。
「奴ら……正気を失っている……!」
それは戦術ではなく、狂気だった。
極限の恐怖と混乱に追い込まれた彼らは、もはや命令も識別もできず、ただ破壊と逃走の本能だけで動いていた。
この混乱が、戦局を不可測なものへと変貌させていく。
「ナム様、中央突破成功の報! 奴隷兵が暴走、ジンビ軍後列に混乱発生!」
弓隊の副官が叫ぶ。
ナムは静かに頷き、空を仰いだ。
「……ここが、分岐点だな」
手にした長弓に、最後の魔力矢を番え、静かに引き絞る。
「終わりを選ぶのは……誰だ?」
――この戦は、ただの戦争ではない。
それは、時代と制度の寿命を決める選別の場だった。
アゴルの地を駆け抜ける風が、果たしてどちらに靡くのか――
その行方は、まだ誰にも分からない。




