第21話 悪に堕ち悪を討つ 前編
ナタルがサーティーンと契約を交わし、ナンバーXの上級悪魔となってから、六日が過ぎていた。
元ランクA冒険者の素地を持つ彼女は、冥界の訓練場で用意された、数多の魔物と戦いながら悪魔の力に順応し、凄まじい速度で力を自分のものにしていた。
「明日だが、大丈夫か?」
サーティーンの問いに、ナタルは迷いなく頷いた。
「はい、大丈夫です!」
過去の敗北を経て自信を取り戻し、今やかつての自分を凌駕する力を実感していた。
「では、これを授けよう」
サーティーンが差し出したのは、黒炎を纏う細身の魔剣。
魂を喰らうとされる危険な剣だが、持ち主と認められればデモンズフレイムを操れる。
「ありがとうございます……!」
「明日、マルカスを倒しに行くぞ」
「はい!」
――そして決戦の日が訪れた。
ナタルにとって、それは長く待ち望んだ復讐の始まりであり、相棒ギーブを救う時でもあった。
サーティーンはサマル町長宅に設けられた転移装置を用い、ムーカワ城へと赴く。
ナタルは冥界から別のルートで侵入し、合図を待った。
ムーカワ城 王座の間
「よくぞ参った」
玉座に座すマルカス王が、にこやかにサーティーンを迎えた。護衛兵は一人のみ。
「お召しにより参上仕りました。サーティーンと申します」
「ふむ、腕は確かと聞く。さっそくこれを受け取るがよい」
護衛兵が小箱を運び、サーティーンの手に渡す。
中には蛇が二重に絡み合う意匠のブローチ付き、漆黒の宝玉を埋め込んだネックレスが収められていた。
「これは……素晴らしい」
「似合うと思う。さっそく着けてくれ」
首に掛けると、王は満足げに頷いた。
「さて、王よ。私からも献上品がございます」
「ほう?」
サーティーンが扉に手をかざすと、ゆっくりと開き──
ナタルが無表情で静かに入ってきた。
「ナタル……!」
マルカス王が立ち上がる。動揺が隠せない。
「そ、その者はどこから……?」
「サマル町東の森にて発見致しました」
「……なんと。そやつは、私の側近であったのだ」
王の視線は真っ先に、ナタルの首元へ。そこには、かつて仕込んだ《シャドーマリオネット》の封具が残っていた。
(よし……操れる。記憶を探れば、あの日の真実がわかる)
マルカスはこっそりと右手をかざし、魔力を注ぐ。アクセサリーが黒く光り、支配の術がナタルに発動している事を示した。
「サーティーンよ、褒美は後ほどだ。下がれ」
「はっ」
サーティーンは一礼して退出。扉が閉じると同時に背後の衛兵を無音で気絶させ、壁際で中の様子を窺った。
「ふっ……闇は私に味方したようだなナタルよ。ゲオークの気配が消え、お前まで失せたときは気が気でなかったが……また私の前に現れるとは」
「正直、ゲオークなどどうでもいい。私が上級悪魔に任じられる好機が生まれたのだからな……さぁナタルよ。ギーブの亡骸を見た後の記憶を見せてもらおう」
だが──
「……記憶が……見えん……?」
霧の奥に隠され、いくら魔力を注ごうとも触れられない。
「なぜだ……!」
苛立ち、ナタルを蹴りつける。だが正面に回り込んだ瞬間──
「ぐぶっ……!」
ナタルの右手が、みぞおちに突き刺さった。
「な、なぜ貴様……操られているはずじゃ……」
「マルカス……許さない……!」
「……貴様!」
「出てこい、ゼニゲバ!」
「ゼ……ニゲバ? 何を言って……」
混乱するマルカス。しかし取り憑いているゼニゲバは姿を現さない。
「衛兵っ! 反逆者を取り押さえろ!」
叫ぶが、衛兵はその場に倒れていた。
「こんな時に、倒れおって役立たずめが」
仕方なく外へ救援を呼ぼうとしたとき──扉が開き、サーティーンが再び現れる。
「おお、丁度よい。サーティーンよ、この反逆者を捕らえるのだ!」
しかしサーティーンは無言で扉を閉め、腕を組んでマルカスを見据えた。
「……なにをしておる! 命令だ、私を守れ!」
マルカスが、サーティーンの元へ動こうとするも、足が鉛のように重い。
「な、なんだ……体が動かぬ……?」
サーティーンの口元に笑みが浮かぶ。
「この首飾りを受け取った時に、お前の肉体には、俺の《ブラックビット》を潜ませておいた。俺のスキルは即座に発動する、発動までに多大な時間を要する、お前のシャドーマリオネットと違ってな!」
「……ば、馬鹿な……!」
「ナタル……そいつを好きにしていいぞ」
サーティーンの言葉に、ナタルの両眼が炎を宿す。黒炎の剣が静かに燃え上がった。
「天は……いや、悪こそが私に味方した」
復讐の刻は、いま始まる──。




