第54話 ナンバーⅤⅢ 怠惰の上級悪魔ライモンド
――ジンビ王国、西端・王都ドゴバルより南方。
そこは、かつて地震で地形が裂け、草原の地中から岩盤がむき出しとなった死地。荒れ果て、命すら棲めぬとされたその地に悪魔の砦が築かれ、城塞化しようと改修していた。
「砦都市ダルグ」――。
改修を命じたのは、上級悪魔モンテ。その影響力が衰えつつある今、彼は自らの支配構造を再構築すべく、従属する悪魔たちとジンビ族と人間奴隷たちを動員し、かつての恐怖の城塞を模した、新たな拠点の形成を急いでいた。
「……ここでは奴隷兵として育てる。労働ではなく、闘争によって従わせる。トママイ連合国に再び恐れを刻み込むのだ」
設計図はモンテ自身の手で引かれた。
中心には三層構造の黒鉄の塔が築かれ、その地下には王都ドゴバルと同様、禁断の武器工房と人間飼育舎が併設される予定だった。だが、彼には致命的に足りないものがあった――時間と、資源。
それを補うため、モンテはある者へと密書を送った。
その名は――怠惰の上級悪魔、ライモンド。ライモンドはダルグ砦からはるか北の島、スコトン島に拠点を持つ極悪魔ベルフェタンの配下だ。
かつて「第二魔王カーマインの光国侵略」において、千の魂を食らい、敵味方を問わず戦場に横たわる者を、一斉に眠らせたという伝説を持つ、忌まわしき魔の者である。
そして数日後、黒岩の工区に現れた彼は、驚くほど穏やかに、しかし重たくその気配を漂わせていた。
「ふぁあ……モンテよ。なんだって今さら、こんな面倒なことを……。そもそも砦だの秩序だの、どうでもいいじゃないか」
深紅のマントを引きずりながら、眠たげな目をしたケンタウロスの姿をした巨躯の悪魔が、黒岩の坂道をとろとろと歩いてきた。髪はまるで腐葉土のように重く垂れ、口元には常に欠伸が浮かんでいた。
だが、その姿とは裏腹に、モンテの部下たち――とくに下級悪魔やジンビ族の若者たちは、誰もがその名に怯え、声すら出せなかった。
「……お前の怠惰の魔法陣が必要だ。砦を守る盾が要る。奴らの反乱を、未然に沈黙させるためにな」
モンテが低く告げると、ライモンドは鼻先で笑い、首をかしげた。
「ふぅん……見返りは?」
「お前が望むだけの眠れる魂を提供する。拠点地下にまだ残っている。記憶も、意識も、名も失った白魂だ。あれはお前の魔法と相性がいい」
「ほぉ……言ったな? では……協力してやろう」
その瞬間、地面の土が勝手にうねり始め、風がぴたりと止んだ。ライモンドの指先が空中をなぞると、空気の中に小さな銀色の鎖のような紋が浮かび、それが土壌に溶け込むように吸い込まれていった。
「眠れ、目覚めるな、千年の檻――静止結界、発動っと」
空気が一瞬で鈍重になり、黒岩の周囲一帯がまるで時の檻に閉じ込められたように動かなくなった。動物すら入り込めぬ、奇妙な沈黙と静寂が辺りを支配する。
モンテは満足げに笑みを浮かべた。
「これで、侵入者はここでやる気と時を失う。我が砦は、完成を急げる」
ライモンドは地面に腰を下ろし、空を仰ぐ。
「……しかし、あんたも変わったな。昔はもっと、単純に怒って壊すだけだったのに。誰かに追われてるのか? あるいは――脅えている?」
モンテはその問いに答えなかった。
ただ、砦の東に広がる草原の地平を見つめた。
ドロワ、そしてムロロン、ムーカワ、さらにはその背後に控える反秩序の存在――サーティーン。
すべてを踏みにじるためには、時間と、確かな地盤が要る。だからこそ、モンテは再び築こうとしていた。あの地に、恐怖を。
そして―― 第二砦都市「ダルグ」 と名付けられたその要塞は、その全貌をジンビ王国の地に現すことになるのだった。




