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第40話 ムロロン王国 新王誕生

 堕天使アザイルが、サーティーンに加わり冥界に吹く風は変わり始めていた。


 そのころ――

 王子ガルマと副官バルザークは、久方ぶりにムロロン王国の城門をくぐっていた。重い扉が軋み、冷たい石畳が二人の帰還を無言で迎える。


「……変わらない、この冷たさは」

 バルザークが低くつぶやく。


 彼らを出迎えたのは、白き顎鬚をたくわえた賢者ルモルン。


「よう戻られた……この老骨、王子の帰還を夢の如く待ちわびておりましたぞ」


 三人は短くも深い抱擁を交わし、謁見の間へと足を進める。その途中、鉄鎧の軋む音と共に立ちふさがったのは、重装の将軍――グロツァ。

 幾度となく戦場で刃を交えた宿敵にして、旧王の忠臣。


「ガルマ王子。王命により、貴殿を討たんとした過去、我が罪として刻まれております」


 重々しくひざまずくグロツァ。その声には悔恨の色があった。


 だが、ガルマは首を横に振り、毅然と言い放つ。


「グロツァよ。汝は忠義に殉じたまで。ならば今こそ、その忠義をこの新しき王に誓ってほしい」


 城内に走る、静かなざわめき。

 グロツァは拳を胸に当て、深々と頭を垂れた。


「この命、我が王に捧げ申す。我が剣、もはや民のためにのみ振るうと、ここに誓いましょう」



 そして、王城の最上階――陽光降り注ぐ玉座の間。

 重厚な楽の調べと、民衆の歓声が空を満たす中、戴冠の儀が執り行われた。


 金糸に緋を織り込んだ王衣を身に纏い、ガルマは玉座にて王冠を戴く。

 その瞬間、ムロロン王国に新しき時代の幕が開かれた。


「この国を、力ではなく、誇りで導く。我らが子らに、胸を張れる未来を――」


 バルザークは深く頭を垂れ、ルモルンは老いた目を潤ませた。

 グロツァは無言で敬礼を捧げ、サーティーンは風に髪をなびかせながら静かに空中からその様子を見つめていた。


 かつて堕ちし者も、かつて敵であった者も。

 今は皆、新時代の礎として、その瞬間を見届けていた。


  《王政改革:ムロロン新憲》


 ガルマ新王の即位後、王国はかつてない改革の波に包まれていく。

 ミノタウロス族が代々治めてきたムロロンは、長らく「力こそが正義」という封建的思想のもとに築かれていた。身分は生まれによって決まり、奴隷は物として扱われ、鉱山で命を擦り減らすことが日常だった。


