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第33話 陽動の夜明け

 まだ夜の帳が明けきらぬ、薄暗い森の中。

 反乱軍は、息を殺して伏兵の配置に追われていた。


 その中心には、若き指導者――ガルマ王子。


 傍らには、剛胆な副官バルザーク、そして元大法官で軍師として仕える賢者ルモルンの姿がある。さらに、即席の槍と盾を手にした数百名の奴隷解放者たちが、じっと動かず命令を待っていた。


 空気は重苦しい。しかし、どこか高揚した緊張が漂っている。


 沈黙を破ったのは、バルザークの低い声だった。


「……鎮圧部隊が来る。三列縦隊、真正面から押しつぶす構えだ。奴ら、本気で殲滅しにきたな」


「この配置は戦じゃない……処理だ」

 ガルマが低く呟いた。


 そして、森の端から太陽が昇る。


――戦の幕が上がった。


 敵の先頭に立つのは、歴戦の猛将グロツァ将軍。老いてなお足取りは地を震わせ、その背後に重装歩兵と重騎兵が続く。


 鎮圧部隊は、真正面から圧殺する布陣。


 対する反乱軍は、地の利を活かした奇襲戦術を展開。伏兵が側面から襲いかかり、第一列の敵に混乱が走る。


 だが、それも束の間――


「反逆者に容赦するな! 奴隷もろとも薙ぎ払え!」


 グロツァの怒号とともに火矢が森に降り注ぐ。木々が燃え上がり、戦場はたちまち地獄と化した。


 斧を振りかざす鎮圧兵の突撃に、防衛線はじわじわと押し潰されていく。


 混乱の中、元奴隷の癒し手エリナが、負傷兵をかばって矢に倒れる。


「王子……逃げないで……私たちは……信じてます……」


 その言葉とともに、彼女は静かに息を引き取った。


 ガルマの胸で、何かが音を立てて崩れていく。


 一方、別戦線ではバルザークが囮となって重騎兵を崖下に誘導。敵の一部を壊滅させるが、自身も深手を負いながら戻ってきた。


「……もうこれ以上、仲間を死なせたくない!」

 ガルマが叫ぶ。


 バルザークは血に染まった顔で笑う。


「……なら、勝て。勝たなきゃ、死んだ連中が浮かばれねぇ」


 夕刻、鎮圧部隊は一時後退し、ムロロン城へと引き上げた。


 この戦いは――反乱軍の部分的勝利。


 進軍を阻むことには成功したが、犠牲は大きい。二十名以上が命を落とした。


 夜、焚き火を囲む兵に喜びはない。静かな痛みと沈黙だけがあった。


「私は……人を救うために戦っている。なのに、命を奪い、命を捧げさせている……これは、本当に正義なのか?」


 ガルマの呟きに、ルモルンがそっと肩に手を置く。


「王子よ。戦とは罪を背負う道。それでも、その罪が誰かを救うなら……意味はあります」


 その夜遅く、森の東から一人の使者が到着する。


「あなた様がガルマ王子でいらっしゃいますか?」


「そうだ」


「まもなく、ムーカワ軍が到着いたします」


「……そうか」


 ガルマは安堵の息を吐いた。


 

