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第50話 ナム・コウガンの決意 後編

 ムロロン王国、王都バルガスの西側。

 旧貴族の館を改修した迎賓舎ガルマ・ホール。そこに、一頭の白毛のケンタウロスが足を踏み入れた。


 ナム・コウガン。

 コウガン王国を追われ、放逐者の烙印を背負った青年は、異邦の地での初めての謁見を迎えようとしていた。


 部屋の奥、陽光が斜めに差し込む玉座席にて――若きミノタウロス王、ガルマが立ち上がる。


「……お前が、コウガン族のナムか。思ったより痩せているな」


 ナムは一礼しつつも、まっすぐに相手の目を見据えた。


「初めまして。ナムと申します。祖国では、もう敵の名として広まりました。ですが……ここなら、名乗る意味があると思いました」


 ガルマは鼻で笑う。


「なるほどな。理想家にしては、しぶとそうな目をしているじゃないか」


「理想を語るには、それ相応の痛みが必要ですから」


 その言葉に、ガルマは目を細め、笑みを浮かべる。


「いいな。その目……戦場の味を知っている。――では問おう、ナム。お前の共存論は、戦場でも通用すると思っているのか?」


 ナムは一瞬も迷わず、静かにうなずいた。


「はい。通用させるために、ここに来ました。そのための方法を、貴国で学ばせてください」


 ガルマの眼差しが鋭くなる。


「では、その覚悟が本物かどうか……見せてもらおう。明日から、うちの訓練場に立ってもらい、ミノタウロス、ハイオーク、人間たちが混成した部隊だ。共に汗を流し、共に罵倒され、共に血を吐くことになる。それでもなお共存を語れるなら――その時は、私も耳を貸そう」


 ナムはわずかに微笑み、深く頭を下げた。


「その場こそ、僕が求めていた現実です」



 ムロロン王都南部、黒鉄訓練場。


 そこには、三種族の兵士たちが集い、武器を手に鍛錬を重ねていた。


 巨大な斧を振るうミノタウロス、俊敏な連携を見せるハイオーク、そして軍規を守りつつ補佐に回る人間兵士たち。


 その中に、明らかに異質な存在――四つ足のケンタウロスがいた。


「おい! 草食馬がなにしに来たんだ! ここは見世物小屋じゃねえぞ!」


 ハイオーク兵の嘲笑に、ナムは答えなかった。ただ、静かに剣を抜いた。


「……なら、どちらが先に地を舐めるか、試してみよう」


 一騎討ち。開始の合図もなく、剣が鳴る。

 しかし、ナムの突進は見事だった。回避と突き、風のように走り抜け――次の瞬間、ハイオークは膝をついていた。


「……なに……この馬……」


 ミノタウロス教官がうなり声を上げる。


「面白ェ。骨だけじゃねえ、心もあるらしい」


 ナムは剣を収め、息を切らしながら言った。


「僕は……強くなる。ここで、共に生きることができると――示すために」


 その夜、兵舎の一角。

 外での食事に、ナムは泥まみれのまま、鍋に箸を突っ込んだ。横に立った人間兵士が、少し笑った。


「よくやったな。ケンタウロスのくせに」


「君たちも、よく見てくれた。人間のくせに」


 全員、吹き出した。


 笑いの中に、わずかばかりの溝が埋まっていく気配があった。


 王宮の塔より、それを遠くから見ていたのは――ガルマだった。


「……悪くない。あいつの目はまだ曇っていない」


 背後から、将軍バルザークが尋ねた。


「ガルマ、本当にあのケンタウロスを信用されるのですか?」


「信用するじゃなく。あいつは信じさせようとしている。それが分かる限り、私はあいつと並んで歩ける」


 そしてその報告は、闇の一角にも届いていた。


 サーティーンが、静かに目を細める。


「信じる者が、信じられる者に変わっていく。――最も滑稽で、最も価値ある喜劇だ」


 夜の帳が下りる。

 だがその中に、わずかに温かな火が灯りはじめていた。


 ミノタウロスやハイオーク、そして人間に認められつつある、祖国を放遂されコウガンを名乗れなくなった、ナムはもう、独りではなかった。






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