第20話 新たなる上級悪魔
サーティーンの部屋から、少し狂気じみた高笑いと独り言を、部屋の前で耳を澄ませていたルサールカは嬉しそうに目を細め、隣に立つナタルは少し引いた表情で小さく溜め息をついた。
ルサールカはドアをノックする。
「サーティーン様。ナタルをお連れしました」
中から鋭い声が響く。
「入れ!」
「失礼します」
ルサールカとナタルが部屋に入る。黒と紫を基調にした装飾の中、中央にはサーティーンが腕を組んで立っていた。その姿は威圧的で、ナタルは自然と膝をついた。
「この度は……命をお救いいただき、誠にありがとうございます。契約通り……私はあなた様に従います」
「……儀式を始めるぞ」
サーティーンはその言葉と共に、ブラックビットから手のひら大の黒い球体――ゲオークのデーモンコアを取り出した。それは生き物のように脈動していた。
「これが……悪魔の核……!」
ナタルは一瞬、顔をしかめるが、すぐに表情を消し、両手を差し出す。サーティーンは静かにそれをナタルの掌に置いた。
「さあ、契約の文言を唱えろ」
ナタルはデーモンコアを胸に抱くように持ち、深く息を吸い、はっきりとした声で言った。
「――あなた様の物は、あなた様の物。私の物は……あなた様の物でございます」
(ギーブは……生き返らなかった。でも……これで――)
サーティーンは冷ややかに命じた。
「その核を、お前の心臓に当てるんだ」
ナタルは一瞬目を伏せたあと、右手でコアを持ち、左胸に当てた。すると、デーモンコアはナタルの体内へと吸い込まれるように沈み込んだ。
「うっ……ぐあああああああっ!!」
次の瞬間、ナタルの体が黒紫の光を放ち、部屋中を照らす。苦悶に顔を歪めながらも、ナタルは倒れず、歯を食いしばる。
額には淡く光るXの紋章、そして左の首筋には、XIIIの刻印が浮かび上がる。
ルサールカが微笑みながら声をかけた。
「ようこそ、ナンバーX……あなたは、サーティーン様直属の上級悪魔となりました。身体が慣れるまで、少し休んだほうがいいでしょう」
「……分かりました」
ナタルは静かに立ち上がり、サーティーンに一礼してルサールカと共に部屋を出ようとした――そのとき。
「……マルカス王にはな、ゼニゲバという中級悪魔が取り憑いていてな」
窓の外を見つめながら、サーティーンが独り言のように言う。
「相棒を生き返らせるには、もう一つ……デーモンコアが必要なんだよな」
ナタルの足が一瞬止まり、サーティーンに振り返ることなく、再び歩き出し部屋をあとにした。
しばらくして、マカリアがサーティーンの部屋を訪れる。
「サーティーン様、サマル町長よりお手紙を預かって参りました」
サーティーンが手紙を受け取り、目を通す。
「初めまして、私はムーカワ国の王、マルカスである――」
手紙を読み終えたサーティーンは、フッと鼻で笑う。
「……なるほどな……ルカ。聞き耳を立ててるなら、入って来い」
間を置いて、ルサールカが何食わぬ顔で現れる。
「……お呼びでしょうか?」
まるでキッチンから来たような演技をする彼女に、サーティーンは何も言わず手紙を渡した。
「一週間後だ。ナタルの体、間に合いそうか?」
「ええ。ゲオークとゼニゲバにいたぶられた影響で、彼女の悪心はかなり育っています。……四日もあれば充分に馴染むでしょう」
「なら、それでいい。ナタルに伝えておけ」
「かしこまりました。さあ、マカリアも行きますよ」
「はい!」
二人が部屋を出た後、サーティーンは再び窓の外に視線を向けた。
そこには冥界――彼が支配する無機質で冷たい空間が、ただ無限に広がっている。
「……そろそろ、この空間も少し……イメージチェンジしてみるか」
静かに呟いた声は、虚空に溶けて消える。
やがて冥界は主の意思を映し、全く新たな姿を形づくるだろう。
――その変化の時は、もうすぐそこまで迫っていた。




