第48話 ナム・コウガンの決意 前編
コウガン王国の王都、トルカ。
ナム、ドロワ、グレウスたちが密会をした数日後。
灰色の雲が垂れ込める朝、コウガン族の政庁、木骨と石造りの古き集会殿にて――
ナムは、父の前に立っていた。
「父上、僕は……人間たちと共存する構想へ、正式に賛同したい」
その言葉に、重たい静寂が落ちた。
ザイ・コウガン。
重厚な体躯に茶毛のたてがみ。戦も政も熟知した王は、冷えた眼で息子を見下ろした。
「ナム……お前、自分が何を言っているか分かっているのか?」
「ええ、分かってます。トママイを奴隷の利益で保ってきた我々のやり方は、もう限界です。ドロワの案は、まだ不完全ですが――それでも、命を取引するよりずっとましだ」
ザイの眉がピクリと動いた。
「お前は、儂の背を撃つ気か?」
ナムは言葉を選びながらも、強い口調で返した。
「撃つつもりはありません。でも……僕はもう目を背ける側でいたくない。父上、僕はこの目で見たんです。黒槍の奴隷輸送列。女も子供も鎖でつながれ、草の上を這っていた。あれが我々の穀物と肉の代償なんですか?」
「それで何が変わる。儂らが奴隷を手放せば、ジンビ族が全てを呑み込むだけだ。我が民は飢え、交易は死ぬ。ドロワに夢を見すぎるな!」
「違います。見てるのは夢じゃない、未来です!」
ナムが一歩前に出た。
「父上は、国の全てを利で見る。でも今、この地に必要なのは、誰が生き残るかではなく、誰を生かすかです」
ザイは立ち上がった。その巨体が殿内に影を落とす。
「ならば行け、ナム・コウガン。お前を一族の後継者から除く。これよりお前は、正式に放逐者だ」
ナムは、目を伏せた。
「……それで構いません。僕は、父を越えます。コウガン族の未来のために」
ナムは外に出ると、風が吹いた。
王都の外はどこまでも広く、どこまでも自由だった。
そこに立つナムの肩を、誰かが静かに叩いた。
「……家族と別れるのは、いつの時代も重たい」
グレウスだった。
「……だが、切り捨てられた者ほど強くなる。おめでとう。君はようやく、戦う者になった」
ナムは一度だけ深く息を吸い、前を見た。
「いいえ……僕は、守る者になります。もう誰も、草の上を這わせないために」
その頃、ザイ・コウガンは殿内にて、一人静かに呟いた。
「ナムよ……儂の背を撃ったのはお前だが……儂が背を向けたのは世界の方だ」
彼の脳裏には、若き日の記憶がよみがえる。
まだ王子であった頃、ザイもまた奴隷制度を憎み、廃止を願っていた。だが三者三様に利害の異なるトママイ連合国では、その声はかえって火種となり、二国同盟による圧力や武力の危機さえ孕んでいた。
「理想を誇示すれば、民を飢えさせ、国を潰すぞ」
――そう前王に諭されたとき、ザイは己の理想を押し殺し、連合の均衡を守るために中立を選び取ったのだ。
「儂もまた、かつてはお前のようだったのだよ」
その目には、ほんの一瞬だけ、若き日の光が宿っていた。
だがそれは、老いた馬のまどろみに消えていった。




