第4話 ピクシブのペコ
特別な亜空間、冥界で、サーティーンは静かに目を覚ました。
属性変化の長き眠りから解放された彼に、傍らのルサールカが寄り添い、これまでの出来事を淡々と伝える。
――まずは、下界で拠点持ち活動する悪魔たちを掌握する。それがサーティーンの当面の目標だった。
冥界にある家、その薄暗く簡素なリビングで、サーティーンはソファに腰掛けていた。向かいに座るルサールカの表情は穏やかでありながら、何かを企んでいるような影を宿していた。
「サーティーン様。下界での情報収集に役立つ者を、この冥界に呼び寄せたいのですが」
「構わない」
ルサールカは軽く頷くと、右手を持ち上げた。掌に魔力が集まり、小さな闇が渦を巻いて現れる。
闇の中から現れたのは、身長二十センチほどの小さな妖精だった。四枚の透明な羽を持ち、浮かぶように宙を舞う。
「やっと呼んでくれたのね、ルカたん! 感謝するわ〜! 」
甲高い声がリビングに響く。その姿は可憐でありながら、どこか悪戯っぽさを滲ませていた。
「……それは? 」
(しかし、本当にルカたんと呼ばせていたのか……)
サーティーンは内心で呟いた。
妖精はサーティーンの周囲を飛び回りながら観察を始めた。
「あなたが、この領域の主様ってわけ? 」
「おい、人の話を――」
「うん、まぁ合格ってところかな! 」
サーティーンの言葉を無視して、妖精は勝手に話を進める。その横でルサールカが口を開いた。
「彼女はペコ。ピクシブと呼ばれる種族の妖精です。噂好きで悪戯好きで、下界の至る所に仲間が散らばっており、情報収集に非常に優れています」
「なるほど。だが……」
サーティーンは、無礼な態度を隠そうともしないペコに不機嫌な視線を向けた。
「ま、仕方ないわね。悪魔になったばかりで、ぼっちのあなたに、私が力を貸してあげてもいいけど? 」
「そうか……。では、まず礼儀というものを教えてやるとしよう」
「ちょ、ちょっと待って? 何その目は!」
サーティーンは指先を軽く動かすと、空間に黒い球体を生み出した。
「ブラックビット」
一瞬のうちに、ペコの身体が球体の中に封じ込められる。ただし、頭だけが外に出された状態で。
「や、やめっ、やめてぇぇぇ! くすぐるのだけは勘弁してぇぇ!」
サーティーンは無言のまま、ブラックビットの内部でペコの身体を容赦なくくすぐる。
「分かった分かった! 謝るから、お願いだからやめてぇ!」
「分かればいい」
呆れたように言い捨て、ブラックビットは霧散した。
解放されたペコは、乱れた息を整えながら空中に浮かんでいた。
その後、ルサールカがサーティーンの目的をペコに説明し、サーティーンがペコに尋ねる。
「下界の悪魔どもを掌握するにあたって、まずはどこから手をつけるべきだ? 」
ペコはしばらく考えながら、ふわふわと飛び回る。
「ん〜、そうね。ムーカワ国が良いと思う」
サーティーンは眉をひそめる。
「理由は?」
「ふふん、それを知りたければ――」
サーティーンは再びブラックビットを出す仕草を見せた。
「わ、わかったってば! 言う言う! 言いますとも!」
観念したペコはすぐに口を開いた。
「ムーカワ国は闇国側の国家で、大陸の中央から南南西に位置する唯一の人間国家。まぁ奴隷として働いていた人間たちが逃げ出したあと、人間特有の知恵を使って形成した国ね。表向きは農業や林業で食糧や木材を他国に輸出しているけど、裏では人間のしつけを行って、奴隷として売っているの」
「……なるほどな」
「でね、第四魔王カールが封印された直後、北にいたオークたちが密かにムーカワ国にクーデターを起こして成功。いまは人間の王を表に立てて、オークたちはムーカワ国の西の森の奥に城を築いて支配してる。実質的な支配者は憤怒の上級悪魔ゲオークよ」
「ふむ……人間どもが誰に支配されようと、俺には些末なこと。しかしゲオークか……興が乗る相手だな」
ルサールカが静かに進言する。
「サーティーン様。困窮する人間たちを救い、御身を神として仰がせれば、その力は飛躍的に増します」
サーティーンの眉間に一瞬だけ陰が差す。しかし、次の瞬間、その瞳は燃え立つように輝いた。
「……神、か。なるほど。人間ごときが崇めるにふさわしいのは、まさにこの俺だ。否――神とは超えるためにある存在だろう。ならば俺がその先を示そうではないか」
「やはりサーティーン様は、“神”という言葉に強いのですね」
ルサールカの微笑をよそに、ペコが小さく笑う。
サーティーンはゆっくりと立ち上がり、堂々たる気配を放ちながら両腕を広げた。
その姿は、ただの悪魔ではなく、世界を導く覇者のような威をまとっていた。
「決めた。人間どもを救い、この地に秩序を与えよう。だが忘れるな――崇めるのは神ではなく、このサーティーンだ!
俺こそが選ばれし支配者、誰も届かぬ高みへ至る存在だ!」
「ふぁ〜、ルカたんお腹すいた〜」
「ええ。サーティーン様はしばらくお戻りにならないでしょうし、食事にいたしましょうか」
「うん!」
――傲慢とは、己を絶対と信じ、人も神も導こうとする心。
サーティーンの傲慢は、ただの欲望ではなかった。
それは確かに、人を惹きつけずにはいられない“王の器”として、芽吹き始めていたのである。




