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第35話 灰の王冠、黒き誓い

 冥界に出来た大きな屋敷。その白い天井は、静謐で紫光を柔らかく湛えていた。

 重たく感じるまぶたがゆっくりと開かれ、ぼんやりとした光の輪郭が視界に差し込む。

 硬く重たい身体が、わずかにきしむように動き、横たわった体を持ち上げる。


「……ここは……」


 掠れた声が漏れたその時、不意に柔らかな声が耳に届いた。


「目が覚めたのね、ガルマ王子」


 その声に振り返ると、そこに佇んでいたのはメイド服をまといメガネをかけた美女──ムーカワ国の宰相、ルサールカだった。

 彼女の微笑には、どこか安堵と、そして深い哀しみがにじんでいた。


「ル……ルサールカ宰相……私は……ムロロン王国は……?」


「終わったわ。内乱は、ね。あなたが盾となって守った奴隷たちは、今、ヒラーク領で保護されているわ」


 その言葉に、ガルマの胸中に焼きついた戦火の残像がよみがえった。

 崩れ落ちる玉座の柱、空を裂くような無数の叫び、そして森の炎の中で運び込まれていく副官の姿──。


「バルザーク!? あいつは──!」


 激しく身を起こした瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「ガルマ!」


 その声は、かつて戦場で背中を預けた男──バルザークだった。

 顔には深い傷跡を残しながらも、確かに彼は生きていた。

 その姿を目にした瞬間、ガルマの目から熱いものが溢れ出した。


「バルザーク……! お前……生きて……」


「地獄のような戦でした……でも俺は、生き延びました。あなたを……支えるために!」


 言葉よりも先に、二人は互いに歩み寄り、固く抱きしめ合った。

 その腕の中に、互いの鼓動が確かに生きていることを感じ、二人の頬を涙が伝う。


 そして、重く深い沈黙が落ちる。

 ガルマはゆっくりと瞼を伏せ、胸の奥から言葉を掬い上げるように口を開いた。


「……私は、あの時……玉座の間で父上と対峙した。だが、迷いがあった」


 脳裏に浮かぶ、あの瞬間。

 揺らぐ剣先。退けられた理想。

 王としての冷酷さと、父としての孤独が刻まれた、広い背中。

 それでも――その肩に向けて剣を振り下ろした。


「一太刀でも届けば、父上は考えを改めてくれる。どこかで……そう信じていた。だがあの時の私は、王ではなく……ただの、父を追い続けた息子だった」


 その吐露に、バルザークは静かに首を振る。

 粗野な武人の顔つきのまま、しかしその声音は驚くほど温かかった。


「いいえ王子。迷いは弱さではありません。迷いなく斬れる者など、ただの暴君です。迷い、苦しみ、それでも剣を振るう者こそ――民を守る盾となる」


 ガルマの胸に、静かに熱が灯る。

 あの血煙の中では、決して想像できなかった言葉。


「……俺たちだけが、生き残って、いいのか……?」


 震えにも似た呟き。

 バルザークは短く息を吸い、深く噛みしめた声で答える。


「亡くなった者は、死を選んだのではありません。生き残った者に、未来を託したのです。ならば、背負うことが我らの務めでしょう」


 静かに言葉を添えたバルザークが、ふと目を伏せたその刹那。

 

 空気が一変した。ひやりとした気配が部屋を満たし、バルザークが自然と数歩後退する。

 まるで闇の裂け目からにじみ出るように、一人の存在が姿を現した。


 その者は、漆黒の衣をまとい、瞳に光を宿さぬまま、ただそこに立っていた。


「……どちら様ですか?」


 ガルマの声は自然と警戒に染まる。

 すると、バルザークが静かに、しかし深い敬意を込めて告げた。


「王子。この御方は──サーティーン様。今後、我らが主と仰ぐお方です」


「サーティーン……」


 その言葉に、ガルマは驚愕の色を隠せなかった。

 しかし、サーティーンは何の感情も浮かべず、静かな声で語りかける。


「混乱も無理はない。だが、耳を傾けろ。お前の戦は、まだ終わっていない。

お前の剣も、お前の王国も、この世界の歯車のひとつにすぎない。だが、これからはお前自身の意思で、運命の渦を変えることができる」


「……私に従えと?」


「従いたくなるよう、導くだけだ」


 その言葉は、命令ではなかった。だが、そこには圧倒的な確信と力が宿っていた。

 ガルマは黙した。悪魔モンテに叩き伏せられ、命を失いかけたあの戦が脳裏をよぎる。

 そして、何よりもバルザークの姿── その覚悟が、すべてを語っていた。


「バルザーク、お前は……すでに?」


「はい、王子。俺はあの日、王国の理不尽さと、おのれの無力を思い知りました。そしてこのサーティーン様の言葉に、初めて意味を見いだしたのです。過去ではなく、未来に剣を向けるときが来たのです」


 重く、深い沈黙が落ちる。

 その中で、ガルマはゆっくりと、しかし確かな意志をもって頭を垂れた。


「……ならば、私もまた、従おう。ムロロンの王として……いや、一人の生者として。新たなる主に、剣を捧げよう」


 サーティーンは無表情のまま、ゆっくりと手を差し出す。


「誓え。俺の配下として、この世界の深層を共に歩むことを」


 ガルマはその手を握りしめた。

 その瞬間、冥闇の魔力が彼の額に流れ込み、焼き付けるようにして刻印が刻まれる。


「私はガルマ・ムロロン。命運尽きし王国の最後の血脈。サーティーン様、私の物はあなた様の物でございます」


 続いて、バルザークもまた膝をつき、低く頭を垂れた。


「我もまた、同じく──サーティーン様、私の物はあなた様の物でございます」


 二人の額に刻まれるは、七芒星とⅩⅢの刻印。

 ムロロン王国の王子、いや国王と忠臣は、もはや過去を背負わぬ。


 彼らはサーティーンと契約した魔人として、混沌の未来を切り拓く者となり、新たなる時代の胎動として歩み出したのである──。


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