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第32話 ムロロンの叛逆

 ムロロン城地下、かつて拷問室として使われていた石室。今は封印されたはずのその空間に、数名の影が集まっていた。


 その中心に立つのは王子ガルマ。王座の前で父に退けられたミノタウロスの青年は、今、別の顔をしていた――覚悟を決めた、戦いの顔だ。


 石の壁に投影されたランプの火が、彼の大きな角を映し出している。


「……父上は変わらない。ならば変えるしかない。この国を、血の呪縛から解き放つために」


「ここに集った者たちは皆、我が理想を信じてくれる者だと信じる。覚悟はあるか?」


 沈黙の中、一人の影が歩み出た。鋼鉄の鎧を纏った若き将校、副官バルザークである。王国最年少で近衛中隊を率いた実力者で、ガルマの幼馴染でもあった。


「お前が本気なら、俺も命を賭ける。……ただし、中途半端は許されない。これは改革ではない、内戦だ」


 続いて、ローブをまとった老いたミノタウロスが進み出た。

 元大法官で現在は隠居中の賢者、ルモルンだ。かつては奴隷制の支持者だったが、人間奴隷の教育管理に携わるうちに、その非道に疑問を抱くようになっていた。


「王子よ。王を討つということは、血統と権威を打ち砕くということだ。あなたはそれでも、王を継ごうというおつもりか」


「血ではなく、志が王を作ると信じたい」


 その言葉に、ひとり、またひとりと膝を折る者たち。こうして、反乱の中核がここに誕生した。


 ガルマたちは国の改革のために慎重かつ迅速に動いていた。城内の給仕係を通じて密偵を潜り込ませ、王の動静を日々報告させる。

 奴隷区画では密かに「識字教室」を開いて人間側の協力者を育て、武具庫の鍵を預かる下士官と内通して一部の武器を抜き取り、行方不明扱いにした。

 鉱山労働者の間には、労働条件改善に賛同する噂を流して士気と希望を植え付けた。


 夜、誰もいない倉庫の奥で、ガルマは一人の人間奴隷の少女と会話した。

 少女は自らをテナと名乗った。彼女は、ガルマが幼い頃に城の庭で助けた少女だった。


「……あなたが、本当に王になってくれるの?」


「この国を変えるためなら、王という冠すら踏みつける覚悟はある」


 改革の準備は数年前から地道に進められ、期を窺っていた。ムーカワ国からの援軍が来るとの正式な知らせを受け、ガルマは今こそ好機だと立ち上がる。


 まずは人間たちを逃がし、東の森でムーカワ国の援軍と合流し、その後ムロロン城を討つ──作戦決行の日の夜、王都の北端にある武器工房が爆発した。これは単なる事故ではなく、ガルマ側の意図的な陽動であった。


 混乱に乗じて、数百名の奴隷が地下鉱から脱出を開始した。迎えに来たのは、反乱軍に転じた近衛兵たちだった。


――これは、ただの脱走ではない。


「自由!」と叫びながら人間たちが駆け出すのを見て、ガルマは心の中で自問した。


(俺は、あの父と同じ場所に立とうとしているのか?)


 だが、事を起こした以上、引き返すことはできない。


 

 夜明け前。ムロロン城の玉座の間には、いつもより早く明かりが灯っていた。侍従が息を切らしながら駆け込んだ。


「報告!──北の鉱山より人間奴隷、およそ五百名が脱走! 反乱軍と思われる部隊が護送、現在は東の大森林に潜伏中とのこと!」


 報告を聞いた瞬間、玉座に鎮座していたガルマルク四世の体から、まるで闇そのものが立ち昇るような圧が放たれた。ゆっくりと立ち上がると、太く裂けた喉から獣のごとき咆哮が響いた。その声は王都全土に轟くようだった。


「……ガルマか。あの小僧、ついに我が背に牙を向けおったか!」


 即座にガルマルクは、王都防衛軍の大将軍グロツァを召喚した。巨大な戦斧を背負ったミノタウロスの老戦士が玉座前に跪く。


「グロツァ! 反逆者どもに慈悲は無用。見つけ次第、すべて斬れ。奴隷もろとも焼き払え!」


「……王よ、反乱軍の中には近衛の若き将校たちも多数おります。王子殿下もその一員ではないでしょうか……」


 一瞬の沈黙が流れた。ガルマルクの拳は王座のひじ掛けを叩き砕いた。


「息子であろうと、国家を裏切るなら──ただの獣以下だ。首を刎ねて城門に吊るせ」


「これは命令だ、グロツァ! 疑うな。迷うな」


 鎮圧部隊の準備が進む中、玉座の間に残ったガルマルクは一人、静かに仮面を外すように溜息をついた。その目の奥には、ほんの一瞬だけ父としての後悔がよぎった。


(ガルマよ……何故だ。何故あの時、私はお前をもっと強く叱らなかったのか……優しさなど、民には毒だと教えてきたはずだ。あの夜、お前が奴隷の少女に手を差し伸べたとき──あの時から道は分かれていたのかもしれぬ……)


 だが次の瞬間、再び王の顔に戻り、兜を被った。


「……構わぬ。我が一族は群れを守るために牙を剥く。たとえ血を分けた仔を喰らうことになろうとも」


 王都の城門が開き、漆黒の鎧に身を包んだ鎮圧部隊が一斉に出撃する。旗印にはムロロン王家の象徴——斧を握る双角の獣神が描かれていた。兵たちは無言で進んだ。命令は明確だ。


──反逆者、すべて討滅。人間、殲滅。例外なし。


 そして、東の大森林の奥では、それを迎え撃つ覚悟を決めた王子ガルマたちが火を囲んで最後の戦術会議を行っていた。ガルマは兵たちに告げる。


「……この戦いに、勝ち目はないかもしれない。それでも、我らは戦う。未来のために」


 王子ガルマと王ガルマルク。父と子、王と反逆者、旧き力と新しき意志が、ついに真正面からぶつかり合う──その幕が、今、切って落とされた。


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