第22話 悪に堕ち悪を討つ 後編
注意
※この作品には残酷描写やグロテスクな表現が含まれています。
苦手な方は閲覧をお控えください。
マルカスを動けなくしたサーティーンは、静かに命じた。
「……好きにしろ」
それは、ナタルにとって――復讐の許可だった。
玉座の間には、怯えたマルカスの荒い息だけが響いていた。
護衛兵はすでにサーティーンによって気絶。
かつて国を支配した王は、今やただの囚われ人である。
「ナ、ナタルよ……話せば分かる! 私はお前の味方だ!」
二対一――しかもゲオークは行方不明。
助けが来ないと悟ったマルカスは、慌てて言い訳を並べ立てた。
「私も……ゲオークに操られていたのだ! 奴の暴虐を止められず、どれほど苦しかったか……! お前なら分かるだろう? 意識があっても体が動かぬ苦しみを!」
ナタルは無言で彼を見下ろしていた。
その瞳には、炎のような怒りと、氷のような殺意が宿っている。
マルカスは即座に手を出して来ないナタルに、自身への同情心が芽生えて来たと勘違いをし始めていた。
(よし……乗ってきたな。人間など、同情心をくすぐればすぐ転ぶ。チョロいものよ)
マルカスは薄く笑みを浮かべ、さらに言葉を重ねた。
「ナタル、これからは共にムーカワを再建しよう。ギルドの改革も、好きにやっていい。すべてを任せてやろうではないか!」
(完璧だ……人間など口ひとつで転がせる)
――だが、次の瞬間。乾いた音が響いた。
パァンッ。
ナタルの右手が、マルカスの頬を打っていた。
もう一度、もう一度。
パァンッ! パァンッ! パァンッ!
悪魔であろうと、肉体を持つ限り痛みは逃れられない。
マルカスの顔はみるみる腫れ上がり、歯が数本、血と共に飛んだ。
「や、やめろ……ナタル……私はゲオークに操られていたのだぞ……可哀想だとは思わないのか?」
だがナタルは止まらない。
その瞳に宿るのは、同情ではなく――積年の怒りだった。
「なに同情? 人を食らい、弄び、魂を踏みにじる者が……人に同情心を求めるな!」
平手が止むことはなかった。
やがてマルカスの口角が引き攣り、肌が黒く波打つ。
次の瞬間――その肉体が、溶け出した。
「ふはぁっ……隠すのも飽きたな」
マルカスの皮膚を破り現れたのは、黒く膨れたコボルトのような存在。
中級悪魔ゼニゲバ。脂ぎった笑いを浮かべながら、闇の瘴気を吐き出す。
「やれやれ、人間風情が我に手を挙げ調子に乗りおってからに、愚かにも程があるわ!
貴様らは餌であり、道具であり、ただの魂の繁殖体にすぎぬ!
悪魔の支配がなければ、何もできん虫けらがぁ!!」
ゼニゲバが叫んだ瞬間、ナタルの拳が閃いた。
――ゴッ! バキッ!
骨が砕け、黒い肉が飛び散る。
「な、なぜだ……! 人間の攻撃が……我の外皮を砕く……だと……!」
ナタルの姿もまた、変貌していく。
黒く染まる肌。赤く光る瞳。裂けた口から覗く黒い牙。
かつて人間だった彼女は、いまや完全なる悪魔だった。
ゼニゲバの視界に、ナタルの額に刻まれた「Ⅹ」の文字が映る。
「貴様……まさか……ゲオークのデーモンコアを……取り込んだのか!」
ナタルの拳は止まらない。
憎悪の奥底に、愛がまだ息づいていた。
脳裏には、血塗れのギーブの姿が何度も浮かぶ。
「生きたまま解体された同胞たち! そしてギーブの命を弄んだ貴様が――許せるものかぁ!!」
ナタルはゼニゲバをボコボコに殴ったあと、仰向けに倒しマウントを取る。
両手の甲を合わせ、黒炎を纏わせて――胸部に突き刺した。
ズブッ。
両腕を左右に開く。
胸から腹までを裂くと、内臓がずるりと溢れ出す。
肺、胃、肝臓、そして――奥から黒い光が漏れ出した。
「や……め……!」
ナタルの目が光った。
指先が、心臓と融合した黒い輝き――デーモンコアに触れる。
「……あった……ギーブ……これで、あなたを……!」
笑みを浮かべ、ナタルはゼニゲバの心臓を握りつぶした。
「ギャああアアッ!!」
ゼニゲバの全身の血管が破裂し、赤紫の体液を撒き散らしながら絶命した。
静まりかえる玉座の間、ナタルの手のひらには、黒く輝くデーモンコアが残っていた。
それを見つめながら、彼女の目から一筋の涙がこぼれる。
「ギーブ……待っていて……必ず、あなたを取り戻すから……」
ナタルはゆっくりと人の姿に戻り、サーティーンのもとへ歩み寄る。
血に染まった手で、デーモンコアを差し出した。
サーティーンはそれを受け取り、黒紫の光を放ちながら、コアに「ⅩⅢ」の印を刻みナタルに返す。
「――あとは、ムーカワ国の始末だな」
ナタルは小さく息を吐き、目を閉じた。
「サーティーン様。私に、この国を任せては頂けないでしょうか?」
「どうするつもりだ?」
「ギルドを改革し、この国を立て直します。そしてサーティーン様の偉大さを、民に伝えていきます」
サーティーンは静かに微笑んだ。
「……好きにするがいい」
「ありがとうございます!」
そこへグレウスが、ムーカワ国王妃と王女を玉座の間へと連れてきた。
連れてこられたのは、王妃ヤンナ・ムーカワと王女ルヤンナ。
ヤンナは五十代前半にして政治力はマルカスを凌ぎ、ルヤンナは財務に秀でた才媛だった。
「ナタル! 無事だったのね……よかった……!」
話を聞くと、二人は長年ゼニゲバのシャドーマリオネットに操られていた。
だが意識はあり、ナタルの活躍を何度も目にし、心の中で助けを求めていたという。
話し合いの末、ナタルは王妃ヤンナを新たなムーカワ国女王に任命。
王女ルヤンナを財務のトップとすることを告げ、
ナタル自身も国政の一角を担う立場に就くことを決めた。
こうして長年ムーカワ国を苦しめていたマルカス王、そしてその内に潜んでいた悪魔ゼニゲバは滅びた。
――今やムーカワ国の全権は、ナタル。
そして、サーティーンの支配へと帰した。




