第47話 静かなる交渉
第三宿営地――メッザとコウガン王国との間、交易路から外れた小高い丘に位置するその場所は、放浪民や商人が集った仮設市だった。
今は野営地の骨組みだけが残る寂れた平地に、仮設の天幕が張られ、簡素な警備のもと、秘密裏に会談の場が設けられていた。
夜の風が草を撫で、月光が白く地を照らす。天幕の中には三つの影――
交易商の若き代表、ドロワ(人間)。
コウガン族、王の息子、理想派の青年ナム・コウガン(ケンタウロス)。
そして、彼らを引き合わせたサーティーンの従者――グレウス(魔人)。
乾いた風が吹く。誰も口を開かない。
最初に沈黙を破ったのはナムだった。
「初めましてかな、ドロワ。君みたいな人間が、メッザを取り仕切っているとはね……」
「こちらこそ初めまして。コウガン族の若君とお会いできるとは光栄だよ」 ドロワは静かな目をしたまま答える。
ナムが一礼し、次いでグレウスに向き直った。
「グレウス、君が動いてくれたおかげだ。君の主サーティーンさまに伝えてほしい、僕は話し合う用意があると」
グレウスはうっすらと微笑を浮かべ、口を開いた。
「すでにお伝えしています。私はサーティーン様の意を受け、今ここに立っています。……ですが、これはあなた方二人の話でもあります。私は見届け役に過ぎません」
ドロワがやや眉を上げた。
「やはり、サーティーンの従者というのは本当でしたか。上級悪魔モンテを退けたという……」
「それは事実です。グレウスは頷く。ですが、サーティーン様が望まれているのは、暴力による支配ではなく秩序の転換です。未来あるあなたたちが、トママイ連合国の新しい形を決めることを望まれている」
ナムは少し目を伏せ、それから口を開いた。
「……違うさ。僕は、父の代の鎖を断ちに来ている。あの人は、もうモンテに心を売ってしまったんだ」
「……だから呼んだんだな。私に取引を持ちかけるために。モンテを切り捨て、君たちと未来を築けと?」
「未来のために必要なら、裏切りだって構わないだろ?」
その言葉にドロワはゆっくりと頷いた。
「お前は信じたい側の人だ。私は疑う側だ。そしてこのグレウスは……試す側だろう」
「つまり、三者三様のやり方で、トママイを変える覚悟があるってことだ」
グレウスは表情を引き締めた。
ナムが凍りついたように言葉を失ったそのとき、グレウスは静かに一枚の羊皮紙を差し出した。
「これが、サーティーン様から預かった契約案です」
羊皮紙には、緻密に記された三つの提案が並んでいた――
三部族間における自由労働者の身分登録制度、徴税の統一化、そして交易都市メッ ザを中立地帯として共同管理する体制。
「これらが実行に移されれば、モンテの築いた商圏は崩壊し、あの男の支配体制も自ずと瓦解するでしょう」
内容を読み取ったドロワの目が細く鋭くなる。
「……なるほど。経済で殺す、ってわけか」
「サーティーン様の関心は、制度が人の心をどう狂わせるか――そこにあります。 血の革命であれ、金による転覆であれ、面白ければそれでいいのです」
グレウスの言葉に、ナムの肩がわずかに震えた。
「君は……そんな奴と手を組んでいるのか?」
しかし、それをドロワが即座に遮った。
「違う。私はサーティーン様には従う。あの方は――父ドクワとは違い、私が選んだ道を力として認めてくださった。だが、モンテは別だ。あいつは利用するだけ利用して、いずれ切り捨てる。私の主ではない」
グレウスはふっと笑った。どこか哀れみを含んだ、静かな笑みだった。
「……では、問おう。あなた方に、命を賭ける覚悟はありますか? なぜなら、あなたたちが変えようとしているのは、千年以上続いてきた掟そのものなのです」
一瞬、場に沈黙が落ちる――
やがて、ナムが静かに頷いた。
「あるさ。僕は、父にさえ刃を向ける覚悟でここにいる」
続いて、ドロワもまた、冷ややかな目で言い切った。
「私は、父の死を超える覚悟でここにいる。モンテに殺された仲間の目を――一日たりとも忘れていない」
グレウスは羊皮紙を二人の前に置いた。
「――ならば、始めましょう。下からの革命を」
その夜、草原に吹く風は穏やかだった。 だが、草の根の奥底にはすでに、新たな熱が灯っていた。
それは剣による戦いでも、声高な言葉でもない。決断によって始まる嵐――
その嵐の先頭に立つのは、信じる者、疑う者、そしてそれを見下ろす者。 交わらぬようで、確かに手を結んだ、若き三人の裏同盟だった。




