第2話 暗黒神が与えし役割
「あなた様には、いくつかの使命がございます」
ルサールカはゆっくりと、言葉を選びながら告げる。
「まず、下級悪魔を除いた上で、極悪魔六体、上級悪魔六体、中級悪魔六体――計十八体の悪魔のコアに刻印を入れてください」
「刻印……?」
「ええ。あなた様のデーモンコアから放たれるXⅢの印を、各悪魔のコアに刻むのです。それが掌握の証となります。中級悪魔は肉体がなくても、デーモンコアさえあれば構いません」
サーティーンは小さく頷き、静かに聞き入った。
「さらに、あなた様は勇者の加護と魔王の加護を同時に手に入れ、それを暗黒神様へ持ち帰る使命があります。それこそが、あなた様がこの世界に存在する意味です」
サーティーンは腕を組み、少し間を置いた後、問いかけた。
「数が合わないな。俺はその十八体に含まれてるのか?」
「いいえ。あなた様は含まれません。暗黒神様に選ばれた特例存在――既存の分類に収まらない、例外中の例外です」
ルサールカはくすりと笑ったが、その言葉には確かな重みがあった。
「あなた様の力は極悪魔に匹敵します。ただ、ランクとしては上級悪魔相当。未完成ですが、潜在力は計り知れません」
「……力はあるが、地位は微妙ってわけか」
「そのとおり。でも安心してください。私は、そんなあなた様に仕えることを選んだ特例の悪魔です」
「特例の悪魔……?」
「ふふ。私もまた、異例の存在なのです。上級悪魔が、格下げなしで別の上級悪魔に仕える――珍しいでしょ?」
ルサールカは楽しげに肩をすくめ、茶を一口すする。サーティーンは怪訝そうに彼女を見つめたまま尋ねる。
「……で、なぜお前は俺に仕える気になった?」
「理由ですか?」
ルサールカは目を逸らし、少し芝居がかった口調で答える。
「あなた様の力が未知数で、ぼっちな様子があまりにも哀れだったからです」
「……本音を言え」
サーティーンの鋭い視線に、ルサールカは観念したようにため息をついた。
「……こんな異例中の異例。そんな存在が何をするか、どんな未来を描くか……想像するだけで面白そうじゃないですか!」
しばらく見つめ合った後、サーティーンは口元をゆるめる。
「フッ……お前は信用できないな」
「当然です。私は悪魔ですもの」
そう言いながらも、どこか嬉しそうに微笑むルサールカに、サーティーンは少し安心した。
「それと、サーティーン様」
「なんだ」
「お前ではなく、ルサピョンかルカたんとお呼びください」
「……いきなり本気か? 人前で言うには恥ずかしいぞ?」
「大マジです。百歩譲って……ルカで手を打ちましょう」
「……わ、分かった。ルカ、な」
ルサールカの目が妖しく輝く。その表情を、サーティーンは心の奥で楽しんでいる自分に気づく。
彼女は主従の力関係を試していた。通常、悪魔は下位の者の願いなど聞かない。だが、サーティーンは素直に受け入れた。そこに、元・天使としての性質が見えていた。
「さて、私は主に仕え、家事をこなすのが得意です」
ルカは自分を語り始めた。悪戯好きの上級悪魔で、六つの大罪にも属さず、どの主にも仕えるし仕えない、自由気ままな存在。
見た目年齢は二十代後半ほど。黒い長いメイド服に身を包み、端正な顔に眼鏡をかける。その佇まいは上品だが、内に秘めた好奇心と悪戯心は尋常ではない。
「今後、主様がどんな恥ずかしい姿を見せてくれるか……楽しみで、楽しみで」
「……なんとも言えん悪魔だな。そして……タチが悪い」
溜息をつくサーティーンに、ルカはにっこり笑いながら足元に一枚の紙――否、写真を落とした。
「……なんか落ちたぞ」
拾い上げた写真を見たサーティーンは、言葉を失った。
「これは……」
そこには、頬を膨らませ、奇妙に可愛らしい寝顔をさらけ出した自身の姿が写っていた。
「これは何事か!?」
「申し訳ありません。属性変化中のあなた様の姿です」
「なっ……!」
ルカは内心で歓喜していた。
「天使が堕天使になるのはよくありますが、悪魔に属性変化する過程は極めて珍しい。貴重な資料として記録してしまいました」
「俺は寝てる間にこんな顔を……?」
「えぇ。他にも変化はいくつもあり、大変有意義でした」
「……くっ!」
「でもご安心ください。私から主様に攻撃することはありません。ただ――」
「わ、分かった!」
サーティーンは彼女の言外の圧を察し、すぐに言葉を引っ込めた。
(そうです。あなた様は悪から生まれた悪魔ではない。元・天使なのですから。自らに仕える者を無下にはできないはず……)
ルカの観察眼は鋭く、サーティーンの本質もすでに見抜いていた。この主従関係は、通常の悪魔のそれとは大きく異なる。悪魔は価値がなくなれば容赦なく切り捨てられるが、サーティーンは違った。
天使から生まれた悪魔――その異例の存在が、これからどんな未来をもたらすのか。
その運命は、まだ誰にも分からない――。




