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第51話 交易商人ドロワ 前編

 ケンタウロスの国、三国が協力する事で出来たトママイ連合国――三国の中心部にあるタリマの丘から南西に位置する、交易都市メッザ。


 ナム、ドロワ、そしてグレウスの密会から数日後の夕暮れ時。


 沈みゆく陽の名残が空を赤く染めるなか、一隊の影が密かに街を取り囲もうとしていた。ジンビ族の戦士たちだ。全身を黒布で包み、武器には一切の紋章が刻まれていない。まるで、存在そのものを否定された影法師のようだった。


「……奴らに気付かれてはならん。これはモンテ様直々の命令だ」


 隊を率いる壮年の男――ナカロクは低く、重く言った。かつてジンビ王国に名を轟かせた勇士であったが、今やその面影は薄く、背負う槍には乾ききった血と執念がこびりついていた。


 彼らの任務は単純明快。


――交易商人であるドロワの拠点のひとつを急襲し、焼き払うこと。


 奴隷に賃金を与えるなどというドロワの改革は、悪魔モンテにとって許しがたい背信だった。それが広まれば、奴隷制度そのものが揺らぎ、ケンタウロスや人間を支配する構造に綻びが生じる。ナカロクに下された命令は、その芽を摘み取ることだった。


「拠点はあの丘の裏手。今は休息の時間帯のはずです」


 偵察役が囁き、ナカロクは頷く。


 部隊は音もなく動き出し、交易所の周囲に爆裂筒を配置し始めた。油と毒を含んだこの筒は、かつてモンテの地下工房で生み出された禁忌の兵器。焼き払うのは建物だけでなく、そこに宿る者たちの記憶すらも消し去るための道具だった。


 だが――その動きは、思わぬところで察知されていた。


 同じ頃、交易所の奥の一室では、帳簿に目を通していた中年の人間女性が、ふと筆を止めた。


「……風の流れが妙ですね」


 静かに立ち上がり、外に控える護衛に声をかける。


「兵を数名、外に出して警戒させて。犬を五頭。それと――あの子も」


「あの子……とは、まさか」


 驚いたように眉をひそめた護衛に、彼女はゆっくりと頷いた。


「ええ。ロロハを。あの子の耳なら、夜の異変も聞き逃さないわ」


 ロロハ――狼族の血を引く亜人の少女。かつて奴隷として売られて来た彼女は今、雑務係としてこの交易所に住み込みで働いていた。そして彼女の五感は常人のそれを遥かに超えていた。


 そして夜が深まったその時。


 ジンビ族の影が、獣のように這い寄り、爆裂筒に火を点けようとした刹那――


 ロロハの耳がぴくりと震えた。


「……きた」


 その一言に、中年女性は即座に応じた。


「全員、地下へ! 武器を持て! 奴らは警告では済ませない!」


 非常警報が交易所に響き渡ると同時に、地下の住居に避難していた労働者たちが一斉に立ち上がる。かつて奴隷と呼ばれた彼らは、今や名前を持ち、報酬を得て生きる者たちだった。


 その背筋には、初めて与えられた「権利」と、取り戻した「誇り」が宿っていた。


 激突は一瞬だった。


 ジンビ族の傭兵たちが放った刃に対し、ドロワが密かに育てていた防衛部隊が応戦し、交易所周辺の丘で炎が上がる。だがそれは、ただの焼き討ちでは終わらなかった。


 そこには、思想と思想の激突があった。


 戦の報は、翌朝にはすでに各国を駆け巡っていた。


 ムロロン王国では、ガルマが重臣たちと緊急会議に臨み、ムーカワ国の女王ヤンナは静かに瞼を閉じ、深く情報を咀嚼していた。


 その背後では、サーティーン、堕天使アザイル、上級悪魔ナタルは、これを単なる小競り合いではなく、「戦乱の始まり」として捉えていた。


 まだ誰も声には出さない。


 だが、確実に、トママイ全土が戦いの時代へと傾きつつあった。


 新たな秩序を築こうとする者と、それを踏みにじろうとする者。


 その夜、上がった炎は――ただの狼煙ではなかった。


 裂けゆく闇の中、静かに、確実に、物語は次の章へと進み始めていた。


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