第42話 三族会議決裂
トママイ中央高原――「タリマの丘」
三つのケンタウロス部族が一堂に会する円形石壇は、トママイでも数少ない話し合いの場として知られている。だがその静寂は、今や緊張に満ちていた。丘を渡る風が石壇の中心を吹き抜け、乾いた音を伴って会議の空気をさらに張り詰めさせていく。
白毛のシュンカク族を率いるヤズール王が、場の中央に立ち、毅然とした声音で言い放った。
「――人間解放こそ、我らが未来の証明だ」
その言葉は、まるで刃のように石壇全体に突き刺さった。一瞬、全ての視線が一点に集まり、時間が止まったかのような沈黙が場を支配した。
だがそれは、次の怒号によって破られた。
「ならば戦だな!」
反対側から立ち上がったのは、漆黒のたてがみを持つジンビ族の王、ガリ・ジンビ。筋骨隆々とした巨体が蹄音を鳴らし、石壇を威圧するように踏み鳴らした。
「我らが信じるのは剣の真理だ! 貴様らの歌など、炎の中では何ひとつ響かぬ! 我はこの場を去り、独自の道を行く!」
挑発に満ちた言葉は、シュンカク族への完全な決別宣言だった。
ガリの視線が、やがて沈黙を守るコウガン族の王――ザイ・コウガンに向けられる。
「お前も来い。利益が欲しければ、我と共に奪え」
コウガンは立ち上がった。だが、その瞳は石壇の地面を見据えたまま動かず、口を開くことはなかった。その沈黙こそが、彼の選択――「中立」を装いながらも、情勢を見極める待機という戦略だった。
そして、この瞬間をもって、三族会議は――決裂した。
それはすなわち、トママイ連合の分裂を意味する。
白毛のヤズール王が率いるシュンカク族は、ムロロン王国との同盟を公にし、「人間との共生」を掲げた新たな自治構想をトママイ全土に広げようとしていた。彼らは奴隷制度の廃止を宣言し、解放された人々と共に都市の再建を進めていた。
対して、ジンビ族は「古き誇り」と「力の論理」を尊ぶ武門の部族であり、シュンカク族の方針に真っ向から反発。特に、奴隷制度廃止によって打撃を受けた豪商や旧体制派を後ろ盾に、軍備拡張を強行。背後では、かつて奴隷交易で富を築いた上級悪魔モンテが暗躍し、武器と兵を提供していた。
第三の部族、コウガン族は表向きこそ中立を保ち、交易と仲裁の立場を貫いていた。だがその実、裏ではジンビ族との秘密取引を行い、情報・物資・軍事資源のやりとりを続けていた。彼らはどちらが勝つかを見定めながら、密かに「第三勢力」としてトママイ全域への影響力を拡大しようとしていた。
こうしてトママイ連合は、実質的に 「二対一」の対立構造へと突入していく。
ムロロン王国の若き王、ガルマは、将軍へと密かに昇格させた腹心バルザークと共に、シュンカク族の王都ナイロハに連絡所を設置。以後、ヤズール王のもとに情報支援と物資供給を行う体制を築いた。
だが、ムロロン王国もまた政治改革の最中にあり、大規模な軍事介入には慎重にならざるを得なかった。そのため、トママイ内部の火種を鎮める決定打は生まれず、むしろ問題は長期化することとなる。
こうして、奴隷制度を発端とするこの複雑な紛争は、魔族からも注目される地帯へと変貌していく。
以後、人々はこの状況をこう呼ぶようになった。
――《トママイ問題》
この問題の裏で、悪魔モンテはより深く姿を潜めながら、ジンビ族の戦力を強化。
その集大成として、「黒槍同盟」と呼ばれる武装結社を結成する。
黒槍の旗印の下には、解放によって権益を失った闇商人、旧貴族、地下組織、さらには一部の流浪民すらが加わり、トママイ再征服を画策。名目は「解放」だが、実態は「復讐」と「支配」のための連合だった。
――それは、かつて炎に包まれた奴隷都市の亡霊が、再び現世に姿を現すかのような不気味さを孕んでいた。
対立の果てに――
シュンカク族は、解放された人間たちと共に自治都市を建設し、共生の実現に邁進するも、悪魔モンテの黒槍同盟による襲撃と破壊工作に悩まされ、防衛と復興に追われる日々を送る。
ジンビ族は、強力な軍事力と恐怖政治によって急速に勢力を拡大するが、内部ではモンテの支配に反発する声が燻りはじめていた。かつての誇り高き武門の矜持が、悪魔の影に押しつぶされようとしている。
コウガン族は、緩やかな第三勢力として、交易と情報の独占に成功。だが、その狡猾な立場は、やがて他勢力からの警戒と敵意を招くようになっていく。
ムロロン王国は、トママイの安定化を願いながらも、決定的な介入を避けつつ、外交官ルモルンを通じて和平の道を模索。だが、悪魔たちの暗躍と、三族間に積み重なる怨恨が、その努力を容易に打ち砕いていった。
トママイの未来は、いまだ白き風の中にあるのだった。




