第41話 トママイ連合国 三族会議
ムロロン王国とムーカワ国が、相次いで奴隷制度の廃止を宣言した。
それは単なる一国の内政問題にとどまらず、遠く離れた地にまで波紋を広げていた。
その余波は、ムロロンの西隣――果てしなき草原に広がる騎馬民族国家、ケンタウロス族の連合国・トママイにも、静かに、しかし確実に押し寄せていた。
三つの部族が緩やかな連合を組むこの国で、古き制度に揺らぎが生じたのは、皮肉にも悪しき影の介入がきっかけだった。
ムロロン王国の王位簒奪を図り、ガルマ王子を亡き者にしようとした――憤怒の上級悪魔モンテ。
その陰謀は寸前で阻まれたが、モンテは逃亡し、トママイの地に潜伏していた。
そして、戦と混乱を好むケンタウロスのジンビ族と手を結び、かつて奴隷制度で栄えたトママイの覇権を、ふたたび手中に収めようと目論んでいたのである。
トママイ連合国 三国
【東部】シュンカク王国(和平派)
王:ヤズール・シュンカク
毛色:白毛のケンタウロス(シュンカク族)
副将:ソルジュ
立場:人間奴隷制度廃止を支持。ムロロン王国との友好を望む。
産業:薬草栽培、馬の育成、外交商隊の拠点。
特徴:王都に居住し、他国との文化交流に積極的。人間との共存を志す。
拠点:シュンカク王国、王都ナイロハ
【西部】ジンビ王国(好戦的・奴隷制度支持)
王:ガリ・ジンビ
毛色:黒毛のケンタウロス(ジンビ族)
将軍:ドュラン
立場:奴隷制度維持を強硬に主張。悪魔モンテに協力し、反王勢力を形成。
産業:戦馬の育成、黒曜石の採掘と武器加工。
特徴:武を尊ぶ戦闘民族。かつて奴隷狩りで勢力を拡大。
拠点:ジンビ王国、王都ドゴバル砦(西端の黒岩高地)/第二砦 ダルグ
【北部】コウガン王国(中立的・裏交渉)
王:ザイ・コウガン
王子:ナム・コウガン
毛色:茶毛のケンタウロス(コウガン族)
副将:ライ
立場:表向き中立。だが奴隷制度の経済的利益を手放したくない。
産業:穀物(コウリ麦)の生産、乾燥肉・保存食の加工。
特徴:慎重で計算高く、ジンビ族と水面下で武器取引をしている。
拠点:コウガン王国、王都トルカ
そしていま、ケンタウロス三部族が相まみえる時が訪れる。
場所は、トママイ連合の中心に位置する中央高原「タリマの丘」――
古来より聖地とされる円形石壇を囲み、各部族の代表たちが集い、詩的で象徴的な言葉を交わす儀礼会議が始まった。
石壇に立つ白毛の王――シュンカク王国のヤズール王が、草原に吹く風のように静かに口を開く。
「我らケンタウロスの民は、草原を走る自由を何よりも尊ぶ。ならば問おう――なぜ人間には鉄の首輪が要るのだ?」
その言葉に、黒毛のガリ・ジンビ王が鋭く反応した。
「貴様の言葉は風にすぎん。心地よく吹き抜けるが、何も残さぬ! 甘さと無力が、民を滅ぼす。奴隷なきトママイ連合に未来などない。ムロロンに膝を折る気か、白毛の王よ!」
言葉は剣のように交わり、場が一気に緊張する。
そこへ、ザイ・コウガン王が冷静に割って入った。
「ヤズール王よ、制度の是非は感情ではなく、利得によって計られるべきだ。我らが奴隷制度を手放すとして――いかなる代償が得られるのか?」
その問いに、ヤズール王は毅然と応じる。
「ムロロンの新王ガルマより、明確な提案がある。交易路の開放、軍事的安全保障……その条件は一つ――人間の解放だ」
数日前――
王都ナイロハの離宮「白光亭」にて、密かに開かれた首脳会談。
ヤズール王とガルマ王が、対面していた。
重厚な石壁に囲まれた会議室。金糸の織られた装飾布が風に揺れる中、若き王ガルマが静かに語る。
「我が国もまた、奴隷制度を捨てるとき、分裂の危機に瀕した。父王の死と共に国は揺れたが、あの混乱を越えた今だからこそ、真の盟約を結べると信じている」
「ジンビ族の背後には、父の体を乗っ取ったモンテという毒が巣食っている。やつらの武器庫の所在は掴みつつある。我が精鋭をもって、夜陰に紛れ襲撃をかけよう」
対するヤズール王は、かすかに目を伏せたのち、力強く返した。
「感謝する、ガルマ王。だが、我が民の説得を他国の剣に頼ってはならぬ。それは、我が長たる責任に背く行為。……それでもなお、そなたの援軍を頼むことは、許されるか?」
ガルマは静かに頷き、穏やかに告げた。
「ヤズール王。剣とは、使うためにあるのではない。信を守るために、振るわねばならぬ時があると思います。――それが盟友だ」
傍らには、ガルマ王の相棒、将軍バルザークが控え、闇に蠢くモンテの動向を監視していた。
かつて奴隷商として名を馳せたドクワが死に、その子ドロワが奴隷商の代表を引き継ぎ、彼らはモンテと共にジンビ族の国から新たな火種を撒こうとしている。
それを止めるために必要なのは、ただ一つ――
鉄の首輪ではなく、言葉と信で、この連合国を覆う覚悟である。
ヤズール王の瞳に宿るのは、戦の炎ではなかった。
――風のようにしなやかで、されど誰にも曲げられぬ、王としての覚悟である。




