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第36話 ムーカワ国・政務会議 ――奴隷制度廃止の是非

 ムロロン王国での内乱が終結したその午後、ムーカワ国では、かつてない緊張を孕んだ政治会議が開かれていた。

 議場の中央にはヤンナ女王、隣には政務官ナタル。

 そして彼女らの前に並ぶのは、「奴隷制度廃止」を名目に呼び出された有力商人――実際は、奴隷商として暗躍してきた者たちだった。


 初めは穏やかな議論に見えた。だが次第に、それは激しい応酬へと変わっていく。


「女王陛下、制度を廃止なさっては国が立ち行きません!」

「奴隷がいなければ鉱山も林業も回らない! 絵空事では国は動かぬのです!」


 あちこちから飛び交う抗議の声。

 その中でも、ひときわ強い語気で叫ぶ男がいた。奴隷商人の代表、ドクワ――かつてマルカス王と癒着していた権力者だ。

 失脚してもなお、彼は自分が特権階級であると信じて疑わなかった。


「制度を壊せば経済の根幹が崩壊する! そんな理想論で国を傾けるおつもりか!? 奴隷がいなければ誰が働く? 誰が税を納める!? 我々のような商人が国を支えているのだぞ!」


 その口調は、もはや進言ではなく脅迫だった。

 だが、ナタルの瞳には冷たい光が宿る。


「……経済の根幹、ですか。よくもまぁ、腐敗を美辞麗句で飾れるものですわね」


 その言葉を合図にしたように、議場の空気が凍りついた。


 ヤンナ女王が静かに立ち上がる。

 若き女王の声は澄んでいて、それでいて一点の迷いもなかった。


「人を品物のように扱い、それで成り立つ国など、わたくしの治める国には不要です。どれほど利権にすがろうとも、この制度は――終わらせます」


 一瞬の沈黙。

 次いで、奴隷商人たちの間に動揺と怒号が広がる。


「無謀だ!」「民が離反するぞ!」「陛下、取り消してくだされ!」

「廃止など認めぬ! 我々の取引先は――あのトママイやサッチョウにも及ぶのだぞ! 魔族を敵に回す気か!」


 さらにドクワは女王に指を突きつける。


「お前たちが理想を掲げようと、裏の世界は止まらん! ミノタウロスやケンタウロスの連中が黙っておると思うか!」


 ヤンナは動じない。ただ一言、毅然と告げた。


「ならば――その闇ごと、わたくしが断ち切ります」


 その瞬間、ドクワの顔が憎悪に歪む。

 彼の背後の空間が、ぬらりと揺らいだ。


「……フン、ならば力で証明してみせよう」


 次の瞬間、黒い影がドクワの肩から飛び出した。

 憤怒の中級悪魔、ドラツ。


「小娘どもが――!」


 ドラツが咆哮と共に、女王に飛びかかる。会議場の壁がひび割れ、空気が一変する。

 だが、その刹那――ナタルが一歩、前に出た。


「分をわきまえなさい。中級ごときが、我が女王の前で何を吠える」


 漆黒の魔力が爆ぜた。

 ナタルの体から放たれた圧は、まさに上級悪魔のそれ。空間が振動し、ドラツの動きが一瞬で止まる。


「ガッ……!?」


 悲鳴。

 

 次の瞬間、ナタルの掌から放たれたデモンズ・フレイムが一直線に走り、ドラツの胸を貫いた。

 悪魔の核が焼かれ、肉体は灰となって霧散する。

 残されたデーモンコアは、ナタルの手のひらに吸い込まれた。


 ドクワは腰を抜かし、その場に崩れ落ちる。


「ひっ! こ、これは……っ」


 ナタルは冷然と告げた。


「これ以上、力で語るというのなら――次は、あなたですよ?」


 その視線に耐えきれず、ドクワと残りの奴隷商たちは、慌てて議場を飛び出していった。

 逃げる途中、彼らの一人が叫ぶ。


「……覚えていろ!」


 捨て台詞を聞いた瞬間、ナタルは小さく呟いた。


「まるで悪党ね」


 そして静かにヤンナの方を見やる。


「陛下、闇の残滓はまだ北にございます。奴隷商人たちが逃げた先――そこを断たねば、真の終わりは訪れません」


 ヤンナは頷いた。

 その瞳には、確固たる決意の光が宿っていた。


――こうして、ムーカワ国は正式に奴隷制度を廃止。

 

 だが、ドクワたちが逃げた鉱山町ヨウバリの、北方に潜む幻の町バンシーが、新たな火種となることを、この時まだ誰も知らなかった。


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