 三十分後。


 反乱軍の野営地に、黒い鎧に身を包み、巨大な大剣を背負った男が現れる。

 ムーカワ国執政官、ギーブ。背後には山のようなハイオーク兵五百。


「あなたがガルマ王子か? ヤンナ女王の命にて参上した」


「助太刀、感謝する」


 ガルマが深く頭を下げる。

 ギーブは口元をわずかに吊り上げた。


「礼はいい。勝たねば意味がない。敗者に感謝など何の価値もない」


「……ああ。負ければ、皆が無駄死にだ」


「その、お覚悟嫌いではないです」

 ギーブは巨剣を突き立て、低く続ける。

「だが、軍は疲弊している。死を積み上げて勝つ戦いは、我らの時代で終わらせるべきだ」


「だからこそ、無駄な犠牲は、もう出したくない」


「理想は尊い。だが理想だけでは城は落ちん。理想だけの男ではなく、理想を現実にする男に」


 その言葉は鋭く、温かかった。

 ガルマは静かに頷く。


「……肝に銘じる」


「ならば、まずは生かすことが先決」

 ギーブは配下に合図する。


「人と負傷兵を後方へ送れ。ゲオラーク殿のもとへ」


「了解ッ!」


 屈強なオークたちが、傷ついた者たちに毛皮をかけ、抱え、背負う。まるで宝物のように慎重に。


「な……なぜ、そこまで……?」


「もう、彼らは弱者ではない。立ち上がった者だ。改革の前に立つ勇気に、敬意を払うのは当然だ」


「……ありがとう」


「礼は不要と言いましたぞ」


 ギーブとガルマはお互い笑いあった。

 そして運ばれる者の列から、兵士が拳を上げる。


「王子……必ず戻ります……生きて……」


「生きて帰れ。英雄として故郷を踏むんだ」

 人と負傷兵を連れて、オークたちの一部は森の奥へ消える。

 その先には――受け入れ準備が整った、ヒラーク町がある。


 一方、ムロロン城に戻った鎮圧部隊グロツァ将軍は、王座の前に進み出た。

 玉座に座るのは、王ガルマルク。冷たい瞳が、戦帰りの老将を見下ろしている。


「どうした、グロツァ。たかが奴隷どもを潰すのに、日が暮れるとは情けない」


「恐れながら、反乱軍の抵抗は予想以上に激しく、指導者ガルマ王子の統率は見事でございました。だが……すでに連中は虫の息。明日には完全に鎮圧できましょう」


「ふん。ならば明朝に全軍で踏み潰せ。逃げ場を与えるな」


「……はっ」

 グロツァは深く頭を下げ、玉座の間を後にした。

 その顔には、長年の戦を知る者の翳りがあった。


(できることなら……降伏を呼びかけて終わらせたい。だが、陛下はそれを許さぬだろう)


 老将の胸に、重い溜息が落ちた。


 

 反乱軍野営地では、ギーブが巨剣を担ぐ。


「作戦を聞こう」


 広げられた王都地図。作戦は二段構え。


第一:南門で陽動。

 反乱軍主力が、ハイオークを引き連れて大軍が来たと見せかけて、城内にいる鎮圧部隊を引きつける。


第二:北門から潜入・玉座奪取。

 ギーブが北門にて、守備兵に混乱を起こし、ガルマが精鋭部隊を率いて城内に通じる地下水路から玉座を狙う。



 深夜、部隊は出立しそして夜明け前。

 

 作戦開始。

 ムロロン城北門付近で、ギーブが単身門前に赴き、門兵たちに悪魔の瘴気を放つ。  

 恐怖と混乱に陥った守備兵の間を突き、ガルマと精鋭部隊が静かに地下水路へ侵入する。


 同時刻、南門ではミノタウロスの反乱軍と、ハイオーク部隊が炎の狼煙を上げ、横一列に展開する。ムロロン南門守備隊はムーカワ国の大軍が来襲したと報告し、報告を受けたグロツァ将軍は鎮圧部隊を南門へ集結させた。


(あれはオークたち、王子はいつの間にムーカワ国と手を取ったのか……だが、あの横一列は大軍と見せかけた陽動だろう。となると、王子は別の所から攻め入るつもりか……老兵として、若き世代のためにもこの作戦に乗ろうではありませんか)


「城門の防備を固めろ! 詳しい戦力が分からぬ以上、相手の出方を見る!」


「了解しました」


 グロツァはガルマの狙いに気づきつつも、それを旧時代と新時代の対峙と受け取り、オークの軍勢に目を向けるのだった。


――陽動、成功。


 その報を受け、北門の闇の中でギーブは不敵に笑った。


「さあ、王子。お膳立ては整った。今こそ理想を勝ち取る時だ」



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