第5話 闇国は事件には困らない
ピクシブのペコを配下に加えたサーティーンは、闇国側に蔓延る悪魔たちを掌握し、人間を救い「神」として信仰されることで力を得ることを目的に、下界への進出を決意した。
ペコの進言を聞き、彼らが姿を現したのはムーカワ国の南端近く――人口およそ千五百人の漁業と林業の町・サマル町だった。山と海に挟まれ、農業は細々とやっているが、この地は国の支援なしには生きられぬほど脆弱な経済基盤の上に成り立っていた。
町の入り口に向かって歩きながら、サーティーンはふと疑問を口にする。
「……本当に、人間どもが困っている場面に、都合よく出くわすものか?」
「光国と違い、闇国では弱者には常に不幸が降りかかるからね。事件など、日常茶飯事なのですよ」
ペコの言葉に、サーティーンはルシフィスのことを思い出した。
女神ティオーネに仕える天使という立場で、光国側を見ていた彼には、闇国の事情など知る由もなかったのだ。
闇国側には本来、男神オモイカネが生み出した闇使(闇の使い、えんし)がいる。だが放任主義の神ゆえに、彼ら(闇使)が下界で姿を現すことは滅多にない。
ペコは浮かべた微笑のまま、どこか冷ややかな口調で言い切った。闇国では力こそが正義。強者は弱者からの搾取を当然の権利とし、魔族は間接的に搾取し、亜人や一部の人間は直接的にその暴力を行使していた。
――その時だった。
「やめてくだされ! それだけは……!」
「うるせぇ、これは俺たちのもんだ!」
「そ、それは来年のための、大切な小麦の種なんです!」
「黙れ、知ったこっちゃねぇ!」
町の入り口近くで、一目見て盗賊とわかる五人の男たちが一人の高齢者を取り囲み、小麦の種を奪おうとしていた。周囲の町人たちは見て見ぬふりを決め込み、誰一人として止めに入ろうとはしない。
「……ね? あるでしょう?」
ペコは得意げに微笑み、サーティーンを見上げた。
「……なるほどな」
そのやり取りを盗賊の一人が見ていたらしく。盗賊Bが、サーティーンに気づき、面白そうな笑みを浮かべて近づいてくる。
「おいおい、こんなとこに坊やが一人か?」
今のサーティーンの姿は周りから見たら未成年の少年に見える。ペコは即座に透明化し、サーティーンの背に隠れた。
「通りすがりの旅人ってやつか? おーい、どこ行くんだよ?」
サーティーンは無言のまま町の入口へ歩き続ける。相手にする気はさらさらない。
「お前さ、ここじゃ俺たちに通行料払わなきゃいけねぇんだよ。知らないのか?」
「そうか……なら、これではどうだ?」
サーティーンが右手をかざすと、彼の掌から黒い光が揺らめき出る。黒い球体――ブラックビットが盗賊たち全員の体に次々と侵入した。
「……な、なんだそれ? ケセランパサランは通行料にはならねぇぞ! 」
他の盗賊たちは笑い飛ばした直後、盗賊Bがサーティーンに殴りかかってきた。
「てめぇ、舐めてんじゃねえ!」
サーティーンは左手を出し、盗賊Bの右拳を顔の近くで受け止める。そしてその拳を軽く握ると――盗賊Bの右拳の骨が砕ける音が響いた。
「ぐあああああっ、手が……!」
悲鳴と共に地に崩れ落ちる盗賊B。駆け寄った他の仲間が騒ぎ出す。
「てめぇ、何しやがった!」
「……少し握っただけだ」
今度は盗賊Cが怒りに任せて拳を振るう。
その拳がサーティーンの左頬に当たった瞬間、べキッという音がなり、周りにいた町人も絡まれていた高齢者も。
(あぁ、終わった……すまない少年……)
と見ていた誰もが思ったが、しかしよく見ると盗賊Cの右腕は折れ、右腕を見ると老人のように老化してやせ細っていた。
「ぐぁぁぁ、痛てー、な、なにが起きてやがる……!」
さらに盗賊Dが蹴りかかるも、彼の脚もまた同様に細くしおれ、骨が砕ける音を立ててへし折れた。
「ぎゃあああっ! 足が、足がああっ!」
サーティーンは淡々とつぶやいた。
「……老化が思ったよりもよく効くな」
サーティーンのスキル――エイジングとアンチエイジングは、ブラックビットを通じて体内に干渉し、時間の流れを操作することで肉体の老化や若返りを引き起こすものだった。
盗賊Aは恐怖に顔を引きつらせ、奪いかけた種を放り投げる。
「クソッ、逃げるぞ! 野郎ども! 覚えてやがれ!」
盗賊たちは、決まり文句をいいながら逃走し、町外れの森へと消えていった。
「……まったく、面倒事ばかりだな」
そのとき、盗賊に絡まれていた町人Aが、深々と頭を下げる。
「お若いの、本当にありがとうございます 」
「俺は火の粉を払っただけだ。礼など要らん」
「……なにも差し上げる物はないのですが、せめてお茶でもいかがでしょう。私の家で、休んでいただけませんか?」
「……ふむ、情報を集めるには悪くないか……案内してもらおう」
かくして、サーティーンは絡んできた盗賊たちを撃退し、町人Aの案内でサマル町へと足を踏み入れるのだった。




