表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/69

第31話 血と鉄の楔(くさび) ムロロン王国の乱

 大陸中央から南西に位置し、ムーカワ国の西にあるムロロン王国。

 

 そこは古くからミノタウロス族が統治する、力を至上とする鉄と斧の国であった。農業と製鉄が盛んで、国北部の鉱山からは希少な鉱物資源が掘り出されている。だがその採掘量は少なく、東の隣国ムーカワ国からの輸入に依存していた。


 ムロロンはその代償として、ムーカワの町々を魔物の脅威から守るため、自慢の傭兵団を派遣していた。しかし、その交易の裏にはもう一つの密約があった。──人間の奴隷である。


 長きにわたり、ムーカワ国王マルカスの密命により、定期的に奴隷商から労働力がムロロンに送られていた。地下鉱脈を掘り、兵站を支え、王国の礎を担う、使い捨ての存在として。


 だが、時代は変わりつつあった。数ヶ月前──マルカス王の死去により、王妃ヤンナが即位。彼女は即座に奴隷制度の段階的な廃止を宣言し、ムロロン国への供給を徐々に減らしていた。


 その余波は、ムロロン国の中枢へと静かに、だが確実に及び始めていた。


 黒曜石で築かれたムロロン城。

 その中心にある謁見の間は、まるで鋭利な斧の刃のような緊張と威圧感に満ちていた。王座に鎮座するのは、黒鉄の重鎧を身に纏った巨躯の王、ガルマルク四世。

 額には幾多の戦と統治の刻印が刻まれているが、その眼光は衰えを知らず、なお猛獣の如く鋭い。


 その前に進み出たのは、彼の息子──若き王子ガルマであった。堂々とした体躯、だがその眼には怒りではなく、深い憂いが宿っていた。


「父上……今日こそ、申し上げたいことがございます」


 王の目がわずかに細められる。


「またか、ガルマ。今度は何だ。鉱山の制度か? 税か?」


「いいえ、奴隷制度についてです」


 その瞬間、空気が凍りついた。石壁さえ、主の意志に逆らう言葉を拒絶するように軋む。


「人間たちは、ただの道具ではありません。彼らには意志があり、家族があり、夢があります。……我々は、いつまでこの古き罪に縛られ続けるのですか?」


「罪だと?」 老王の声が低く唸った。


「貴様はこの王国の何を見てきた。地下を掘るのは誰だ? 兵に食を運び、鉄を打つのは誰だ? すべて人間どもだ。奴らがいなければ、この国は立たぬ! 貴様の甘き夢想に、国を預けられるものか!」


 ガルマは唇を噛みしめた。幾度となく訴えてきた。だが、父は変わらぬ。だが今、情勢が変わった。


「……ムーカワ国が供給を減らして来ております。このままでは、我が国は立ち行かなくなります。人間奴隷に依存しない国作りを早急に行うべきです。それでもなお、制度に固執なさるおつもりですか?」


「ならば、自らの軍をもって奴隷を捕らえるまでだ!」


 怒声が石の壁に反響し、謁見の間に轟いた。


「人間は這いつくばるしかない。黙って砕ける。それが自然の摂理だ。ムロロンに逆らう愚者など、砕けてよい!」


 だがガルマは動かず、沈黙のまま父の前に立ち続けた。


──父は変わらない。ならば、変えるべきは自分なのだ。


 

 その夜。王宮の塔の一室にて。


 ガルマは炎のランプの灯を見つめながら、一通の書簡を手にしていた。

 謁見の直前に、密かに届けられたもの。差出人はムーカワ国女王、ヤンナ・ムーカワ。


『ムロロンに変革の意志ありと聞きました。

もし我らが盟を結ぶ時が来るのなら、援軍を派遣する準備がございます。

ご連絡、お待ちしております──ヤンナ・ムーカワ』


 彼は想いを馳せた。制度に疑問を抱き始めた若き将校たち。

 人間の子どもたちに密かに学問を教える異端の学者たち。

──そして、幼い自分に物語を読み聞かせてくれた、あの奴隷の少女のことを。


 この国には、まだ希望の火がある。


「父上……私は、貴方を敬愛しています。それでも……私は、貴方と敵になる」


 彼は立ち上がり、決意のこもった声で衛兵に言った。


「この書簡を、ムーカワ国へ届けてくれ」


「了解いたしました」


 その瞬間から、ムロロン王国の未来を揺るがす──血と信念の戦いが始まった。


 

 そして、ムーカワ城。

 玉座の裏手、闇に包まれた政庁空間。  

 そこには呪符と魔印が刻まれ、空気は緊張と魔力で凍りついている。


 集まったのは五人の中枢者たち──


 極悪魔サーティーン。

 上級悪魔でムーカワ国、宰相のルサールカ。

 ムーカワ国、政務官ナタル。(傲慢の上級悪魔)

 ムーカワ国、執政官のギーブ。(傲慢の中級悪魔)


 そしてムーカワ国女王、ヤンナ・ムーカワ。


 ヤンナが進み出て、静かに一礼を捧げる。


「──サーティーン様。ついにガルマ王子から返書が届きました」


 その場に、黒曜石の机を介して文が浮かび上がる。

 サーティーンの指先が光を放ち、文字が闇の炎に照らされて声となり響く。


『私は、父の暴政を終わらせたい。

人の尊厳を踏みにじる体制は、どれほど強かろうと滅ぶべきだ。

どうか、あなたの国の助力を──』


 ナタルは目を伏せながら呟いた。


「なかなか純度の高い意志を持っていますね……」


 ギーブがにやりと笑う。


「正義漢だな。あの愚王の血とは思えん。昔ガルマルク王と会ったときは、俺もナタルも気分が悪くなった。あれは完全に人間を虫けらと見ていた」


 ヤンナは一歩進み、頭を垂れた。


「私は、ガルマ王子の決断を歴史の転換点と見ています。

混乱を乗り越え、同盟国家として新たな礎を築くには、サーティーン様の後見が必要です」


 静かに椅子から立ち上がるサーティーン。

 その身からほとばしる魔力が空間を歪め、三人を見下ろすようにして宣言する。


「いいだろう。ギーブは五百の重武装ハイオークを率いて、ムロロン東の森林地帯で待機だ。現地でガルマと合流し、指示に従え」


「了解しました」


「ヤンナとナタルは、奴隷制度改革の会議に備えよ。……この件には、どうも別の悪魔の気配がする」


「了解いたしました」


 サーティーンがさらに口を開く。


「俺は先行して、ヒラーク城で奴隷の受け入れ態勢を整える。あとからムロロンにも顔を出すが、ガルマには悪魔召喚紙を持たせておけ」


 ルサールカが頷く。


「かしこまりました」


──こうして、二つの国の運命を分ける戦が、静かに幕を開けた。


 それは、血と犠牲と希望によって描かれる、新時代の序章であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