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第1話 夢と現実の境界で目覚める

 夜の静寂を切り裂くように、かすれた声が闇にこだました。


「助けて……助けて……天使様……」

少女の震える祈りが、夜の闇に溶ける。


「天使が助けてくれるって……言ったじゃないか!」

 少年は怒りに顔を歪め、絶望を叫ぶ。


「ルシフィス様! しっかりしてください!」

 女性の声が必死に響く。


「お前じゃ無理だ! 俺に代われ!」

 男が強引に迫る。


「あなたが来るのは迷惑です! この槍で……大人しく眠っていなさい!」

 鋭い闇が割り込む。


「私は……俺は……守れなかったのか……」

 男の言葉は、闇に溶けるように消えた。


──天を仰ぐまま、彼は仰向けに堕ちてゆく。

 絶望と後悔に濁った瞳に、夜空の星々が滲んだ。


「……はっ!」


 鋭い息遣い。意識は現実へ引き戻される。

 夢か、記憶か、それとも幻か――境界は曖昧だった。


 額には冷や汗。胸は荒々しく上下する。

 彼はベッドの上で目を開いた。

 狭い部屋、低い天井、世界そのものが閉ざされたかのように窮屈だった。


 薄暗い照明の下、重たい首を横に傾けると、一人の女が静かに腰かけていた。


「あら……お目覚めですのね」


 眼鏡の奥の瞳が、射抜くように光を帯びる。

 知的で異質な雰囲気は、夢の続きのようでもあった。


「お前は……」

 男が警戒心を露わにすると、女は微笑む。


「私は上級悪魔ルサールカ。現実へようこそ、サーティーン」


 聞き慣れない名。違和感を覚えつつ、男は口を開く。


「俺は……ルシフィスだ」


 女は静かに否定する。


「いいえ。あなた様は、暗黒神に選ばれし特例の悪魔、ナンバーXIII、サーティーンです」


「……俺が、悪魔だと?」

 微かな動揺が声に混じる。


「あなた様は二百数十年前、最高位天使ルシフィスの心の隙間から生まれました。ルシフィスの善の心が弱った隙にあなた様は体を乗っ取ろうとしましたが、エンジェルコア――魂――をベルゼブブが魔槍で突き、熾天使ミカイルが回収していきました。コアを失ったあなた様は地上に堕ち、朽ち果てるのを待つばかりだったのです」


 サーティーンの中で、ぼんやりした過去の記憶が輪郭を帯びる。


「コアが……抜かれた……?」


「はい。覚えているはずです、ミカイルとベルゼブブを」


 記憶が鮮明になり、言葉が続く。


「ミカイルはルシフィスを救おうとし、ベルゼブブはあなた様を消そうとした。それほどまでに、ルシフィスは重要であり、あなた様の存在は厄介だったのです」


「俺の……コアは無事なのか?」

通常コアを破壊されれば、完全な消滅を意味する。


「ヒビは確認されています。しかし、コア自体はミカイルが持ち去りました。その後の行方は不明です」


「……そうか」

 複雑な息を吐く。持ち去られた悔しさと、破壊されなかった安堵が交錯する。


 ルサールカは淡々と告げる。


「落ち着いたら、リビングへ。お伝えしたいことがあります」


 そう言い残し、彼女はキッチンへ向かった。

 サーティーンはベッドに座ったまま、天井を見上げる。


「……フフフ。俺が……悪魔に、か」

 口元が吊り上がる。


「優柔不断なルシフィスの顔色を伺う必要もない……この体も魂も、俺のものだ! 世界は、神も天使も……すべて俺のものだ! フハハッ、フハーハハ!」


 壁一枚向こうのキッチンに、その高笑いは届く。

 ルサールカは微笑み、内心で楽しむ。


(欲望が湧き、それが野望に変わる……やがては……面白いわ)


 落ち着いたサーティーンがリビングに現れると、ルサールカはお茶を差し出す。


「お茶をどうぞ」


 視線を横にやると、鏡に映る自分の姿にぎょっとする。


「……これが、俺……?」


 小柄な少年の姿。黒髪のセミロングに銀のメッシュ。

 かつての自分とはまるで違う、現実の姿だった。


「もう、よろしいでしょうか?」

 ルサールカの声に我に返る。


「ああ」


「では、現在の状況と、あなた様の使命についてご説明いたします」



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