 だが今ガルマ王は、ガルマルクの名を継がず、剣ではなく言葉と誇りによって新たに国を導こうとしている。


 第一柱:【奴隷制度の全面撤廃】


 王の命により、奴隷制度は正式に廃止された。

 これは、国家の根幹を揺るがす前代未聞の改革である。


 奴隷は「解放民」として新たな戸籍を与えられ、土地と職を保障される


 生活基盤を築くまで、王府が支援金と保護を提供


 貴族層には補償と引き換えに、教育と奉仕義務が課せられる


 反発する旧勢力は少なくなかったが、グロツァ将軍の軍団が忠誠を誓ったことで大規模な抵抗は抑えられた。


 第二柱:【鉱山制度と労働の自由化】


 王国の心臓部である鉱業と鍛冶の領域も、改革の波を受ける。


 鉱山は民間の鉱夫組合へと委譲され、「八刻労働制」「報酬保障」「坑道安全法」が導入


 自治会が労働管理を担い、民による自主管理が始まる


 かつては地下牢の如き坑道が、今は灯りと希望の満ちる職場へと変わった


 第三柱:【教育と知の振興】


 暴力の世を脱するには、「誇り」と「知恵」が必要――

 その信念のもと、ガルマ王は学問による国造りを進める。


 廃兵舎は修道学舎へと改修され、読み書き・算術・歴史が教えられる。


 各地に「知の燈台」が設置され、老若男女問わず学びの場が開かれる。


 ルモルンが学問府長となり、講座や読書会を催すことで、知の光が国を照らすようになった。


 第四柱:【外交と同盟の再建】


 ムロロンはかつて傭兵国家として諸国の不信を買っていた。

 しかし、新王のもと、諸国との連携が模索されている。


 隣国ムーカワと奴隷解放協定を締結、資源と文化の交易が始まる


 西国トママイ連合国に使節団を派遣し、「三国同盟」案が浮上


 外交は武威でなく信義により行うという理念が根付き始めていた



    《民会議と誇りの紋章》


 民の声が国を動かすため、各町村から代表が集う「民会議」が定期的に開かれるようになった。


 新たに制定された国家紋章は、ミノタウロスの象徴たる双角と、人々の胸に灯る誇りの光が交差する意匠。

 それは力と誇り、過去と未来をつなぐ、国の魂そのものであった。


 ルモルンは、新王都の広場にて、民にこう語った。


「この国は、怒りと力で立ち上がった。だが今は、誇りと知恵と慈しみで築かれようとしている。われらは、ただの獣ではない。進化し、志を持つ民なのだと――世界に示す時が来たのだ」


 この夜、ムロロンの空に一筋の光が流れた。

 それは、かつて天より堕ちた者たちの祈りにも似た、未来への誓いであった。


 

 ――夜明け前。

 王城の最上階、風の通る塔にて。


 ガルマ王は静かにひざまずいていた。

 その前に立つのは、黒髪をなびかせるサーティーン。

 黒衣に包まれたその姿は、夜そのもののようであり、同時に冥界の光のごとき威厳を放っていた。


「ガルマ王――いや、我が契約者《魔人》ガルマ。この国の変革、よくぞここまで導いたものだな」


 その声は、低く、しかし確かな力を帯びていた。

 ガルマは頭を垂れ、深く息を整える。


「サーティーン様の加護あってこそ。ムロロンはようやく、力の鎖から誇りの道へ歩みを変えました。……ですが、次なる歩みを進めるにあたり、ひとつお伺いしたいことがございます」


「言ってみろ」


 サーティーンの紅い瞳が、わずかに細められる。

 その視線は、まるで心の奥底まで見透かすようであった。


「西のトママイ連合。その中のシュンカク王国にて、ヤズール王が改革に理解を示しているとの報せがありました。彼らと正式な同盟を結ぶことで、我らの理想をより広く広められるかと……」


 サーティーンは、無言のまま塔の外へ視線を向けた。

 黒き翼の影が、月明かりの中で静かに揺れる。


「同盟――。それは、理想を掲げる者が最も容易く腐敗する契約でもある。力が集えば、必ず対立が生まれる。ガルマ、お前はその重みを理解しているか?」


 ガルマは目を閉じ、短く答えた。


「ええ。それでも進むべきと思います。我らが掲げた誇りの道は、この国だけでは成せません。サーティーン様――どうか、導きを」


 その言葉に、サーティーンの唇がかすかに動く。

 微笑か、それとも試すような笑みか、判然としない。


「よかろう。我が契約者として、汝に許可を与える。シュンカク王、ヤズールとの会談を持つがよい。だが忘れるな――お前の王冠は、誇りの証であると同時に、契約の烙印でもある」


「心得ております」


 ガルマは深く頭を垂れた。

 その胸の奥には、サーティーンと交わした魔の契約が脈打つように燃えていた。


「ならば行け。我が風がお前を導こう。ムロロンの理想を、トママイの地に示すのだ」


 サーティーンが片手を掲げると、漆黒の羽が散り、風が塔を満たした。

 それは祝福の風であり、同時に、背負うべき誓約の重みでもあった。


 翌朝――

 ムロロンの使節団が、朝焼けの河を越えて出立する。

 トママイ連合の三国――コウガン王国、ジンビ王国、シュンカク王国。

 その運命を揺るがす誇りと契約の会談が、いま始まろうとしていた。




 

        


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